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第192話『第五十階層』

 光の粒子で溢れる第四十九階層を他所に、私達は歩を進め────第五十階層の前にやってくる。

全開にした純白の扉の前で、我々選抜メンバーは横一列に並んだ。


「やっと、ここまで来たんやな……」


 思わずといった様子で独り言を零し、ファルコさんは大きく深呼吸する。

もうすぐ最後の戦いが始まるんだと実感し、緊張しているのかもしれない。


 この先に待っているのは、正真正銘ダンジョンの頂点に立つ魔物(モンスター)だからね。

公式の情報によれば、フロアボスと比べ物にならないくらい強いらしいし。

また、人間に近い知性も持ち合わせているとのこと。

一筋縄じゃ行かないのは明白。


「これからダンジョンボスと一戦交えるだなんて、未だに信じられないです……」


「えっ?そーお?目の前にダンジョンボスの部屋があるんだから、疑う余地なくなーい?」


「シムナ、ラミエルちゃんが言いたいのは多分そういう事じゃないわ」


「ラミエルさんはただ実感が湧かないだけなのですよ〜。まあ、かくいう私も同じ気持ちなのですが〜」


 第五十階層を前にして、私達は思わず雑談を繰り広げてしまう。

何かしていないと、場の空気に呑み込まれそうで。

一種の現実逃避に走る私達の傍で、総司令官のファルコさんは嫣然と顔を上げる。


「それだけ喋れれば、充分やな!ほな、もうそろそろ行くで!気ぃ引き締めや!」


 えぇ!?もう!?早すぎない!?まだ心の準備が出来ていないのに!


 情け容赦ないファルコさんの言動に内心文句を言いつつ、私はギュッと手を握り締めた。

ざわつく心を必死に落ち着かせながら、しっかり前を見据える。


「ほな、行くでー?せーのっ!」


 もう何度目か分からないファルコさんの号令で、私達は前へ一歩踏み出す。

トンッと皆の足音が揃う中、ボスフロアを仕切る扉は静かに閉まった。

これでもう後戻りは出来ない。


 ここがイーストダンジョンの最下層……ダンジョンボスの部屋。

見た感じ、内装は他のボスフロアと変わらないみたいだけど……なんだろう?この言い表せない違和感と緊張感は。


「なーんか、変な感じするねー」


「空気がやけに重たいわね。胃もたれしそうだわ」


「まだダンジョンボスは現れてへんのに、この緊張感は異常やな……」


「緊張し過ぎて、ストレス性胃腸炎になりそうです……」


「アヤさん、大丈夫なのです〜?」


「胃腸炎に治癒魔法が効くかどうか分かりませんが、治療してみましょうか?」


 お腹を抱えて蹲るアヤさんに杖を翳すと、彼女は『大丈夫です』と言って苦笑いする。


 ほ、本当に大丈夫?かなり顔色悪いけど……。

ていうか、アヤさんって意外とストレスに弱いんだね。

いつも、毅然と振る舞っているから気づかなかったよ。


「とりあえず、リラックス効果のあるハーブティーでも飲んで緊張をほぐし……」


「────無駄話は後や!!ダンジョンボスのお出ましやで!!」


 半ば怒鳴るようにして叫ぶファルコさんに、私は驚きながら顔を上げる。

すると、そこには────白い光の中から這い出てきた、“巨大な何か”が居た。


「う、そやろ……?こんなことって……」


「ファンタジー世界なのに全然出て来ないと思ったら、こんな所に居たのね……」


「ラスボスには、持ってこいの魔物(モンスター)なのです〜」


「うぅ……!胃が……」


「わぁー!!すごーい!!本物の────ドラゴン(・・・・)だー!!」


 巨大な何か────改め、ドラゴンを目の当たりにした私達は唖然とする。

そんな私達を嘲笑うかのように、ドラゴンは光の粒子を体に取り込み、この場に顕現した。

大きな翼を広げ、青い鱗に覆われた体を誇るソレは鋭い爪と牙を持っている。

『あんなの当たったら一溜りもない』と青ざめる中、琥珀色の瞳がこちらを見た。


「わー!目ん玉ギョロギョロしているー!きもーい!」


 圧倒的存在感を放つドラゴンを前にしても、いつも通りのシムナさんはケラケラと笑う。


『────ほう?この俺様を前にしても動じないとは……なかなか肝が据わっておる』


 ……えっ?誰!?この声は何!?


 全く聞き覚えのない声が耳を掠め、私は困惑気味に辺りを見回した。

が、ここにはやはり我々選抜メンバーとドラゴンしか居ない。


「さっきの声は一体……?」


「あら、ラミエルちゃんにも聞こえたの?」


「僕も聞こえたよー!めっちゃ渋い声だったねー!」


「なかなかのイケおじボイスだったのです〜」


「突っ込むべきところは、そこじゃないやろ。まずは声の出処を突き止めな」


「この場に私達以外のプレイヤーが居るなら、保護しないといけませんからね……うっぷ」


 体調がどんどん悪化していくアヤさんは、口元を押さえて俯いた。

このままでは、そのうち嘔吐しそうだ。


 アヤさん……そういう時は思い切って吐いた方が楽になるよ。エチケット袋、あげようか?


『貴様らは随分と鈍いようだな。この美しい声の持ち主など、一人に決まっておろう?そう、天空の覇者たるバハムート様だ!』


「「「バハムート……?」」」


 思わずハモってしまう私達は、互いに顔を見合わせる。

考えていることは同じなのか、ゆっくりとドラゴンの方を振り返った。


『ふむ、やっと気づいたか。この俺様が美声の持ち主だと』


 ドラゴンは私達の考えを肯定するかのように、誇らしげに胸を張る。

当たってほしくなかった予想が見事的中し、私達は頭を抱え込む。


「おい!何やねん!あいつ!!ドラゴンっちゅーだけでもヤバいのに、喋るんかいな!?」


「イケおじボイスがドラゴンだなんて、絶対嫌なのです〜」


「バハムートって名乗った時点でほぼ確信してましたけど、喋る魔物(モンスター)って反則じゃないですか!?」


「人間と同じくらいの知性を持ち合わせているとは聞いていたけど、これは完全に予想外だわ」


「あははははっ!!!ドラゴンって、喋れるんだねー!僕、初めて知ったよー!これなら、殺しがいがありそー!」


 動揺しまくる私達を置いて、シムナさんはキラッキラの笑顔を見せる。

『悲鳴や絶叫、聞けるかな?』とワクワクする彼の前で、ドラゴンはスゥーと目を細めた。


『ほう?この俺様を倒すつもりなのか?ふははっ!なかなか面白い奴だな!よし、気に入った!本当は初めての客人だから殺さず、話し相手にしてやろうと思ったが────』


 そこで一度言葉を切ると、ドラゴンは鋭い指先で私達を指さす。


『────お前達の意思を尊重し、一人残さず殺してやる!!』

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