第12話『No.5』
キマイラ戦で近くの罠を全て発動させたこともあり、私達はわりと直ぐに森を抜けられた。
で、無事目的地に辿り着くことは出来たのだが……。
「ひゃぁああぁあああ!?蜘蛛!?」
おかしな悲鳴をあげた私の前には、リアルに再現した蜘蛛の足が……。
城から生えたソレを前に、私は思わず後退りそうになった。
遠くで見た時は蜘蛛足が罠の森に隠れて見えなかったけど、まさかこんな風になっているとは……。
『虐殺の紅月』に加入するくらいだから、相当な変人だとは思ってたけど……予想外も良いところだ。
「ハハッ!驚いた〜?てか、驚くよね〜?俺っちも最初来た時は、かなり驚いたし〜」
「これ見て驚かない人なんて居るんですかね……」
「主君は驚かなかったらしいよ〜?」
「リーダーの心臓、強すぎません?」
「アハハッ!確かに〜」
でも、一番凄いのはここで過ごしているNo.5さんだよね……。
もしかして、蜘蛛好きなのかな……?それとも、蜘蛛の神討伐クエストをクリアしたから?
限定クエストだったらしいし、蜘蛛に何か親近感っていうか……特別な何かを感じていてもおかしくない。
共感は出来ないけど。
などと考えながら、立ち尽くしていると……ドタバタと建物の中から、足音が聞こえた。
たまにガシャン!という、何かが割れる音も聞こえる。
え?えっ!?大丈夫なの……!?
「おっ?来た来た〜」
凄まじい物音と破壊音にあわあわする私とは対照的に、徳正さんは飄々としている。
まるで、いつもの事だとでも言いたげな態度だ。
ということは多分、大丈夫なんだろうけど……やっぱり、心配だな。
ソワソワと落ち着きのない私は、首が痛くなるほど上を見る。
────と、ここで空から女の子が降ってきた。
別に比喩表現でも何でもない。本当に降ってきたのだ。
『ひゃのぉぉぉおぇええぇあいやぁぁあ!!』と変な絶叫を上げながら。
「え?え?お、落ち……?」
紺色のローブを身に纏う少女を見つめ、私は困惑する。
目の前で何が起きているのか分からずにいると、徳正さんがゆるりと口角を上げた。
「ハハッ!相変わらず、凄い悲鳴だなぁ〜」
「いやいや、感心してる場合じゃありませんって!早く助けないと……!」
────って、ん……?『相変わらず』?今、『相変わらず』って言った!?
もしかして、あの子が……現在進行形で落下しているあの女の子が、No.5さんなの!?
ていうか、それしかないですよね!?
ここ、No.5さんの私有地だし!!
「さてと、回収しに行きますか〜」
目を白黒させる私を尻目に、徳正さんはピョーンと軽くジャンプした。
高さは約30mほど。相変わらず、凄い身体能力だ。
ゲーム補正があるとはいえ、助走なしであんなに高く飛べない……普通は。
改めて徳正さんの異常さを思い知らされる中、彼はNo.5さんを見事空中でキャッチし、勢いよく宙返り。
って、その宙返り必要あります……?
格好付けなのか、何か深い考えがあるのか……徳正さんはその後も宙返りを繰り返した。もう嫌ってくらいに……。
そして、地面まであと二メートルというところでやっと宙返りをやめ、ストンッと優雅に着地した。
「ラーちゃん、ただいま〜。見てた?俺っちの宙返り〜」
「お帰りなさい、徳正さん……。宙返り見てましたけど、その……No.5さんが死にそうですよ?」
「えっ?あ、ホントだ〜あはは〜」
『あはは〜』じゃないよ!もう!
