第128話『チャイニーズガールズ』
それからも私達は怪我人の治療を立て続けに行い、気づけば五時間が経過していた。
時刻は夕方6時を回ろうとしている。
『もうこんな時間か』と思いつつ、私はゲーム内ディスプレイを操作した。
リアムさんの小脇に担がれて移動しているため少し動きづらいが、何とかマジックポーションを一本取り出す。
これで、今日は三本目だ……まだナイトタイムにも差し掛かっていないのに。
予想以上に魔力の消費スピードが……いや、プレイヤー達の怪我が多過ぎる。既に二、三回治療したプレイヤーだって、居るもん。
出来る限りポーションに頼るようにしているけど、それでもちょっと……いや、かなりキツい。
『イベント終了時間よりも早くダウンしてしまいそう……』と嘆息し、私は小瓶の蓋を開ける。
ポンッと鳴る音を聞き流しながら、慎重にマジックポーションを摂取した。
「ラミエル、大丈夫かい?それ、三本目だろう?」
「なっ!?そんなに飲んでいたのか!?」
焦ったように身を乗り出してくるレオンさんは、『大丈夫なのか!?』と心配する。
相変わらずリアクションの大きい彼を前に、私は空になった小瓶をアイテムボックスへ戻した。
「大丈夫です。まだ三本目ですから……四本目となると、さすがに怪しくなりますが」
「でも、このペースだときっと四本目も開けることになるよ」
「ラミエルは一日、何本まで飲めるんだ?人によって個人差があるだろ?」
「それは分かりません。とりあえず、三本飲めることは確定なんですが……四本目を開けなきゃいけないほど、治癒魔法を行使したことないので」
まあ、十中八九私の限界量は三本だろうけど。
三本目を飲んだ時、体調不良とはまた違う変な感覚が体に走ったから。
多分、これが『限界量ですよ〜』という合図なんだと思う。
でも、そのことを彼らに言うつもりはない。
だって、言ったらきっと心配するし────四本目の摂取を止めてくるもの。
「とりあえず、マジックポーションの限界量については保留にしましょう。今は怪我に苦しむプレイヤー達を救うのが、先決です」
「それもそうだね。極論、四本目を飲んでみれば分かることだし☆」
「それで限界量を超えていたら、どうすんだよ……」
「そのときはプレイヤーの治療をやめて、ラミエルの護衛に専念すればいい話さ☆」
「本当、お前はそういうところ適当だよなぁ……」
呆れたように頭を搔くレオンさんは、深い溜め息を零す。
『ラミエルに何かあったら、ラルカ達に殺される……』とボヤきながら。
「あっ、あそこに応戦中のプレイヤーが居るよ。人数は二人。片方は足をやられて、動けないみたいだ」
「それはキツいな」
「逃亡という選択肢を取られる訳ですからね」
スリットの入ったチャイナ服を身に纏う二人の女性プレイヤーを捉え、私達は暫し考え込む。
それぞれ足と頭に怪我を負っている上、どちらも息が上がっている。
別に『今すぐ死ぬ』という状態ではないけど、放っておいたらヤバそうね。
「とりあえず、傷の具合を見てみましょうか。ということで、レオンさんはゴーレムの牽制を、リアムさんは私とあの二人の護衛をお願いします」
「「了解(したよ☆)」」
この役割分担にすっかり慣れてしまった二人は、早くも別行動を取る。
まず特攻役としてレオンさんが、女性プレイヤー達を囲うゴーレム達に斬り掛かった。
その体格とは似ても似つかない小さなナイフを器用に操る彼の後ろで、リアムさんは歩を進める。
レオンさんが道を切り開いてくれたおかげか、とてもスムーズに女性プレイヤー達の元まで辿り着けた。
『到着したよ☆』と告げるリアムさんに頷き、私は地上へ降り立つ。
何がなんだか分からない様子の女性プレイヤー達を視界に捉え、私はそっと手を翳した。
「《ハイヒール》」
「……わっ!?傷が……!?」
「《ハイヒール》」
「あ、足が治った!」
魔力を少しでも節約するため一人ずつ治癒魔法を掛けると、彼女達は怪我の完治に目を剥く。
足を失った方のプレイヤーに関しては、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びを露わにした。
無邪気な笑みを浮かべる彼女達の前で、私はアイテムボックスからライフポーションを四本取り出す。
「もう実感していると思いますが、貴女方の怪我は治療しました。このライフポーションは餞別です。あとはポーションを駆使して、自分達で頑張ってください」
「おぉ!ありがとアル!貴方、とっても良い人ネ!」
「何も返せなくて、申し訳ないネ!でも、ありがとうアル!」
「い、いえ……」
その格好から連想される“如何にもな喋り方”に、私は苦笑を漏らす。
『この状況でもキャラ設定や口調を曲げないなんて』と半ば感心しつつ、ポーションを二本ずつ手渡した。
と同時に、上空でゴロゴロと嫌な音が鳴る。
ハッとして顔を上げると、目が眩むほどの光がこの場を……女性プレイヤー二人を照らし、落ちてきた。
「────危ない!!」
咄嗟にアイテムボックスへ手を伸ばすものの……結界符を取り出している暇はなさそうである。
きっと、間に合わない。
『一体、どうすれば!?』と困惑する中、私の目の前に───一つの人影が。
「な、何で……何で貴方がここに……!?」
カールがかった伽羅色の髪、色白の肌、赤にも似たマゼンダの瞳……“アザミの魔女”と呼ばれるその人物は間一髪のところで雷を弾き、嫣然と笑う。
「ラミエルちゃんの声を聞いて、飛んできたの。上には、アラクネちゃんやそのお兄さんも居るわよ?まあ、とりあえず間に合って良かったわ」
そう言って、肩を竦めるヴィエラさんは上空を見上げる。
釣られるように視線を上げると、そこにはいつぞやの巨大ロボットの姿が……。
しかも、肩にアラクネさんや田中さんを乗せている。
あのロボットって、飛行機能あったの?ていうか、結局持って行く発明品はロボットにしたんだ……。




