第16話『情報収集』
こうして、アラクネさんと共に街へ繰り出した訳だが……。
「ここ、何処ですか……?」
「わ、私も分かんないです……」
早くも迷子になってしまった。
私もアラクネさんも身長があまり高くないため、人に囲まれると現在位置を把握出来ないのだ。
目印になるような建物も、見つからないし……誰かに道を尋ねようにも、みんなピリピリしていて話し掛けづらい。
徳正さんはきっとずば抜けた身体能力と影移動を使って、街を徘徊してるんだろうけど、回復師と調合師に彼の真似事は無理だ。
はぁ……こんなことになるなら、徳正さんの言葉に甘えておけば良かった。
何度か来たことがある街だから、と油断していた。
「とりあえず、徳正さんに連絡して私達を回収してもらいましょう」
今の私達では情報収集は愚か、旅館に戻ることすら出来ない。
恥を忍んで、助けを求めるのが最善だろう。
徳正さんの負担を少しでも減らそうした結果、更に負担を増やしてしまうなんて……情けない。
ガクリと肩を落とす私の傍で、アラクネさんはおずおずと頷いた。
恐らく、彼女も他の打開策が思い付かなかったのだろう。
彼女の場合、リユニオンタウンに来ること自体初めての筈だから。
その分、私がしっかりしないといけなかったんだけど……。
『不甲斐ない』と項垂れつつ、私はゲーム内ディスプレイを呼び起こした。
そしてフレンドチャットを操作し、徳正さんとの個チャを開く。
いつも一緒に居たからか、思ったよりトーク履歴は少なかった。
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ラミエル:すみません。私達も情報収集をしようと街に出たところ人混みに押され、迷子になってしまいました
徳正:あらら〜
徳正:んじゃ、迎えに行くから現在位置公開するかマップのスクショ送ってくれる〜?
ラミエル:分かりました。お手数お掛けします
徳正:いやいや、ぜーんぜん!直ぐに行くから、良い子で待っててね〜
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私は基本設定から現在位置を『フレンドのみに公開』に切り替え、徳正さんとの個チャを閉じた。
怒りもしなければ叱りもしない大人な徳正さんに、私は少しばかり劣等感を覚える。
と同時に、己の失態を嘆いた。
「本当ダメだな、私……」
「────なぁ〜に?落ち込んでるの?俺らが慰めてあげよっか?」
そう言って、現れたのは筋肉質な体を持つ大男だった。
後ろには二人の部下もおり、まるで一昔前のガキ大将のよう。
街中のせいか装備は最低限だが、後ろに背負う大剣の威圧感は半端じゃない。恐らく、かなりの上物だ。
さすがに妖刀マサムネよりは劣るが、普通の剣より耐久性はある。
多少なりとも、警戒する必要はありそうだ。
私は後ろで震え上がるアラクネさんを一瞥し、庇うように前に出る。
人混みのせいで少し身動きが取りにくいが、致し方ない。
「ナンパなら、他所を当たってください。私達は連れを待っているだけなので」
「ナンパだなんて、失敬な。俺らにそんな時間はないさ」
「じゃあ、目的は何だって言うんですか?」
キッと大男を睨みつけ冷たく言い放つと、彼は口角を上げた。
「ははっ!言わなくても分かってるだろ〜?元『サムヒーロー』のラミエルちゃん?」
「っ……!?まさか、目的は……!!」
────私の奪還及び保護!!
この男達も恐らく、掲示板でカインの書き込みを見つけたんだ。
知名度・人気ともにトップクラスである『サムヒーロー』の書き込みとなれば、信用出来るもんね……報酬金未払いの可能性は、かなり低いと言える。
また、依頼を見事達成すれば『サムヒーロー』とのコネが出来るため、美味しい話と見ているのだろう。
動機も目的も分かったけど……この状況をどう打破しよう?
