第182話『本物のクズ』
『い、言ってしまった……』と口元を押さえる中、戦闘班がエアレーの討伐を終えた。
と同時に、制止していた列が再び進行を始める。
私とシムナさんも先頭の動きに合わせて、歩みを進めた。
つい好奇心に負けて、シムナさんの過去を聞こうとしちゃったけど……冷静に考えてみれば、いけないことだよね。
たとえ、シムナさん自身が『聞かれても構わない』と思っていたとしても……。
「あ、あの!シムナさん!やっぱり、さっきの話は無しにして貰えませんか?」
何となく後ろめたさを感じて取り消しを求めると、シムナさんはこちらに流し目を寄越してきた。
かと思えば、
「ダーメ!」
と、どこまでも無邪気な笑顔で……愛くるしい子供口調で……こちらの申し出を断ってくる。
「だってさー!ここまで来て、今更『無かったことにしてください』なんて都合がいいと思わなーい?それにどうせ、断ろうとした理由は『ゲームだから』『ネット上の関係だから』とかでしょー?」
「そ、れは……そうですけど……」
「なら、尚更ダメー!僕が欲しいのはラミエルの本音であって、建て前じゃないもーん!」
食い下がることすら許してくれないシムナさんは、これでもかというほどバッサリ切り捨てる。
普段はわりと聞き分けがいいのに。
何でそこまでして、私の本音に拘るんだろう?
普通この手の話って、聞き手が聞きたいかどうかじゃなくて、話し手が話したいかどうかで決まるんじゃ……あっ!もしかして────シムナさんはその話を誰かに……いや、私に聞いてほしいんじゃないかな?
『自分のことをもっと知ってほしいのかも』と考え、私は腹を決める。
それが彼の願いなら、拒む理由はないから。
「……分かりました。先程の発言は取り消します。なので────シムナさんの言う“本物のクズ”が何なのか、お話し頂けませんか?」
今度こそ揺るぎない覚悟を持って話に応じると、シムナさんは一瞬驚いたような表情を浮かべる。
が、直ぐ笑顔になった。
「もちろん、良いよー!」
パパラチアサファイアの瞳をうんと細め、シムナさんは嬉しそうに振る舞う。
その様子はまるで、『聞いて聞いて!』と親のあとをついて回る幼稚園児のようだった。
「あのねー、僕────小学三年生の頃、クラスメイトに虐められてたんだー!」
「!?」
どこまでも明るい声で話を切り出したシムナさんに、私はハッと息を呑む。
と同時に、自己嫌悪へ陥った。
シムナさんが『いじめ』という言葉に過剰反応していたのは、自分も過去にいじめられた経験があったから……それで、珍しく意地を張っていたんだ。
なのに、私は凄く無神経なことを……最低だ。
勝手にシムナさんを無敵認定し、いじめとは無縁の存在だと思い込んできたことを恥じる。
誰にだって、辛い過去はあるだろうに。
「僕ってさー、昔から周りと少しズレた子供だったんだよねー。そのせいか、クラスメイトにウザがられるようになってさー。で、気づいたらクラスメイトに虐められていたってわけー。あははっ!」
「……すみません、私……シムナさんの過去の傷を抉るような発言を……」
「いや、別に謝んなくていいよー。ミラの件に関しては僕が悪かったんだしー。それに────今考えてみると、僕はあいつらと同じことをミラにしていた訳だからさー。『いじめ』って言われても、しょうがないよー」
こちらの謝罪を軽く受け流し、シムナさんは『それでねー』と話を戻す。
「僕、クラスメイト全員にウザがられていたから当然味方なんて居なくてさー。皆、見て見ぬふり!中には、『もっとやれー!』って野次を飛ばす奴も居たよー」
「そんな……!酷すぎます!」
「あははー!そうかもねー。でも────まだ皆、小学生だったからさー、罪の意識とか悪いことをしている自覚とかなかったんだよねー。周りが同調してることもあって、だーれも止めに入ってくれなかったんだー」
ケラケラと笑いながら辛い過去を語るシムナさんは、どこか他人事のようで……『悲しい』や『苦しい』といった感情は一切見受けられなかった。
「それでねー、僕、担任の先生と両親にいじめのことを相談したんだー。でも────あいつらは一切聞く耳を持たなかった」
「!?」
教師だけでなく、シムナさんのご両親も!?
よくニュースで学校側がいじめ問題を無視していたことは聞くけど、両親までもが無関心なんて……!
普通、自分の子供が苦しんでいたら大人として……そして、親として救いの手を差し伸べるものじゃないの!?
「担任の先生も、僕の両親も『ただの子供の遊びだ』と決めつけて何もしてくれなかった。多分、先生も親もいじめ問題と直面するのが面倒臭かったんだと思う。ほら、色々対策を練ったり、事実確認を行わないといけないでしょー?」
「……確かにいじめ問題と直面するのは、楽なことではありませんが……でも、だからってこんな……」
「あはははー。ラミエルは優しいねー。でも、世の中には保身しか目にないクズ共も居るわけー。それがたまたま僕の担任と両親だった、ってだけー」
「……随分とドライなんですね。大人達にかなり酷い対応をされていたというのに……」
普通は失望したり、ショックを受けたりするのでは?
今は吹っ切れているから、こういう話し方になっているだけ?
『なんだか釈然としないな』と思っていると、シムナさんはゆるりと口角を上げる。
「あぁ、それはねー……僕があいつらに何の関心もないからだよー。もちろん、今思い出してもムカつく出来事だけど、特に未練はないかなー?だって────」
そこでわざと言葉を切ると、シムナさんは“狂笑の悪魔”に相応しい笑みを浮かべた。
「────復讐はもう済んでいるからー」




