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第184話『第三十八階層』

 なんとも言えない気持ちになりながら、私はミラさんを膝枕する。

と同時に、シムナさんの背中を眺めた。


 いじめ……大人達の裏切り……不本意な入院生活……。

そんな孤独な戦いに、シムナさんはずっと耐えて来たんだ……。

どれだけ辛かっただろう?どれだけ苦しかっただろう?どれだけ現実に絶望しただろう?


 心が壊れてしまったシムナさんには、もう辛いとか苦しいとかそういった感情はないのかもしれない。

でも、彼の立場になって考えてみると、胸が張り裂けそうになった。

────と、ここでアヤさんが声を上げる。


「たった今、情報が更新されました!第三十八階層の魔物(モンスター)は、ズラトロク。外見はシャモアを真似たもので、白い毛皮と金の角を持っています。主な攻撃手段は突進とビーム。ズラトロクからはエーデルワイスという珍しい花が手に入るらしいので、気合いを入れて討伐に挑んでください」


 アヤさんの号令に、戦闘班のメンバーは『おう!』と元気よく返事した。


「ねぇーねぇー!ラミエルー!」


「は、はい!何でしょう!?シムナさん!」


 過去の話を聞いた後だからか、私は思わず身構えてしまう。

そんな私の心情を知ってか知らずか、シムナさんはいつも通り振る舞っていた。


「何であいつら、テンション上がっているのー?あの白い物体に何か特別なものでもあるわけー?」


「し、白い物体って……」


 せめて、『ウシみたいな奴』って言ってあげてよ。いくらなんでも、可哀想すぎる。


「彼らのテンションが高いのは恐らく、ズラトロクからドロップするアイテムがエーデルワイスという珍しい花だからです。希少価値が高ければ、高値で売れるでしょう?」


「要するに金に目が眩んだってわけー?」


「結論から言うと、そうなりますね」


「ふーん」


 興味なさげに相槌を打つシムナさんは、こちらに突進してきたズラトロクを斧で真っ二つにする。

そして、空中をタップし始めた。


「こんなちんけな花が高値で、ねぇ〜……僕の目にはどこにでもありそうな普通の花にしか見えないなぁー」


「大事なのは見た目じゃなくて、効果(中身)ですよ」


「そうなんだねー」


 無関心の塊と言っていいほど、ズラトロクにもエーデルワイスの花にも興味を示さないシムナさんはさっさと話を切りあげる。

『興味がないなら、最初から聞いてくるな』という話だが、話題を振ったのは恐らく……シムナさんなりの気遣い。

何となく、私の変化……というか、心情を察知しているのだろう。


 普段は他人を気遣うどころか、こっちが困っていることにすら気づかないのに……こういう時だけ、察しが良いんだから。

まあ、フォローの仕方は相変わらず不器用だけど。

でも────彼の過去に同情するばかりで、何の言葉も掛けられなかった私の方がずっと不器用で……臆病だ。


「……シムナさん」


「んー?なぁ〜に?ラミエルー」


 ズラトロクが撃ってきたビームを斧で反射させたシムナさんは、不意にこちらを振り返る。

純粋無垢なパパラチアサファイアの瞳を前に、私は背筋を伸ばした。


 正直、シムナさんの過去に対してなんて言えばいいのか今でも分からない。

彼が私に何を求めているのかさえ、解明出来ていない状況だ。

でも────それでも、これだけは言っておきたい。


「シムナさん、よく頑張りましたね。本当にお疲れ様でした。そして────話してくれて、ありがとうございます」


「!!」


 当たり障りのない……でも、今言える精一杯のことを話すと、シムナさんは大きく目を見開いた。

かと思えば、無邪気に笑う。


「えへへっ!ありがとう!」


 僅かに頬を赤く染め、シムナさんはうんと目を細めた。

『嬉しい』という感情を前面に出しながら。


「ラミエルは色々難しく考えがちだけど、僕は『頑張ったね』の一言で充分だよ。同情も慰めも求めてないから。欲しいのは称賛の声だけ!」


 ピンッ!と人差し指を立てて宣言するシムナさんに、私は思わず拍子抜けする。


 欲しいのは称賛の声だけ、か……予想以上に単純で、分かりやすい答えだな。

でも────それがまたシムナさんらしい。


「分かりました。では、ズラトロクを一体倒すごとに称賛の声を送りましょう」


「えっ!?それ、本当ー!?」


「本当です。こんなことで、嘘なんか付きませんよ」


 呆れ気味にそう答えると、シムナさんはパァッ!と瞳を輝かせる。


「やったー!じゃあ、頑張るよー!たーくさん白い物体を倒してくるー!」


 両手を上げ、大喜びするシムナさんは元気よくこの場を飛び出した。

そして、ズラトロクの大量虐殺を開始する。

私はそんな彼に背中に向かって、


「ですから、白い物体じゃなくてズラトロクですってば」


 と、小さく呟いた。

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