私一人なら人混みに紛れて巻くことが出来たけど、アラクネさんも一緒となると、それは少し厳しい。
おまけに街中はダメージ無効区域だ。毒針でダメージを与えている隙に逃げる、ということも出来ない。
私は迷うように視線をさまよわせ、ギュッと胸元を握り締める。
この男達の狙いは、私だけ。
なら、アラクネさんだけでも逃がしてあげなきゃ。
そう思い、私は彼女の手をゆっくりと離そうとするが……
「いっ……!!」
「は〜い、勝手に動かないでね。妙な真似されると、困るんだよ」
アラクネさんの手を離そうとする私の動きが不審に見えたのか、大男はいきなり肩を掴んできた。
かなり容赦なく力を加えてきたため、ミシミシと骨の軋む音が耳に聞こえる。
なるほど……ダメージが入らないだけで、痛みはあるのか。
なんて冷静に分析しているものの、正直ちょっと泣きそうになっていた。
久々に感じる痛みに、体が驚いてしまって。
「ははっ!その顔、良いな。結構そそる」
舌舐めずりしてこちらを見下ろす大男は、まるで獣のようだった。
気持ち悪い……けど、我慢しなきゃ。
今はとにかく、アラクネさんを逃がすことだけに集中して……被害を最小限に……。
「────その手を離して下さい」
「はっ?何、お前?ラミエルちゃんの連れ?」
「質問にお答えする義理は、ありません。それより、早く離してください────痛みで狂いたくなければ」
アラク、ネさん……?
さっきまでカタカタと震えていた彼女が、突然人が変わったように堂々と私の横に立っている。
ブルーサファイアの瞳は、凛としていて美しかった。
一体何が起こっているのか分からずにいると、アラクネさんは繋いだ手をギュッと握り締める。
そして、ゾッとするほど冷たい目で大男を睨みつけた。
「これが最後の警告です。ラミエルさんから、手を離してください」
「ハッ!嫌だね。俺はラミエルちゃんを『サムヒーロー』のカインに受け渡して、報酬金をがっぽり貰うんだよ!」
アラクネさんの最終警告を鼻で笑い飛ばした男に、彼女はスッと目を細めた。
「そうですか。それは残念です────では、どうぞ激痛に悶え苦しんでください」
その言葉を合図に、私の肩を掴んでいた男の腕は切断された。
端から見れば独りでに切れたように見えるが、私は知っている。
彼の腕を切り落とした刃物が────アラクネさんの所持する、蜘蛛糸であることを。
凄い切れ味……。
「……いぁあぁぁあ!!」
男は数秒間、何をされたのか分からず固まっていたが、やっと現状を理解するとその場に蹲った。
痛みに喘ぐ彼を前に、アラクネさんはお下げにした髪を手で払う。
「私はあまり優しくありません。逃亡するなら、お早めにどうぞ」
アイテムボックスから何やら怪しい小瓶を複数取り出し、アラクネさんは大男を見下ろした。
その瞳は少し濁っている。
『これって、結構ヤバいパターン……?』と考える私を他所に、大男は涙目になりながらアラクネさんを睨みつけた。
「このっ……!クソアマが!!おい、お前ら!!何をボケっとしている!さっさとこいつを……」
「────ハハッ!悪いけど、君の連れの二人は首を折らせてもらったよ〜。ま、ダメージ無効区域だから死んでないし、良いよね〜」
と、徳正さん……!いつの間に!?
瞬きの間に現れた徳正さんと床に伏せた二人の部下を見つめ、私は混乱する。
目を白黒させる私の前で、徳正さんは『やっほ〜!』と呑気に手を振っていた。
笑顔も態度も、拍子抜けするほどいつも通り……だが、目は真剣そのもの。
『あっ、これ完全にブチ切れている……』と確信する中、徳正さんは大男の頭を鷲掴みにした。
「俺っちの仲間に手を出した君達は、バラバラに切り刻んで金魚の餌にしまーす!まあ、安心しなよ〜?どうせ、街中なら────死なないからさ♪」
どこまでも明るく笑顔で、徳正さんは男達に地獄の入り口を示した。




