第165話『イーストダンジョン攻略開始』
満を持してイーストダンジョンに足を踏み入れた私達は、手始めに上層魔物を斬り伏せていく。
あちこちから上がる光の粒子を眺めながら、戦闘班の活躍を見守った。
皆、凄いな。急所を的確に狙っているし、動きに無駄がない。必要以上に列から離れないところも、好感が持てる。
このまま順調に進んで行けば、予定より早く中層に行けるかもしれない。
────と、少し油断したところで戦闘班が取りこぼしたゴブリンを視界に移す。
どうやら、不意を突かれたようだ。
『やべっ……!』と焦る男性の声を聞き流し、私は懐から毒針を取り出す。
まあ、戦闘中のミスなんて誰にでもあることだ。
この失敗を糧に成長してくれれば、それでいい。
こちらへ向かってきたゴブリンに毒針を投げつけ、私はスッと目を細める。
と同時に、ゴブリンはその場に倒れた。
「す、すみません!それと、ミスをカバーしてくれてありがとうございます!」
「いえ……それより、そのゴブリンにトドメをお願いします。体を麻痺状態にしただけなので、ダメージはほとんど入っていないんです」
「分かりました!」
剣士と思われる少年はビシッと敬礼したあと、愛用の剣で容赦なくゴブリンの心臓を貫く。
すると、ゴブリンの体は一瞬で光の粒子に変化した。
それを一瞥し、少年は急いで踵を返す。持ち場に戻るつもりなんだろう。
さて、そろそろ────中層かな?
第六階層へ繋がる階段を見つめ、私は気を引き締める。
魔物爆発の際、立ち寄ったウエストダンジョンからも分かる通り、ここから一気に敵の質が上がるから。
イーストダンジョン第六階層の魔物はオピオタウロス。
上半身を雄牛、下半身を蛇で構成された魔物で体の大きさは象くらい。
とにかく凶暴で力が強く、前足で蹴られただけで骨を折ることもあるくらいだ。
隊列を崩さず、どこまで戦えるかが肝となる。
『先に降りた人達は大丈夫かな?』と心配しつつ、私は第六階層へ続く階段を降りた。
と同時に、目を剥く。
「な、何これ……?」
思わず口元を覆い隠し、私は目を白黒させた。
だって、目の前には────オピオタウロスに肩や足を食われている者、オピオタウロスの蹴りで早々に戦いからフェードアウトしている者、仲間が倒れていく光景をただ呆然と見つめている者が居たから……。
彼らにはもう『戦う』という概念がなく、ただただ『逃げたい』『助かりたい』『死にたくない』という気持ちを前面に出している。
み、んな……どう、して……?このままじゃ、討伐隊が全滅しちゃ……
「────お前ら、一旦落ち着けやぁぁぁぁ!!」
力いっぱい声を張り上げ、絶望的状況にストップを掛けたのは他の誰でもないファルコさんだった。
「お前らはここに何しに来たんや!?ただ仲間を魔物に食わせるために来たんか!?違うよな!?少なくとも、ワイは仲間と一緒にこのダンジョンを攻略するために来た!!」
「「「っ……!!」」」
「恐怖に負けるな!!仲間を見捨てるな!!お前さんらの信念はどこにある!?」
私達の信念……それは────この胸の中にある!!
「信念を貫け!自分が正しいと思う方へ進め!武器を取れ!仲間を守れ!傷を癒せ!援護しろ!やるべき事と自分の信念を見失うなぁ!!」
『尻込みしている暇があったら、手と頭を動かせ!』と叫ぶファルコさんに、私は見事触発される。
感情の赴くまま純白の杖を取り、先端を地面に叩きつけた。
「《パーフェクトヒール・リンク》!」
そう呪文を唱えれば、魔力の抜けていく感覚と共に仲間達の傷が癒える。
白い光に包まれ元気を取り戻していく様子は、まさに圧巻だった。
「治療班の皆さんは仲間の治療に専念してください。出来れば魔力は温存しておきたかったんですが、こうなった以上仕方ありません。出し惜しみはなしです」
「「「分かりました!」」」
何とか混乱状態から抜け出した治療班のメンバーは、杖や手を前に突き出した。
かと思えば、負傷したプレイヤー達に治癒魔法を掛けていく。
とりあえず、これでもう治療班は大丈夫。
持ちうる力全てを使ってでも、仲間を助けてくれる事だろう。
問題は……戦闘班の立て直しだ。
今、ここに居る戦闘班のほとんどが魔物の餌食になっている。
動けるのは、ファルコさんを含める数人だけ……。
上層に居る残りのメンバーが早く駆け付けてくれるのを祈るばかりだが、正直増援を待っていられるほどの余裕はない。
魔物の餌食になっているプレイヤーに関しては、結界師の補助と治療班の治癒魔法で何とか持ち堪えている状態……。
私の毒針が効くなら、簡単に助け出せるけど……斬撃すらまともに通さない硬い皮膚が、この針を通すとは思えない。弾かれて終わる未来が見える……。
何か……何か策はないの!?よく考えて、私……!
「っ〜……!!そんな事いきなり言われても、何も思い付かないよ……!!ここにシムナさんやヴィエラさんが居れば、話は別だけど……!」
「────僕がどうかしたのー?」
真横から聞き覚えのある声が聞こえ、私は弾かれたように顔を上げる。
すると、ニコニコと機嫌良く笑うシムナさんが目に入った。
「ヴィエラは今、ポイズンゴブリンの毒を浴びた間抜け共の治療で居ないけど、僕なら居るよー!なんかあったー?」
「し、シムナさん……!!ナイスタイミングです!!」
「えっ?そーお?」
「はい!!めちゃくちゃナイスです!!」
私は感激のあまり、シムナさんの手を握る。
『天の助け!』と歓喜しながら、ズイッと顔を近づけた。
「シムナさん、お願いします!オピオタウロスを討伐してください!!」
「オピオタウロスー?それって、あの気持ち悪い魔物のことー?」
「はい!あの気持ち悪い魔物のことです!お願い出来ますか?」
懇願するような目を向ければ、シムナさんは少し驚いたように目を見開く。
が、直ぐ笑顔に戻った。
「もちろん、いいよー!これは元々僕の仕事だしー!それに何より────ラミエルのお願いだからねー!」




