第136話『アヤ』
つい先程までそこにあった筈の海水は綺麗さっぱり消え去り、代わりに乾燥した大地が広がっている。
状況から察するに、魔法剣士であるヘスティアさんと他数名の魔法使いが協力して海を干上がらせたんだろうけど……そんなのって、あり!?
まだ巨大ロボットを使って、空から参上した田中さん達の方が常識的だよ!?
「ヘスティアお姉様は相変わらず、アグレッシブだね〜。普通は海を干上がらせたり、出来ないよ〜」
「そうか?結界で海をある程度区切れば、意外と行けるぞ?」
「いやいや、無理だって〜」
「はっはっはっはっ!徳正は相変わらず、ガッツが足りないな!それより、そのアヤに似ている子は……」
ん?アヤ?
どことなく聞き覚えのある単語に、私は首を傾げる。
『どこで聞いたんだっけ?』と記憶を遡る私の前で、徳正さんはスッと目を細めた。
「ねぇ〜、そのアヤってさ────もしかして、レオンくんの元カノ〜?」
「ん?レオンを知っているのか?」
「知っているって言うか、今一緒に行動を共にしてるって言うか〜。ま、とにかく……そのレオンくんもラーちゃんのこと、『アヤと似ている』って言ってたんだよね〜。なんなら、ラーちゃんのことアヤさんだと勘違いしてたし〜」
腕を切り落とされたことは伏せ、徳正さんはこちらへ視線を向ける。
「とりあえず、この子は回復師のラミエルね〜。今はマジックポーションの過剰摂取で会話もままならないだから、多少の無作法は許してあげて〜」
「ふむ。マジックポーションの過剰摂取か。それはまたなんと言うか……無理をしたな。だが、安心しろ。私達が来たからには、もう大丈夫だ!ここから先は私達『紅蓮の夜叉』に任せてくれ!」
「言われなくても、そのつもりだけど〜?これ以上、ラーちゃんに無理させる訳にはいかないからね〜」
「はっはっはっはっ!お前が他の者をここまで心配するなんて珍しいな!よし!面白いものを見せてくれた御礼として、イベント終了までウチの結界師を貸してやろう!」
「いや、いらな……」
「おい、アヤ!こっちに来い!」
徳正さんの話なんて聞く気0のヘスティアさんは、勢いよく後ろを振り返った。
すると、何百何千もの軍勢の中から一人の少女が姿を現す。
アヤと呼ばれたその少女は栗色の長い髪を靡かせ、エメラルドの瞳に私達を映し出した。
うわぁ……確かに私に似ている。
瓜二つとまでは行かないけど、パッと見じゃ分からないかも。
だって、違う点と言えば髪型とホクロの位置くらいしかないもん。
ツインテールにされた茶髪と目元にホクロを見つめ、私はちょっと感心する。
『ここまで似ることって、あるんだなぁ』と。
「ふむ。改めて見てると、やはりアヤとラミエルは似て……」
「ないね〜。全っ然似てない〜。皆が『似てる似てる』言うから、ちょっと期待したのに〜」
「む?そうか?私の目には瓜二つに見えるが?」
「ヘスティアお姉様の目は節穴なの〜?鼻の高さも目の位置も唇の薄さも、全然違うじゃ〜ん。確かに目や髪の色は同じだけど、それだけって感じ〜」
当人である私すら似ていると感じているのに、徳正さんは異様なまでに反論する。
『ないわ〜』と言わんばかりに首を横に振る徳正さんの前で、ヘスティアさんは目を凝らした。
「ふむふむ……やっぱり、分からん!二人の違いなど、髪型くらいだろう!と、それはさておき……アヤ、徳正達をよろしく頼むぞ!海に張った結界の維持もな!」
「お任せください、ヘスティアさん」
「うむ!あとは頼んだ!────残りの奴らは私についてこい!ゴーレムを一匹残らず、駆逐するぞ!」
「「「はい!!」」」
『紅蓮華』の異名を持つ剣身が赤い剣を、ヘスティアさんは高く掲げた。
かと思えば、勢いよく駆け出す。
他のメンバーも、それに続いた。
うぅぅぅ……砂埃で目が……。
思わずギュッと目を瞑ると、徳正さんが優しく話しかけてくる。
「ラーちゃん、目を閉じたら痛いでしょ〜?ほら、開けて〜。砂が目の中に入っちゃったんだね〜」
『痛い痛いだね〜』と言い、徳正さんはよしよしと頭を撫でる。
完全に子供扱いされているが……反論する気力もないため、私は素直に目を開けた。
「ん。良い子良い子〜。とりあえず、目薬を……」
「良ければ、こちらをお使いください」
そう言って、アヤさんは横からスッと目薬を差し出した。
如何にも真面目そうな彼女は、ご丁寧に目薬のキャップまで外している。
「ありがと〜。有り難く、使わせてもらうね〜」
「いえ、礼には及びません。ウチのギルドメンバーが、散々お世話になったみたいですから、これくらいは……」
「そこは『私の元彼が〜』でしょ?」
「……さっさと目薬をさしたら、どうですか?」
過去を掘り返そうと挑発する徳正さんに対し、アヤさんは一瞬だけポーカーフェイスを崩す。
が、直ぐに表情を取り繕った。
至って冷静な彼女を前に、徳正さんは小さく肩を竦める。
「ま、君達の恋愛には興味ないし、話さなくてもいいけどさ〜……君達の痴話喧嘩に、ラーちゃんが巻き込まれたことだけはしっかり覚えといてね〜」
「……はい」
気まずそうな顔で視線を逸らすアヤさんに、徳正さんはスッと目を細めた。
かと思えば、慣れた様子で私に目薬をさす。
『ラーちゃん、お目目パチパチして〜』と指示を出す彼に、私はコクリと頷いた。
言われるがままに目の開閉を繰り返しながら、『なんか、いつもより態度悪いな?』と思案する。
初対面のプレイヤーに冷たいのはいつものことだけど、ここまで意地悪な言動を取るのは珍しい……何かあったのかな?