徳正さんの腕の中で白目を剥いているNo.5さんに、私はそっと眉尻を下げる。
「あれほらみらあべやべあられ……」
「ほら、変な呪文唱え始めてますよ……」
「あはは〜!ごめんって〜」
ヘリウムよりも軽い謝罪が返ってきたところで、私は徳正さんのおでこにチョップを入れる。
ゴンッ!とかなり良い音がしたが、それはスルーしておいた。
同じパーティーメンバーである限り、どうせHPは減らないし……。
『いた〜い!』と嘆く徳正さんを一瞥し、私はNo.5さんの頬に手を添えた。
効くかどうか怪しいけど、一応やるだけやってみよう。
「《キュア》」
一縷の望みを掛けてNo.5さんに治癒を施し、私は様子を見守る。
これで目を覚ましてくれれば良いけど……。
「ラーちゃん、俺っちには〜?」
「徳正さんは何ともないので、必要ありません!」
「え〜!けちぃ〜!」
「ケチじゃないです!」
布越しでも分かるほど大袈裟に唇を前に突き出した徳正さんに、私は説教を始めようとする。
────と、ここでNo.5さんが意識を取り戻した。
サファイアの瞳に私達を映し出し、暫し放心する。
そして、
「えっ?あれ?私……わた、しぁぁぁあああ!?ごめんなさい!私、重いですよね!?すぐ降ります!というか、降ろしてください!お願いします!!」
徳正さんに抱っこされていることに気づくなり、No.5さんは慌て始めた。
どうやら、一気に意識が覚醒したようだった。
カァァアア!と茹で蛸のように赤くなる彼女は、半ば転げ落ちるようにして徳正さんの腕から逃れる。
その際、地面に尻餅をついてしまったが……彼女自身はあまり気にしてない様子。
これはまた……なんというか、キャラの濃い人が出てきたね。
『降ろしてください』と言っておきながら、自ら降りる人なんて初めて見たよ……。
『お転婆だな』と苦笑する中、No.5さんは勢いよく立ち上がり距離を取った。
「あ、え、ふ……えと!あの……た、助けて頂いてありがとうございます!!そ、それでその……と、徳正さんの隣に居る方って、あの……No.7さんでよ、よよよよよよよよ、よろしかったですか……!?」
落下の際ズレてしまった大きな丸眼鏡をかけ直し、No.5さんはチラチラとこちらに視線を向けてくる。
かなり緊張しているのか、口調はちょっと変だった。
なんか、すっごいオドオドした人だな……あと、コミュニケーション能力が壊滅的。
どうやら、苦手なのは徳正さんだけじゃないみたい。
「はい、私がNo.7のラミエルです。職業は回復師になります。最近加入したばかりの新人ですが、よろしくお願いします」
出来るだけ丁寧に、適切な距離を取った上で自己紹介し、私はペコリと頭を下げる。
失礼のないように振る舞ったおかげか、No.5さんは少しだけ肩の力を抜いた。
「あ、え、あの……えっと……私はNo.5のアラクネです。職業は調合師ですけど、生産系職業の仕事は一通り出来ます……だから、その……えっと、あの……何か物が壊れたり、作って欲しい物があったら遠慮なく言ってください……!!私の出来る範囲のものなら、作ります!!よ、よよよよよよよよ、よろしくお願いします!!」
ガバッと勢いよく頭を下げたNo.5さん─────改め、アラクネさんはネイビーブルーの長髪を地面に垂らした。
「ちなみにあーちゃんの二つ名は“蜘蛛の巣の女王”。この罠の森と蜘蛛の神討伐クエストのクリアプレイヤーって、意味を込めて付けられた名前なんだ〜。使用する武器のほとんどが、蜘蛛糸と毒ってのもあるけど〜。『虐殺の紅月』を裏から支える物作り名人だから、優しく接してあげてね〜?あっ、ちなみにラーちゃんに分けた神経毒とか針も全部あーちゃん作だから〜」
「えっ!?そうだったんですか!?」
「うん。そ〜そ〜。俺っち達が持ってるアイテムの半分以上が、あーちゃん作だよ〜」
『凄いよね〜?』と他人事のように呟く徳正さんに、私は目を白黒させる。
で、出会う前からお世話になっていたなんて……!お礼を言わなくちゃ!
「あのっ!あの細い針と神経毒、凄く使いやすかったです!ありがとうございます!」
「えぇ!?あ、いや、あの!こっちこそ、使って頂いてありがとうございます!!」
元々腰の低い人なのか、アラクネさんはお礼を言われる立場にも拘わらず頭を下げる。
ちょっと卑屈すぎる気もするが、好感を持てた。
『ちょっと、私に似ているかも?』と親近感を覚える中、徳正さんはパンパンと手を叩く。
「さてさて〜、お喋りはここら辺にして出発しようか〜」
そう言って、徳正さんは空を見上げた。
釣られるように私達も視線を上げ、スッと目を細める。
嗚呼────もうすぐ、夜が明ける。




