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第15話『旅館』

 そして、ようやくリユニオンタウンに足を踏み入れた私達は満員電車さながらの人口密度に目を剥く。

外から中の様子は分かっていたつもりだが、実際に来てみると色々衝撃だった。

『手を繋いで来て正解だった』と心底思いながら、私達は顔を見合わせる。


「ラーちゃん、あーちゃん、大丈夫〜?ちゃんと息してる〜?」


「私は大丈夫です。ちょっと人が多すぎて、身動きを取りづらいですけど……」


「わ、わわわわわ、私も大丈夫です!!」


「そっか〜。なら、良かったよ〜。とりあえず、主君が事前に予約した宿屋に向かうから、このまま付いてきてね〜」


「「分かりました」」


 グイグイと力強く手を引っ張る徳正さんに連れられるまま、私達は人混みの中を進む。

事前に宿屋を予約しておいてくれたリーダーに、感謝しながら。


 だって、今から泊まる場所を探してもきっと見つからなかったもん。

宿屋はもちろん、民家も人でいっぱいだろう。


 『最悪、野宿する羽目になっていた』と考え、私は大きく息を吐く。

────と、ここでようやく目的地に辿り着いた。

趣のあるその建物へ足を踏み入れ、一先ずチェックイン作業を行う。

そこで、私達は色々衝撃を受けた。


「えっ!?貸し切り!?」


「し、ししししし……しかも、この宿屋って一泊二十万ゴールドもする超高級旅館なんじゃ……」


「アハハッ!さすが主君だよね〜!」


 いや、笑い事じゃないって!宿屋っていうから、寝泊まりするだけの質素な部屋を想像してたのに、何なの!これ!


 女将さんに連れられるまま居間へやってきた私は、グルリと辺りを見回す。

温かみを感じる畳に、陽の光をよく通す明かり障子。

また、家具や調度品は一つ一つが繊細な作りをしており、まるで美術品のよう。


 な、何もかもがキラキラし過ぎて、この空間に居ることすらも烏滸がましく感じてしまう……高級旅館って、恐ろしい。


 『ある意味、目に毒だ』と狼狽える中、女将さんはこちらを振り返った。


「徳正様、アラクネ様、そしてラミエル様。何かあれば、どうぞ私にお申し付け下さい。それでは、ごゆっくり」


 牡丹の着物に身を包んだ美しい女将さんは優雅に一礼すると、ゆっくりと障子を閉める。

洗練された一つ一つの所作に、私は半ば圧倒されてしまった。

アラクネさんも、『ひゃぇ……』とよく分からない擬音を発し、放心している。


「アハハッ!ラーちゃんもあーちゃんも、こっちおいでよ〜。部屋割り決めちゃおう〜?今なら、選び放題だよ〜?」


 座椅子に腰掛け、旅館の見取り図を眺める徳正さんは実に呑気だった。


 部屋割りとか、今はどうでもいい!問題は値段よ、値段!

私は今、手元に十万ゴールドしかないんだから!


「はぁ……部屋割りは勝手に決めててください。私はちょっと銀行に行って、お金を……」


「お金?なんか欲しいものでもあるの〜?俺っちが買ってあげようか〜?」


「ち、が、い、ま、す!旅館の宿泊代ですよ!今、手持ちが少なすぎて……払えそうにないんです」


「わ、わわわわわわわ、私もです!!」


 『作ったアイテムを売れば、何とか工面出来そうですが』と零すアラクネさんに、徳正さんは首を傾げる。


「えっ?宿泊代?そんなの主君が払ってくれてる、に決まってるじゃん〜」


「「えっ?」」


「自分が勝手に決めた宿泊先のお金をメンバーに払わせるほど、意地悪じゃないって〜。てか、主君は俺っち達に甘々だからね〜。『あれ、欲しい〜』ってお強請りしたら、大抵何でも買ってくれるよ〜」


 後半のくだりはさておき……リーダー、太っ腹過ぎない?

FRO内でのお金とはいえ、このデスゲームと化した状況でも金を惜しまない姿勢は凄すぎる……。


「という訳で、さっさと部屋割りを決めちゃおう〜?」


 旅館の見取り図をペシペシ叩き、徳正さんは『おいでおいで』と急かす。

そんな彼に促されるまま、私達はテーブルに歩み寄りそれぞれ好きな場所へ腰を下ろす。


「この旅館は二階建てで、今居るのが一階のここ。一階の半分は温泉だから、部屋はここも合わせて四つしかないけど、二階は十部屋近くあるから好きに選んで〜。ちなみにご飯は全部この部屋に運び込まれるように手配してあるから、自室で食べたい場合は事前に女将さんに言っておいてね〜」


 徳正さんの説明にうんうんと頷きながら、私とアラクネさんは見取り図を覗き込んだ。

『菊の間』『梅の間』などと書かれていたソレを眺め、暫し考え込む。


 徳正さんの説明を聞く限り、自由に使える部屋は居間を除いて、十三個。

正直部屋に拘りはないし、どこでも良いかな。

でも、後から来るメンバーのことを考えたら、部屋数の少ない一階より二階を選んだ方が良さそう。


「じゃあ、私は二階の隅にある『菊の間』でお願いします」


「じゃ、じゃあ!私はその隣で!!」


「んじゃ、俺っちはラーちゃんのお向かいの部屋で〜」


 階段を上がってすぐの角部屋を所望した私に続いて、それぞれ好きな部屋を選ぶ。

何故か部屋が密集してしまったが、まあ良いだろう。


 徳正さんが近くの部屋を選択するのは目に見えてたけど、アラクネさんまでそうなるとは思わなかった。

少しは距離が縮まったと思って、いいのかな?


「んじゃ、まあ……部屋割りも決まったところで、俺っちは情報収集に行ってくるよ〜」


 そう言って、おもむろに立ち上がった徳正さんは『んー!』と大きく伸びをした。


 えっ?まだ働くつもりなの!?

馬車の運転による長時間の移動で、一番疲れているのは間違いなく徳正さんなのに……!

その真面目な姿勢は素晴らしいものだけど、今日はもう休んだ方がいいんじゃ……!?


「情報収集なら、私が行きます!なので、徳正さんは休んでくださ……」


「大丈夫、大丈夫〜!てことで、行ってきま〜す!」


 私の意見を軽く受け流し、徳正さんはヒラヒラ手を振ると────一瞬にして、姿を消した。

恐らく、『私に何か反論される前に』と思ったのだろう。

先手必勝は徳正さんの得意技だから。

ブワッと巻き起こる風を前に、私はゆっくりと座布団から立ち上がった。


 こうなったら、仕方ない……この人口密度の高さじゃ、探しに行っても無駄だろうし。


「アラクネさんはここで休んでいてください。私も情報収集に行ってきます」


 何もせず待機というのは申し訳なくて、私は別行動を取ることにした。

この混沌と化したリユニオンタウンの街中を回復師(ヒーラー)一人で歩き回るのは危険だが、まあ……何とかなるだろう。


「え?あ、ああああ、あの!私も行きます!行かせてください!」


「?……別に構いませんが、休んでなくて大丈夫ですか?」


 見るからに体力のなさそうなアラクネさんを心配すると、彼女は『大丈夫です!』と言って立ち上がる。

気合い十分といった様子の彼女を前に、私は『久しぶりの街だろうし、色々見て回りたいのかもしれない』と考えた。


「分かりました。では、一緒に行きましょう」


「は、はい!」


 胸の前でギュッと両手を握り締めるアラクネさんに、私は笑顔で頷き、居間を出る。

念のため女将さんに一声掛けてから軽く準備し、旅館を後にした。

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