第174話『第十九階層』
────そして、私達は第十二〜第十八階層を駆け抜け、第十九階層まで来ていた。
第二十階層のフロアボスまで、あともう少しである。
次のボス戦にはシムナさんとヴィエラさんも居るから、比較的楽に戦えそうだ。
むしろ、瞬殺も有り得るかもしれない。
でも、その前に─────第十九階層の魔物をどうにかしないと。
第十九階層に生息する魔物は、ヘルハウンドだ。
黒い犬の姿をした魔物で、その愛くるしい見た目とは対照的に凶暴な一面がある。
主な攻撃手段は噛み付きと突進だ。
「あの犬、ケルベロスのミニバージョンみたいだねー」
「そんなことはないと思いますけど……」
ケルベロスはもっと体が大きかったし、頭も三つある。何より、肌に感じるプレッシャーが比べ物にならなかった。
『共通点なんて、犬型魔物ってことくらい?』と考える中、シムナさんはコテリと首を傾げる。
「このワンワン、歯が痒いのかなー?やたらと噛み付いてくるねー」
「いや、歯が痒い訳じゃないと思いますよ……ヘルハウンドの牙には毒があるので、プレイヤーに噛み付いて毒殺しようとしているんだと思います」
「へぇー。そうなんだー。じゃあ────今、僕に噛み付いているこのワンワンも僕を殺すために噛み付いてきているのー?」
「ええ、そのワンワンもシムナさんを殺すために噛み付いて……って、ええっ!?」
周囲の警戒ばかりしていた私は、まさかそんなことになっていると思わず……慌てて視線を下げる。
すると、そこには────シムナさんの腕を噛むヘルハウンドの姿が。
ちょっ、なに普通に噛まれているの!?
シムナさんなら、避けるなり何なり出来たでしょう!?
アイテムボックスから急いで短剣を取り出した私は、シムナさんの腕に噛み付くヘルハウンドを刺す。
的確に急所を狙ったからか、回復師の攻撃でも、中層魔物を倒すことが出来た。
「《キュア》!」
光の粒子と化したヘルハウンドを一瞥し、私は急いで治癒魔法を掛ける。
すると、彼の傷口は見る見るうちに塞がり……青紫色に変色していた肌も元通りになった。
「シムナさん、体調に異変はありませんか?思考力が鈍ったり、体に痛みが走ったりとか……」
「大丈夫だよー!体に毒が回る前に、助けてくれたからねー。あははっ!」
「いや、笑い事じゃありませんよ!下手したら、死んでいましたからね!?心臓に悪いので、もう二度とこんな真似はしないでください!」
思わず説教を垂れる私に、シムナさんは眉を顰める────でもなく、何故か嬉しそうにしている。
「ふふっ。分かったー!もうこんなことはしないよー」
「何でそんなに嬉しそうなんですか……」
『本当に変な人だな』と思っていれば、シムナさんは人差し指を唇に当ててこう言った。
「秘密ー!」
いや、秘密にする意味が分からないんだけど……まあ、言いたくないなら別にいいよ。
『無理に聞き出すことでもない』と割り切り、私は一つ息を吐く。
と同時に、アイテムボックスから純白の杖を取り出し、先端を床に打ち付けた。
「《キュア・リンク》」
そう呪文を唱えると、状態回復魔法が広範囲で発動する。
おかげで、ヘルハウンドの毒に侵されたプレイヤー達は瞬く間に元気になった。
治療班の治療が追い付いてなかったから、手を貸したんだけど……余計なお世話だったかな?
皆、『まだやれます!』って顔をしているし。
『逞しいなぁ』と感心する中、最後の一体と思しきヘルハウンドが光の粒子へ変化する。
「────ヘルハウンド討伐は完了や!ほな、ボスフロアへ繋がる階段を降りるで!」
ファルコさんの号令により、私達は慌てて隊列を整える。
念のため周囲を警戒しながら階段を降り、ボス戦に思いを馳せた。
────と、ここでボスフロアの前に辿り着く。
相変わらず大きな扉を前に、我々選抜メンバーは先程と同じ要領で中に飛び込んだ。




