第175話『第二十階層』
パタンッと閉まる扉を前に、私はそっと辺りを見回す。
よし、今回はちゃんと選抜メンバー全員居るな。
ボスフロアも今までと変わらない白い空間だし、あとは肝心のボスが現れるのを待つだけ。
「第二十階層のフロアボスはサンダーバードやから、気ぃつけや!気を抜いたら、感電してまうで!」
────サンダーバード。
鷲の姿をした魔物で、羽毛に電気を蓄えている。
主な攻撃手段は落雷、感電、突進、つつきの四つ。
おまけにサンダーバードの体に触れると感電してしまうため、物理攻撃はかなり危険だった。
「────来るで!」
その言葉を合図に、空中からサンダーバードが現れる。
黄色い羽毛に身を包む奴は、バチバチと静電気を発していた。
「アヤは結界を展開、ラミエルとアスタルテは待機、シムナとヴィエラは後方射撃と魔法攻撃を。ワイはサンダーバードの気を引きつける!」
サンダーバードの討伐経験があるファルコさんは素早く指示を出すと、飛び立つ。
そして、サンダーバードの前に躍り出た。
「えー!また射撃ー?僕、近接武器で接近戦がしたいんだけどー!」
「サンダーバード相手に接近戦はやめてください。感電しますよ?」
「大丈夫、大丈夫ー!怪我しても、直ぐにラミエルが治してくれるからー!ねっ?」
「『ねっ?』じゃないですよ!怪我する前提で、話を進めないでください!」
『そこまでして接近戦に持ち込みたいのか……』と呆れる中、正方形型の結界は完成する。
と同時に、サンダーバードが雷を落とした。
狙いは囮役のファルコさんみたいだけど……今のところ、大丈夫そう。
「とりあえず、後方射撃と魔法攻撃を行いましょう」
「えー!接近戦がいいー!」
「ワガママ言わないでください……それと自分の体をもっと大事にしてください」
「えー!でもー!」
今日はえらく頑固だな……いつもはこのくらい言ったら、『仕方ないなー』って言いながら応じるのに。
「僕は接近戦がいいのー!大体、狙撃なんて僕に似合わないしー!まあ、どうしてもって言うなら狙撃してあげてもいいけどー!でも、やっぱりそうなると対価が必要みたいなー?」
チラチラと私の手を見て、シムナさんは控えめにアピールする。
これで、ようやく謎は解けた。
ああ、なるほど────シムナさんは私に頭を撫でてそしいのか。
さっきのあれで、味をしめたみたいだね。
『全く……』と苦笑しつつ、私は青髪をそっと撫でた。
「シムナさんは良い子だから、ファルコさんの指示に従ってくれますよね?」
『ねっ?』と同意を求めると、彼は満面の笑みを浮かべる。
「うんっ!僕、良い子だからファルコの指示に従ってあげる!」
そう言うが早いか、シムナさんは狙撃銃を構える。
銃口は正確にサンダーバードを捉えていた。
「ラミエルちゃんは本当に凄いわね。あのシムナをあっという間に従わせちゃうんだから。尊敬しちゃうわ」
クスリと笑みを漏らし、ヴィエラさんも杖を構える。
準備万端な彼女を前に、アヤさんとアスタルテさんは少しだけ心躍らせた。
「“狂笑の悪魔”と“アザミの魔女”の遠距離攻撃は、見ものですね」
「楽しみなのです〜!」
興味津々といった様子で身を乗り出し、二人はちょっとはしゃいでいる。
『どんな無双劇を見せてくれるのか』と期待する彼女達の前で、シムナさんとヴィエラさんは一歩前へ出た。
「ファルコ、当たっちゃったらごめんねー!」
「死にたくなかったら、全力で逃げてちょうだい」
そんな物騒な掛け声と共に、銃弾と魔法を放つ。
迫り来る脅威を前に、ファルコさんは慌てて戦線離脱した。
────と、ここでサンダーバードに銃弾と魔法が直撃する。
と同時に、小さい爆発音が耳を掠めた。
「ちょっ!マジで危ないやんけ!!あと少し遅かったら、爆発に巻き込まれてたわ!」
「あははー!助かって良かったねー」
「あら?無傷で生還したのね。凄いじゃない」
「ちったぁ、申し訳なさそうにしろ!何やねん!お前ら!」
結界の外からガミガミ文句を言うファルコさんは、一生懸命二人を叱りつける。
が、ほとんど効果はなく……最終的に諦めた。
『あいつら、常識なさすぎやろ』という捨て台詞を残して、彼は再び上空へ向かう。
「あっ!煙が晴れていくのです〜!」
「扉がまだ開いていないから、サンダーバードは生きていると思うんですが……」
「鳥の丸焼きになってたら、良いなー!」
「サンダーバードのお肉って、美味しいのかしら?」
「絶対に食べないでくださいよ……」
などと話している内に、サンダーバードを取り巻く爆煙が消え去る。
そして、現れたのは────片翼と足を負傷したサンダーバードだった。
熱耐性を持っている筈のサンダーバードが、爆発でここまで負傷するのはかなり珍しかった。
それだけ、シムナさんとヴィエラさんの攻撃力が凄まじかったということだろう。
「なんだぁー!全然焼けてないじゃーん!」
「あれじゃあ、まだ食べらないわね」
「いや、だから食べようとしないでください……」
「魔物飯なんて、新しいのです〜!」
「ゲテモノ料理と大差なさそうですね」
「あの、ですから……魔物を食材にカウントするのは、やめてください……」
魔物なんて食べたら、お腹壊しそうじゃん。
『何故、食べようとする……』と頭を抱え込む私の前で、シムナさんは動き出す。
「じゃあ、次はもっと高温で焼くねー!」
えっ?もっと高温?なんか嫌な予感が……。
言いようのない胸騒ぎに襲われる中、シムナさんは意気揚々と銃を構えた。
かと思えば、引き金を指を掛ける
「あ、あの!シムナさん、一旦落ち着いて話を……」
「よーし、行っくよー!《サン・ヒート・ショット》!」
ここでまさかのスキル発動……オーバーキルとしか言いようがない。
『しかも、炎系のスキルだし』と項垂れていると、銃弾は物凄い速さでサンダーバードに接近し、直撃した。
と同時に、凄まじい爆発音が耳を劈く。
「ファルコさん、早くこちらへ!────境を隔てる壁を使りたまえ!《万物遮断》!」
パリンッと割れる正方形型の結界を前に、アヤさんは白い壁を展開した。
凄まじい熱と風がこの場で暴れ回る中、私達は互いに身を寄せあって衝撃に耐える。
────と、ここで爆発は収まった。
「や、やっと終わった……はぁはぁ……」
今回一番の功労者と言っても過言ではないアヤさんはスキルを解除し、その場に座り込んだ。
肩で息をする彼女に、私は慌てて駆け寄る。
『お疲れ様です』と声を掛けながら背中を撫で、ふと辺りを見回した。
が、サンダーバードの姿はどこにもない。
恐らく、光の粒子と化したのだろう。
「シムナさん!百歩譲ってスキルを使うのは構いませんが、もっと周りへの被害を考えてください!危うく、全員お陀仏でしたよ!」
「あはははー!ごめん、ごめーん!まさか、ここまで威力があると思わなくてー!」
悪びれる様子もなくケラケラ笑うシムナさんに、私はピキッと頬を引き攣らせる。
こんのっ……!非常識クレイジーボーイ!!
「そこに座りなさい!お説教の時間です!!」
そう言って、私はシムナさんの足元を指さした。




