第178話『第三十階層』
そして、セイレーンの討伐を待ってから次の階層に行き……気づけば、ボスフロアまで来ていた。
パタンッと扉の閉まる音が、後ろから聞こえる。
本日三回目となるボス戦を前に、私はアイテムボックスから純白の杖を取り出した。
「───来るで!」
半ば怒鳴るようにして危険を知らせるファルコさんは、空中に現れた白い光を凝視する。
その光は徐々に増えていき、生き物の姿へと変わっていった。
────さあ、第三十階層のフロアボス カーバンクルのお出ましだ。
カーバンクルとは小型犬の姿をした魔物で、四つの垂れ耳が特徴。
チャームポイントはクリクリのお目目と、額に埋め込まれた赤い石である。
主な攻撃手段は、額から発するビームと重力魔法だ。
「わあ!可愛いワンちゃんなのです〜!」
「……確かに見た目は可愛いですね」
「まあ、あいつの攻撃力の高さは全く可愛ないけどな」
「どんなに見た目が可愛くても、所詮は魔物だものね」
「ねぇー!そんなことどうでもいいから、さっさとやっつけちゃおうよー!僕、早く先に進みたいんだけどー」
斧をブンブン振り回すシムナさんは、珍しくやる気満々だ。
可愛いもの好きの女性陣と違って、カーバンクルに興味がないらしい。
「そうですね。あまり時間が掛かると、外で待機しているメンバーに心配を掛けてしまいますし、さっさと片付け……きゃっ!?」
突然体が重くなり、私は思わず膝を折った。
な、に……!?これ!!まさか────重力魔法!?
「み、皆さん!カーバンクルが重力魔法を展開してきています!注意してくださ……」
「────もう遅いわ!とっくのとうにワイらも、重力魔法の餌食になっとる!」
「うぅ……!体が重いのです〜!」
「ちょっと、待ってください!今、重力魔法を遮断する結界を……!」
同じように蹲るアヤさん達に、私は『まあ、そうだよね〜』と肩を落とす。
だって、重力魔法は範囲系に属するものだから。一人だけピンポイントに狙うのは難しい。
「えー?皆、どうしたのー?いきなり、地べたに座り込んだりしてー」
「いや、どうしたって……そんなん決まっとるやろ!重力魔法の餌食になったからや!」
「重力魔法ー?あっ!言われてみれば、ちょっと肩が重いかもー」
「か、肩が少し重いだけなのです〜?立っていられないほど重かったりは〜?」
「しないねー。僕がこの程度の重さに屈する訳ないじゃーん」
自信満々に胸を逸らすシムナさんは、『全然余裕ー』と零す。
────と、ここでアヤさんが私達の真上に結界を張った。
だが、しかし……カーバンクルの重力魔法に耐えられず、直ぐに割れてしまう。
アヤさんの結界でも、カーバンクルの重力魔法を防ぐことは出来ないのか……これはちょっと予想外だな。
「アヤ!もっと強力な結界は作れんのか!?」
「一応作れますが、その場合はスキルを使うことになります。ですが、今スキルを発動すれば当分私は使い物になりません」
「チッ!魔力の限界が近いのか……!マジックポーションの限界量は!?」
「……既に限界量に達しています。これ以上飲めば、確実に体調不良に陥るでしょう」
冷静に答えるアヤさんに対し、ファルコさんは再度舌打ちした。
予想以上に思わしくない事態に、イライラしているらしい。
ど、どうしよう!?
アヤさんの結界魔法が使えないこの状態で、どうやってこの場を切り抜ける!?
シムナさんをカーバンクルと1VS1で戦わせる?それとも、ファルコさんに強化魔法を掛けて無理やり立ち上がらせる?いや、でもそうなると……。
様々な考えが脳裏を駆け巡る中、こちらの様子を窺っていたカーバンクルはついに動き出す。
「ねぇーねぇー!なんか、あの赤い石光ってなーい?」
「なっ!?それはほんまか!?だとしたら、かなりやばいで!カーバンクルの額に埋め込まれた宝石が、光ってるっちゅーことは────ビームを準備しているってことや!」
「「「えっ!?」」」
この状況でビーム!?それはかなり……というか、相当ヤバい!!
身動きが取れない状況を考え、私は焦りと不安でいっぱいになる。
そして、『絶望』という二文字が脳裏を過った瞬間────カーバンクルがビームを放った。
標的は言うまでもなく、私達で……。
ま、不味い……!!このままじゃ、皆が……!
「────全く、躾のなっていない犬ね」
そう言って、ヴィエラさんは……いや、“アザミの魔女”は指揮者のように杖を振った。
すると、どこからともなく火炎魔法が飛び出し、カーバンクルのビームを相殺する。
ハッと息を呑む私達の前で、彼女は杖の先端を上に向けた。
と同時に、結界が張られる。
それは壊れることなく、私達を重力魔法の脅威から守ってくれた。
す、ごい……結界魔法のエキスパートであるアヤさんですら、出来なかったことを……!こんな意図も簡単に……!
「『待て』も出来ないだなんて……とんだ駄犬ね」
やれやれと頭を振りながら、ヴィエラさんは立ち上がる。
豊満な胸を揺らしカールがかった茶髪を耳に掛けると、艶やかに微笑んだ。
その瞬間、カーバンクルは『ガルルルル!』と低く唸るものの……“アザミの魔女”には通じない。
「さて────躾の時間よ」
そう言うが早いか、ヴィエラさんは氷結魔法を展開させる。
一気に冷え込む周囲を他所に、彼女はカーバンクルに狙いを定めた。
かと思えば、
「永遠の寒さと孤独に身を委ねよ!《コーキュートス》!」
氷の最上位魔法を発動し、銀色に輝く氷の中にカーバンクルを閉じ込める。
これにより、カーバンクルは敗北……光の粒子と化した。
「ヴィ、ヴィエラの魔法は相変わらず強烈やな……」
「こ、こんなに強い方は初めて見たのです〜」
「氷の最上位魔法である『コーキュートス』を間近で見たのは、初めてです……」
「さすがヴィエラだねー!僕の出番なかったよー!」
「素晴らしい戦いぶりでした」
手放しで褒め称える私達に対し、ヴィエラさんはクスッと笑みを零す。
「────私はただ駄犬に躾を施しただけよ」
『大したことはやっていない』とでも言うように肩を竦め、彼女は顎を反らした。




