第11話『キマイラ』
そうですよね……徳正さんはそういう人ですもんね……分かってました……分かってましたよ?
でも、キマイラを前にそのセリフ吐きます?普通……。
徳正さんが強いのは充分分かっていますが、やっぱり不安です。
『本当に大丈夫なのか?』と不安がる私の前で、徳正さんはニコニコと機嫌良く笑う。
「たまには、コンピューターを相手にするのもありかな〜」
私を地面に降ろし、その場で準備体操を始めた徳正さんは実にやる気満々だった。
こうなったら、もう止められない。
この人は一度スイッチが入ると、何がなんでも成し遂げたいタイプの人間だから……横から、あれこれ言っても耳を貸そうとしないのだ。
『もうなるようになれ……』と自暴自棄になる私を前に、徳正さんはグッと親指を突き立てる。
「とりあえず、ラーちゃんはここから一歩も動かないでね〜。あとは俺っちがやるから〜」
「相変わらず、めちゃくちゃな作戦内容ですね」
「ハハッ!そうかも〜。でも、作戦なんてなくても俺っちとラーちゃんの連携はバッチリだから大丈夫〜!んじゃ、行って来まーす!」
そう言い終えるなり、徳正さんはヒュンッと風を切って姿を消した。
残像すら見えない異常スピードを前に、私は何度目か分からない溜め息を零す。
あれじゃあ、何かあっても味方の私にも分からないよ……。
『連携とは……』と呟き、キマイラの周囲に吹く風を眺める。
直ぐに攻撃せずわざと動き回っているということは、恐らく先に全てのトラップを発動させるつもりなんだ。
で、完全に後顧の憂いを絶ってからキマイラを倒す算段なんだと思う。
なら、一応防御を固めておいた方がいいかな?キマイラやトラップの矛先が、私に向かないとも限らないし。
アイテムボックスから結界符を取り出し、私はそれを破く。
すると、私の周囲を取り囲むように半透明の壁が出現した。
消耗系アイテムだから普段はあまり使わないようにしているんだけど、出し惜しみはしていられないからね。
燃えて灰になる結界符を一瞥し、私はキマイラに視線を戻す。
結界の持続時間は、最大一時間。受けられる攻撃の総量は、十万程度である。
罠はさておき、キマイラの攻撃力はかなり高い。
ただ、一度の攻撃で十万ダメージも与えることは出来ないだろう。
確実に一撃は耐えられる筈。
たったそれだけのことだが、徳正さんに余裕を与えるには充分だった。
徳正さん、私は大丈夫ですから戦いに専念してください。
出来るかどうか分かりませんが、サポートするので。
そんな私の意思が通じたのか、全ての罠を発動し終えた黒衣の忍びはキマイラの討伐に動き出した。
先程より明らかにスピードの上がっている徳正さんに、キマイラは困惑。
ブワァッと舞う砂埃の中で懸命に視線を動かし、彼を捉えようと必死だった。
まあ、そんなことをしたって無駄だが。
「────|《影移動》」
忍者のスキルを駆使し、影に潜った徳正さんはキマイラの影から姿を現した。
それに、尻尾の蛇はがいち早く反応し毒を噴射する。
「《キュア》」
“キュア”とは全ての状態異常を無効化する魔法のことだ。なので、HPの回復は出来ない。
徳正さんのことだから、毒を食らうなんてミスしていないだろうけど、念には念を入れておかないとね。
キマイラの使う毒液は肌をも溶かす猛毒だから。血管に入り込めば数分で死に至る。
これでもかというほど危機感を発揮する私の前で、徳正さんはクナイを構える。
愛刀じゃないのは、恐らく『そこまでの敵じゃない』と考えているからだろう。
『キマイラ相手に出し惜しみなんて、本当余裕だな』と呆れる中、キマイラがマグマと同等の温度を誇るブレスを吐く。
熱風だけでも肌が焦げる、と言われるソレを────どういう訳か、徳正さんは真正面から受け止めた。
「《ハイヒール》!」
な、何で避けなかったの!?徳正さんなら、あれくらい余裕で回避出来たよね!?
