第181話『心の闇《シムナ side》』
誰かの悲鳴に誘われるまま現場に行くと、そこには死にかけのクソ女が居た。
状況からみて、恐らくラミエルを庇ったのだろう。
ど、どうしよう……?僕がラミエルの傍を離れなければ、こんなことには……いや、今はとにかくあのエアレーを倒さないと!
僕は金の斧片手にエアレーに襲い掛かり、首を切り落とす。
すると、奴の体は直ぐに光の粒子へと変化した。
「クソ女……!ねぇ、しっかりして!」
肩から大量出血しているクソ女を支え、僕は必死に呼び掛ける。
が、彼女は一向に目を覚まさなかった。
何で……何で意識が戻らないわけ!?あの雑魚魔物は倒したのに!!
大体魔物のツノが肩に貫通したくらいで、倒れるとか有り得ないんだけど!ひ弱過ぎだから!
「ねぇってば!!早く起きてよ!いつまで寝ているわけ!?」
早くも痺れを切らす僕は、クソ女の肩を激しく揺さぶる。
すると、今まで呆然としていたラミエルがハッ!と正気を取り戻した。
「あ、ちょっ!シムナさん!ミラさんの体を揺らさないでください!怪我が悪化したら、どうするんですか!」
「え?この程度で怪我が悪化するの?クソ女の体って、弱すぎない?」
「ミラさんの体が弱過ぎるんじゃなくて、シムナさんの体が丈夫過ぎるんです!自分基準で物事を考えないでください!」
すっかり元気になったラミエルはガミガミと僕に説教を浴びせると、クソ女の額に白い杖を当てる。
「《パーフェクトヒール》」
ラミエルお得意の治癒魔法を展開すれば、クソ女の肩の傷は見る見るうちに塞がって行った。
乱れた呼吸や青白い肌も元に戻っていく。
治癒魔法、か……。
今更だけど、狙撃手の僕には人の怪我を癒す力はないんだよね……。
僕の手にあるのは人を傷つけ、壊す力だけ。ラミエルのように誰かの救いには、なれない。
今までそれを気にしたことはなかったけど、今は少しだけ……本当に少しだけ、回復師のラミエルが羨ましく見えた。
「とりあえず、傷の手当てはこれで大丈夫そうですね。シムナさん、お手数お掛けしますが、ミラさんのことを背負って移動することは可能ですか?もし、嫌なら他の方にお願いし……」
「いや、大丈夫。僕がやるよ。このクソ女……ミラには謝らないといけないこともあるし」
僕は照れ隠しついでにポリポリと頬を掻いて、そっぽを向く。
そんな僕を見て、ラミエルは僅かに頬を緩めた。
『そうですか』と頷く彼女の前で、僕はミラをおんぶする。
「ねぇ、ラミエル……」
「はい、何でしょう?」
「変な意地を張って、ラミエルの傍から離れてごめんね。本当はラミエルの言い分が正しいって分かっていたんだけど、なんか意固地になっちゃって……」
「いえいえ、気にしないでください。私も、もっと言い方を考えるべきでした」
いつもみたいに笑って許してくれる彼女に、僕は反省の色を強める。
ねぇ、ラミエル……僕はさ、本当に最低の人間なんだ。
僕は最初ミラのことを────どんな仕打ちを受けてもしょうがない、クズ中のクズだと思ってた。
だから、ミラを思い切り殴ったし、酷い罵声も浴びせた。
でも……今回の件で、その考えは変わったんだ。
だって、本物のクズなら自分の命を投げ打ってまで他人を助けようとしないだろう?
「ラミエルの言う通り、僕にミラを傷つける権利はない。正直あの騒動についてはまだムカついてるけど、僕からはもう何も言わないよ」
「そうして頂けると助かります」
柔らかい表情を浮かべ、コクリと頷くラミエルは僕の胸の内を知らない。
僕が出した答えは、裏を返せば本物のクズなら容赦なく叩き潰すというもの。
知らぬが仏という言葉は、こんな時に使うんだろうか?
「ねぇーねぇー、ラミエルー」
「はい、何でしょう?」
「ラミエルってさー、本物のクズに出会ったことあるー?」
「本物のクズ、ですか?クズの定義がいまいち分かりませんが、恐らく本物のクズに出会ったことはないかと……」
「あははー!そっかー!」
だから、ラミエルはそんなに真っ白で綺麗なんだねー。
なんか、妙に納得したよー。
「そういうシムナさんは本物のクズに出会ったことがあるんですか?」
何の気なしに質問を返してきたラミエルに、僕はスッと目を細めた。
「んふふー!僕はねー……本物のクズに出会ったことあるよー。聞きたいー?」
真っ白で綺麗な君を汚したいと思ってしまった僕は、人間社会の闇へ繋がる扉の前までラミエルを案内する。
────この扉をノックするかどうかはラミエル次第。
どうか、後悔のない選択をしてね。
「げ、ゲーム世界で現実世界の話をするのはタブーで……」
「そういう逃げ方はダーメ!僕が聞きたいのは建て前じゃなくて────ラミエルの本心なんだからー!ネットとか、リアルとか抜きにして考えてみてよー!それで、ラミエル自身の答えを聞かせてー?」
「わ、たし自身の答え……」
逃げ道を奪い取った僕に対し、ラミエルは戸惑ったような表情を浮かべる。
でも、真面目な彼女はきちんと考えてくれた────自分の本心を。
「……私は────シムナさんの言う、本物のクズがどんなものなのか知りたい、です……」
────好奇心に背中を押された無垢な少女は、その真っ黒な扉をノックしてしまった。




