第180話『第三十七階層』
結局仲直りすることなく、第三十二階層から第三十六階層までノンストップで駆け抜け────第三十七階層に降り立った。
と同時に、緊張した面持ちで初遭遇の魔物と向き合う。
「────お前ら、気ぃ引き締めや!こっから先は、完全に未知の領域や!何があっても不思議じゃない!」
まだ誰も到達したことのない────第三十七階層を前に、ファルコさんは身構えた。
他のメンバーも同様に、周囲を警戒する。
「公式情報が更新されました!第三十七階層の魔物の名前はエアレー。牛型の魔物で、イノシシの牙と非常に長いツノを持っています。長いツノはどの角度にも向きを変えられるようで、物理攻撃型の魔物だと予想されます。ちなみに魔法や特殊スキルの記述はありません!」
ゲーム内ディスプレイを操作していたアヤさんは、第三十七階層の魔物────エアレーに関する情報を叫んだ。
と同時に、私は毒針を構える。
今はシムナさんと喧嘩中だから、自分の身は自分で守らないといけない。
もちろん、他の戦闘班のメンバーが頑張って戦ってくれるとは思うけど、気を抜くことは出来なかった。
『何があっても、大丈夫なように』と思案していると、エアレーは前足を縦にスライドし、戦闘体勢に入る。
恐らく、一斉に突進してくるつもりなのだろう。
「防御班、前へ!エアレーの突進を防いでください!」
「戦闘班は防御班の後ろで待機や!防御班がエアレーの突進を受け止めるのと同時に、飛び掛かれ!分かったか!?」
「サポート班は防御班と戦闘班のサポートを〜!臨機応変な対応を期待してますです〜!」
「治療班は防御班のダメージ回復と戦闘班の治療をお願いします!戦闘メンバーの治療タイミングは重要になりますので、きちんと見極めて治療を行うように!」
『大事に魔力を使って!』と呼び掛ける中、敵対心を露わにするエアレーは一斉に駆け出した。
と同時に、盾使いは慌てて列の外へ出る。
結界師も急いで魔法を展開し────間一髪のところで、エアレーたちの突進を防いだ。
のだが……突進の衝撃で、結界は粉々に砕けてしまう。
まあ、即席で作った結界だからしょうがないよね。
むしろ、エアレーたちの突進を止めてくれたことに感謝しなくちゃ。
「盾使いはそのまま待機!結界師は一旦休憩を挟んでください!」
「戦闘班、仕事やで!エアレーをぶっ飛ばすんや!」
そう言うが早いか、ファルコさんは前線へ飛び出す。
他のメンバーもエアレーの前に躍り出て、雄叫びにも似た声を上げた。
恐らく、未知との遭遇に興奮しているのだろう。
うわぁ……凄いなぁ……。
物理攻撃型の魔物であるエアレーと物理特化の戦闘班メンバーが、熱い戦いを繰り広げてる……。
なんか、これぞ漢の戦いって感じ。
「ちょっ……何でアンタ達はエアレーと拳で語り合っているのよ!?武器を使いなさい、武器!」
「素手で戦われると、否応なしに怪我が増えるのよ!そんでもって、私達の仕事も増えるんだっつーの!」
「エアレーは所詮、魔物でしょ?なのに、何であんなに熱くなってる訳?」
「本当、男って馬鹿だよねー」
「「「ねー!」」」
治療班のメンバーは女性が多いからか、漢の戦いに茶々を入れる。
まあ、全くもって正論なのだが……。
「男子って、本当馬鹿だよねー!《ヒール》」
「ねー!直ぐに下ネタ言って、からかって来るしー!《ハイヒール》」
「こっちが何か文句を言う度に『生理ですか〜?』とか言って、馬鹿にして来るしさー!《ハイヒール》」
「マジでそれ、ウザいよねー!別に生理来てなくても、イライラする時くらいあるわ!って感じー!《ヒール》《ハイヒール》」
愚痴を零しつつも、ちゃんと仕事はやるんだね……まあ、ちゃんとやって貰わないと困るんだけどさ。
なんか、これぞ女子って感じするわ〜。
なんだかんだ面倒見のいい治療班のメンバーを一瞥し、私は毒針でエアレーの身動きを封じていく。
神経毒に侵されていくエアレーを前に、私は新しい毒針を取り出した。
「────ラミエルさん!危ない!!」
「……えっ?」
いきなり名前を呼ばれ、反射的に顔を上げれば────防御班の包囲網を突破したエアレーが、目に入る。
あのエアレーはただ真っ直ぐにこちらを見つめていた。
な、んで私を狙って……!?いや、そんな事よりもまずは回避しないと!
まともに攻撃を食らえば、大怪我を負ってしまう!
一直線にこちらへ向かってくるエアレーを前に、私はどうにかして横へ避けようとする。
だが、しかし……私の身体能力では、間に合わなさそうだ。
こうなったら、打ち負かすしか……!
でも、手に持っているのは神経毒の針だし……!たとえ、命中しても突進を止めることは出来ないかも……!
いや、それでもやらないよりかはマシの筈!
『勢いを軽減するくらいは出来るでしょ!』と思い立ち、私は慌てて毒針を構える。
だが、しかし……焦るあまり毒針を落としてしまった。
「あっ!針が……!!」
今から毒針を拾って、エアレーに投げつける余裕はない。
こうなった以上、衝撃に備えるしかなかった。
大丈夫……私は高レベルの回復師だもの。HPはそこら辺のプレイヤーより、ずっと高い。
急所さえ守り抜けば、生き残る可能性は大いにある。
ギュッと目を強く瞑り、私は自分自身を抱き締めるようにして身構える。
その瞬間、
「────ラミエル!」
と、私の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。
かと思えば……誰かに抱き締められる感覚と共に、強い衝撃を受ける。
勢い余って転倒し、背中を打ち付ける私は『い、一体何が……?』と困惑した。
一先ず周囲の状況を確認しようと目を開けば────私の上に覆い被さるミラさんが見える。
彼女の肩には、エアレーの長いツノが突き刺さっていた。
「み、ミラさん……!!」
堪らず声を掛けると、ミラさんは意識が朦朧とした様子でこちらに手を伸ばす。
「ぶ、じで……良かっ、た……」
血に濡れた手で私の頬を撫で、ミラさんはゆっくりと目を閉じた。