内心焦りまくりの私に、徳正さんは視線を寄越してきた。
既に完全回復している彼の顔や体に怪我はなく、痛がる素振りも見せない。
ただただ、いつものように笑っているだけ。
「────いやぁ、やっぱりコンピューター相手はつまんないねぇ〜」
「と、徳正さん!まだ戦いは……!!」
「ハハッ!安心して〜。もう勝負ついてるから〜」
「えっ……?」
困惑する私に、徳正さんはキマイラの足元を見るよう促す。
なので素直に視線を下げると、キマイラの傍に突き刺さったクナイが目に入る。
えっと……ただ地面に刺さっているだけ、だよね?
とても、攻撃しているようには見えないんだけど……って、ん?これって、まさか……!?
「────影縫い……?」
影縫いとは忍者のみが使える技で、クナイもしくは手裏剣で相手の影を刺し、身動きを取れなくするというもの。
直接ダメージを与えられるような技じゃないが、凡庸性は高かった。
「だいせいかーい!さっすが、ラーちゃん!」
ヒューヒュー!と口笛を鳴らす徳正さんは、手を叩いて笑った。
妙にテンションの高い彼の前で、私は額を押さえる。
まさか、本当に影縫いだとは思わず……。
いや、そんなのいつの間に……?あっ!もしかして、
「キマイラがブレスを放った時に……?」
「あったり〜。ほら、魔物ってさ、攻撃魔法を使ってるとき防御出来ないでしょ〜?」
「だ、だからって、あんな捨て身の攻撃……!!」
「ハハッ!大丈夫だって〜。俺っちのHPは百万オーバー。キマイラのブレスごときで、殺られる訳ないよ〜。それに」
徳正さんはそこで言葉を区切ると、鞘から引き抜いた日本刀でキマイラの首を切り落とした。
流れるような自然な動作で……当たり前みたいに……ただ淡々と……。
ゴトッと音を立てて落ちるキマイラの頭を前に、私は目を見開く。
と同時に、キマイラの体は白い粒子に変わった。
これは魔物やプレイヤーが死んだ時に現れるもので、数十秒もすれば消えてしまう。
ちなみにアイテムなどの報酬は、相手が完全に光の粒子と化してから貰える仕様になっている。
「俺っちが怪我しても、ラーちゃんが直ぐに治してくれるでしょ〜?やっぱり、俺っちとラーちゃんのコンビネーションは完璧だね〜!」
「どこが完璧なんですか!!徳正さんがキマイラのブレスをまともに食らった時は、心臓が止まるかと思いましたよ!!」
ある種の信頼だとしても喜べず、私は目を吊り上げる。
そして結界を解くと、勢いよく徳正さんに突進……いや、詰め寄った。
「もう!!本気で心配したんですから!!ああいうのは、もうやめてください!!」
「ハハッ!善処するよ〜」
「絶対ですよ!?」
「はいはい〜」
私の言うことなど聞く気がないのか、徳正さんはヘラヘラと笑うだけだった。
もっと自分のこと大事にしてくださいよ、もう……。
私の怪我や安全面に関しては凄く気を使うのに、自分のことになると途端に大雑把になるんだから。
「頼りにして下さるのは嬉しいですが、怪我しないのが一番ですので……そこは履き違えないでくださいね」
「!」
どうせ、私が何を言っても聞いて貰えないだろうけど……でも、これだけはどうしても伝えておきたかった。
『全く……』と呆れ果てる私の前で、徳正さんは僅かに目を見開いた後ふんわり微笑んだ。
「────本当、ラーちゃんには敵わないな」
それって、どういう意味……?
訳が分からず首を傾げる私に、徳正さんは笑みを深める。
「さっ!No.5のラボは、すぐそこだよ〜!行こう行こう〜!」
えっ?あ、ちょっ……!?
私の手を引いて歩き出した徳正さんに、こちらはただ翻弄される。
文句の一つでも言ってやりたいところだが、ここまで上機嫌に鼻歌を歌われると何も言えない。
『しょうがないな』と肩を竦め、私もゆっくりと歩き出した。




