第193話『バハムート討伐開始』
『────お前達の意思を尊重し、一人残さず殺してやる!!』
死刑宣告を言い渡すバハムートに、私達は竦み上がった。
アヤさんに関しては、その場に座り込んで『おえぇぇえええ!』と嘔吐している。
どうやら、この空気感に耐え切れなかったらしい。
嗚呼、もうっ!ほらっ!!シムナさんがバハムートを煽るから、大変なことになっちゃったじゃん!!
「あははっ!!いいねー!!そうこなくっちゃー!やっぱり、本気の殺し合いが一番楽しいよねー」
「し、シムナ!早まるな!!ドラゴンなんかに勝てる訳ないやん!」
「えー?そーお?ドラゴンも所詮はコンピューターだよー?他の魔物と特に変わらないじゃーん」
「確かに相手はコンピューターかもしれませんが、ドラゴンの強さは計り知れないのですよ〜」
「じゃあ、一生ここでドラゴンの話し相手になるのー?」
「悪いけど、それは絶対に御免だわ。こんな土臭いところでずっと過ごすなんて、耐えられないもの」
「だよねー。こんなところに居たって、暇を持て余すだけだしー。ていうか、僕らがこんなところにずっと閉じこもってたら、外で待機してる連中に心配を掛けるんじゃなーい?」
珍しく正論をかますシムナさんに、私達はぐうの音も出なかった。
……悔しいけど、シムナさんの言う通りだ。
ドラゴンの脅威に脅え、ここで一生を捧げる訳にはいかない。
外で待機してるメンバーはもちろん、旅館で私達の帰りを待っているパーティーメンバーにも迷惑を掛けてしまうもの。
だから、何がなんでもバハムートに勝利し、イーストダンジョンをクリアしないといけない。
「バハムート討伐、やってやりましょう」
「せやな!こんなところで怖気付いていても、しゃーない!」
「やってやりましょうなのです〜!」
「吐いたらなんだかスッキリしたので、私もバハムート討伐に参加します」
「あぁ、なんか臭いなぁって思ったらゲロっていたんだー」
「シムナ、それは思ってても口に出しちゃダメなやつよ。そういう気持ちは心の中に留めておきなさい」
「はーい」
どこまでもマイペースなシムナさんとヴィエラさんのやり取りに、私達はちょっと毒気を抜かれる。
と同時に、決意を固めた。
『覚悟は出来たか?』
私達の気持ちを確めるかのように、バハムートはそう尋ねる。
ここで『はい』と答えれば、直ぐにでも戦いが開始されるだろう。
この場になんとも言えない緊張感が走る中、私達は互いに顔を見合わせ、静かに頷いた。
「覚悟はもう出来とる。どこからでも掛かって来い!」
『けちょんけちょんにしてやるわ!』と叫ぶ総指揮官のファルコさんに対し、バハムートは愉快げに笑う。
『クックックッ!いい顔をするじゃないか。さっきまでの情けない表情とは、比べ物にもならんな。やはり、貴様らは面白い』
興味深そうに私達の顔を順番に見つめ、バハムートはスッと目を細めた。
『殺すには少々惜しい人材だが、しょうがない。俺様に二言はないからな。さあ────狩りの始まりだ』
開始宣言と共に、バハムートは威勢よくブレスを放った。
迫り来る高温の炎を前に、私達は身構える。
っ……!!熱気だけで、この熱さ……!!こんなのまともに食らったら、一溜まりもない!!
「アヤ、結界や!!」
「分かってます!!────境を隔てる壁を使りたまえ!《万物遮断》!」
私達の前に立ち塞がったアヤさんは、急いで純白の壁を作り上げた。
と同時に、ブレスは衝突する。
か、間一髪だったな……って、安心している暇はない。早く打つ手を考えないと。
こんな攻撃、何回も防ぐことは出来ないんだから。
タイムリミットはアヤさんの魔力が切れるまで……。
「このまま防御に徹すれば、確実に私達は負けます!こちらからも、何か仕掛けましょう!」
「そうやな!じゃあ、シムナとワイがバハムートに攻撃を仕掛けてくる!その間にヴィエラはなんかデッカい魔法を準備しておいてくれ!そんで、他の奴らは一旦待機や!」
「分かったわ。攻撃力の高い魔法を準備しておく」
「わーい!近接戦だー!」
『やったー!』とはしゃぐシムナさんは、斧片手に駆け出す。
それを追う形で、ファルコさんも翼を広げ飛んで行った。
さて、彼らの攻撃がどこまで通じるかな……?
『ほう?あのブレスを見て、直ぐに仕掛けてくるか。度胸があるな。実に殺しがいのある獲物たちだ!』
興奮気味にそう叫ぶバハムートに対し、シムナさんは早速攻撃を仕掛ける。
まず、バハムートの足目掛けて勢いよく斧を振り下ろしたのだ。
ゴンッ!という鈍い音が鳴り響く中────シムナさん愛用の武器は砕け散る。
「「「!?」」」
この衝撃的な光景を前に、私達は言葉を失った。
アラクネさんお手製の武器が……壊れた?しかも、こんな呆気なく?
「ドラゴンの鱗は硬く鋭いとは聞いていましたが、まさかここまでとは……」
「今までシムナがどんなに雑に扱っても、刃こぼれ一つしなかったのに……」
「バハムートさんがシムナさんの攻撃を躱さなかったのは、鱗という完璧な防御があったからなのですね……」
「強者の余裕というやつですか……」
口々に感想を述べ合っていると、シムナさんは砕けた斧を見つめ呆然としている。
彼自身、こうなるとは思ってなかったらしい。
『クックックックッ!その間抜け面は、実に面白い。非常に愉快だ!ハッハッハッハッ!』
これでもかというほど、高笑いするバハムートは────思い切り、シムナさんを蹴り飛ばした。
と同時に、小さな体が宙を舞う。
な、何でまともに食らって……!?
「シムナ!!」
ファルコさんは慌ててシムナさんの体を受け止め……勢いを殺し切れずに、壁へ激突した。
『くそっ……』と呻くように吐き捨てる彼の前で、バハムートは大きく口を開ける。
真っ赤な炎が燻る口内を前に、私はハッとした。
不味い!このままじゃ、二人とも死んでしまう!
「シムナさん、ファルコさん、その場から即刻離脱してください!!バハムートのブレスが来ます!!」
私は必死になって、追撃を知らせるものの……二人はピクリとも動かない。
まさか、壁に激突した衝撃で気を失った……?
だとしたら、かなりやばい!!非戦闘要員である私達じゃ、彼らを救出することも守ることも出来ないもの!!
ど、どうしよう……!?どうしたら、二人を助けることが出来る!?
焦りと不安でいっぱいになりダラダラと冷や汗を流す中、私は必死に思考を巡らせる。
が、しかし……解決案を思いつく前に、バハムートがブレスを放ってしまった。
真っ直ぐ飛んでいく炎を前に、私は頭の中が真っ白になる。
壁に埋まる青髪の美少年を見据え、感情のままに叫んだ。
「嫌っ……!お願い!死なないで……!!私を置いていかないで────シムナさん!」




