第196話『作戦開始』
やれやれと頭を振るヴィエラさんを他所に、下準備は終わる。
人数分に分けられた毒矢と弓本体を前に、私達は顔を見合わせた。
「残りの二セットは、シムナとファルコの分?」
「はい。弓矢の攻撃に関しては、シムナさんとファルコさんにも協力してもらうつもりなので。俗に言う『数打ちゃ当たる戦法』ですね」
「それに非戦闘要員である私達の矢が、バハムートの急所に当たるとは思えませんから」
「私達の攻撃はあくまで、目くらましなのです〜」
「なるほどね」
納得したように頷くヴィエラさんは、前衛メンバーをチラリと見た。
釣られるように私達もそちらへ視線を向ける。
すると、そこにはバハムートと激しい戦いを繰り広げるシムナさんとファルコさんの姿が。
二人とも苦戦しているのか、腕や足に怪我を負っていた。
『そろそろ、あっちも限界かな……?』と思いつつ、私は毒矢と弓のセットを一つ手に取る。
「それでは、皆さん準備はいいですか?」
そう問い掛けると、女性陣は『待ってました』と言わんばかりに力強く頷いた。
さあ、もう準備は整った。
────ここから先は“狩り”の時間だ。
「シムナさんとファルコさんは、その場から即刻離脱してください!」
出来るだけ大きな声で指示を出せば、ファルコさんがシムナさんの肩を足で掴んで離脱する。
そんな二人の後を追うようにブレスを放たれたが、かなり距離があったためファルコさんはあっさり回避した。
壁に直撃したブレスを横目に、前衛メンバーは無事帰還する。
さて、まずは治療から。
「《ハイヒール・リンク》」
アイテムボックスから純白の杖を取り出し、私は直ぐさま治癒魔法を発動した。
すると、二人の怪我は瞬く間に完治する。
────と、ここで詠唱待機していたヴィエラさんが魔法を展開した。
「この世の終わりが近づく時、世界は氷に包まれるであろう────《氷の世界》!」
詠唱終了と共に杖を振り、ヴィエラさんは一気にこの場の温度を下げる。
と同時に、天井から雪を降らせた。
冬景色に変わった空間を前に、私はアイテムボックスを操作する。
「皆さん、早く防寒着を!!」
「えっ?はっ?これはどういう状況や……?」
「説明は後でするのです〜!今はとにかく防寒着を着て、この寒さを凌ぐのですよ〜!」
「お、おう」
戸惑いなからも指示に従い、ファルコさんは防寒着を着る。
他のメンバーも、コートやジャンバーを急いで羽織った。
「で、何なんや?この状況は。はよ説明を……」
「この状況に関する説明は全てが終わった後でします。アスタルテさん、二人に弓と矢を渡してください」
「はいなのです〜」
ビシッと敬礼したアスタルテさんは小さな手で弓と矢を持ち、ファルコさんとシムナさんにそれぞれ渡す。
おずおずといった様子で受け取る二人は、不思議そうに弓を見つめた。
「今、渡した矢の鏃には神経毒をたっぷり塗ってあるので注意してください」
「え、はぁ!?神経毒!?」
「神経毒って、体を麻痺状態にさせる毒だよねー?それを使って、どうするのー?」
「バハムートの体を麻痺状態にさせます」
「はぁ!?そんなん無理やろ!!」
噛みつかんばかりの勢いで反論を述べるファルコさんに、私は手短に説明した。
『目や口って……』と呆れ返る彼を他所に、私は弓を構える。
そしてバハムートの眼球に狙いを定めると、一思いに矢を放った。
ブォンッ!と風を切って前進していくソレは、
『所詮は子供の浅知恵だな』
バハムートの眼中に当たる直前で、叩き落とされた。
床に転がる弓矢を前に、私は『まあ、そう上手くいかないよね』と肩を竦める。
「シムナさんとファルコさんは機動性を活かして、フィールド内を動き回ってください。バハムートの隙を窺い、矢を打つんです」
「まだ色々聞きたいことはあるけど、とりあえず了解や。ラミエルの指示に従う」
「よく分かんないけど、動きながら矢を打てば良いんだねー?それなら、朝飯前だよー!」
矢の入ったケースを背中に背負い、ファルコさんとシムナさんは速やかに散開して行く。
そんな二人の背中を見送り、目くらまし役の私達も本格的に動き始めた。
出来るだけバハムートの気を引き付けて、前衛メンバーから意識を逸らす……それが私達の役割。
「バハムートは態度に出しませんが、フィールドが真冬状態になったことで動きを制限されている筈です。ブレス一つ撃つのだって、相当時間が掛かることでしょう。これからは物理攻撃が増えてくると思いますので、充分注意してください」
「「「了解」」」
気を引き締めてバハムート討伐に当たる女性陣は、それぞれ弓を構えた。
バハムートの一挙一動を見逃さぬよう目を凝らしながら、真剣な顔つきに変わる。
緊張で震える指先に力を込め、狙いを定めた。
『あとは矢から手を離すだけ』という状態になる中、私は白い息を吐く。
────と、ここでバハムートと目が合った。
「……えっ?」
何を思ったのかこちらに攻撃を仕掛けてきたバハムートに、私は唖然とする。
嘘……?どうして、私を……?
迫り来る大きな前足を前に、私はただただ立ち尽くすことしか出来ない。
恐怖より困惑が勝り目を剥いていると────体に強い衝撃が走る。
『ラミエル!!』と、遠くで私の名を呼ぶ声が聞こえた。
『ふっはっはっはっ!俺様としたことが、こんなことにも気づけないとは……くっくっくっ!司令塔さえ潰せば、あとは簡単だ!一人一人捻り潰してくれる!』
バハムートの高笑いが木霊する中、蹴り飛ばされた私の体は宙を舞い、壁にぶつかる。
いや、埋まると言った方がいいかもしれない。
勢いが良すぎてめり込んでしまったから。
おかげで身動きを取れず……私は必死に視線を動かして、自身のHPを確認する。
残りHP56か……一歩間違えれば、死んでいたかもしれない。
早く治療しなきゃ……。
意識が朦朧としながらも、私は何とか口を開こうとする。
が、唇はピクリとも動かない。
まるで、自分の体じゃないみたいだ。
あ、れ……?なんだか、凄く……眠たい。こんなところで、眠る訳にはいかないのに……。
重力に従って落ちてくる瞼を前に、私は少しぼんやりしてしまう。
そして薄れいく意識の中、最後に見たのは────鬼の形相で怒り狂う“狂笑の悪魔”と“アザミの魔女”の姿だった。




