第185話『第四十階層』
それからズラトロクを全滅させ、第三十九階層を一気に駆け抜けた私達は第四十階層の前まで来ていた。
全開になった純白の扉を見据え、選抜メンバーは気を引き締める。
第四十階層……未知の領域に入ってから初めてのボス戦。いつも以上に集中して、戦わなくては。
ヴィエラさんとシムナさんが一緒だからって、油断はできないからね。
「ほな、『せーの』で中に入るで?ええか?タイミングをミスったら、終わりやで?」
しつこいくらい何度も注意事項を述べるファルコさんに、私達は苦笑しながら頷く。
すると、彼はようやく前を見据えた。
「よしっ!ほな、行くで?────せーのっ!」
ファルコさんの掛け声に合わせて、我々選抜メンバーはボスフロアの中へ足を踏み入れる。
その際、足音が見事に揃った。
「皆さん、タイミングばっちりなのです〜」
「出遅れた人は誰も居ないみたいですね」
「次はどんな魔物が出てくるのかしら?」
「退屈だし、さっさと終わらせよー!」
「さっさと終わらせるんは構わんが、まずは更新情報をチェックせなあかんで」
「今、公式の情報更新を待っているんですが……あっ!更新されました!」
公式のホームページを開き、何度も更新ボタンを押していた私はたった今更新された情報に目を通す。
第四十階層のフロアボスは……フェニックス!?って、あの不死鳥の……!?
えーっと、外見は……鳥の姿をした魔物で、全身を炎で覆われている。
その炎の温度は千度を超え、少し触れただけで火傷を負ってしてしまうらしい。
主な攻撃手段は、体当たりと火炎魔法。
また、注意事項には────
「ふぇ、フェニックスは不死である……!?」
────と、書かれていた。
えっ!?不死設定、そのまんま採用しているの!?
私達に『死ね』って言っている!?無理ゲーもいいところなんだけど!?
『どうやって、倒せって言うの!?』と頭を抱え込み、私は目を吊り上げた。
「不死の魔物を用意するとか、有り得ないんですが!?」
堪らず愚痴を零す私に、他のメンバーも共感を示す。
「これって、クリア方法あるんか!?」
「あったとして、見つけられるかどうか……」
「ここまで意地の悪い運営は見たことないのです〜!さすがの私も、おこのですよ〜!」
悲しみより怒りが勝る選抜メンバーは、これでもかというほど悪態をつく。
だが、しかし────どんなに吠えようとも、どんなに怒り狂おうとも現実は変わらないもので……フロアボスのフェニックスが姿を現す。
突如出現した赤い火の玉から誕生した奴を前に、私達は思い切り顔を顰めた。
「だぁぁぁぁ!!もう!!何でこのタイミングで現れんねん!もっと後にしろや!」
「対策を練る時間も冷静さを取り戻す時間も、与えないなんて……性悪なんですかね」
「もっと、私達に気を使いやがれなのです〜!こっちは初見プレイなのですよ〜!?」
「この鳥、空気読めないんですかね?KYなんですかね?」
現実逃避するかのようにギャーギャー喚き、私達は半泣きになる。
────が、“アザミの魔女”と“狂笑の悪魔”だけは平静を保っていた。
「ねぇー、皆何でそんなに怒ってるのー?不死だろうが何だろうが、関係なくなーい?」
「シムナの言う通りよ。そんなの私達には関係ないわ。だって、やることは変わらないんだから。私達はただ────目の前の敵を倒すだけよ」
『君達、馬鹿なの?』とでも言いたげな目でこちらを見てくる二人に、諦めムードだった私達は噛み付く。
「その敵が倒せないから、困ってるんじゃないですか!不死の魔物をどうやって、倒せって言うんですか!?」
「それをこれから皆で考えるんでしょー?」
「はぁ……あのなぁ、ちょっと考えたくらいでフェニックスが倒せるなら、苦労せんわ!ええか!?これは俗に言う無理ゲーやねん!あいつを倒す方法は一つもないんや!」
「そんなのやってみないと分からないじゃない。やる前から諦めて、どうするのよ?ここでフェニックス討伐を諦めるのは負けを……いえ、死を受け入れるのと同義よ?」
「それじゃあ、最後まで無様に足掻いて死んでいけって言うのです?無理ゲーに挑むなんて、正気の沙汰ではないのですよ!」
「はぁ……だーかーらー!別にこれは────無理ゲーじゃないんだってばー!」
呆れ気味に……でもハッキリと断言するシムナさんに、私達は思わず『えっ?無理ゲーじゃない……?』と聞き返す。
すると、彼は即座に頷いた。
「だって、あの運営がこんな馬鹿みたいな設定を何の考えもなしにぶち込む訳ないじゃーん。必ず、攻略方法は用意されている筈だよー!」
「そうじゃなきゃ、ゲームとして成立しないでしょう?今までに一度だって、FROの運営がクリア不可能なミッションや設定を加えたことがある?」
……ない。どんなに難易度の高いものでも、きちんと攻略方法が用意されていた。
『不可能なゲーム』なんて、一つもなかった。
そう思い至ったとき、私はようやく落ち着きを取り戻した。
「そうですね……お二人の言う通りです────まずは情報収集から、始めましょう」
「せやな!敵のことを知れば、何か良い案が思い付くかもしれん!」
「これ以上、鳥さんを放置するのは可哀想ですし、早速行動を開始しましょうなのです〜!」
「そうですね。さっさと交戦と行きましょうか」
今後の方針を定め、私達は武器や杖を構える。
ヴィエラさんとシムナさんには、迷惑を掛けちゃったな……後で謝らなくちゃ。
でも、その前にフェニックスをどうにかしないと。
『謝罪はそのあと』と考える中、
「あーーーーー!!」
シムナさんの大声が、ボスフロアに響き渡った。
何事かと思い慌てて振り返る私達の前で、彼は焦ったように足をバタバタさせる。
「どうしよう!?ラミエル!!僕────ミラのことを背負ったまま、来ちゃったんだけど!!」
そう言って、シムナさんはおんぶしている青髪金眼の美女を見せてきた。
ぐっすり眠るミラさんを前に、私はサァーッと青ざめる。
……どうしよう?私も今までずっと気づかなかった。
いや、気づかなかったと言うより、気づいているのにそれを不自然に思わなかったと言うか……。
シムナさんと1セットという認識が強すぎて、一緒に居ても気にならなかったのだ。
『そうだよ……連れてきちゃダメじゃん』と項垂れる中、他のメンバーも焦ったように冷や汗を流す。
どうやら、私と同様ミラさんを視認していたのに違和感を抱かなかったようだ。




