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第115話『トラウマ』

 『本当に大丈夫か?』と心配になる中、ラルカさんはアイテムボックスからクマのぬいぐるみを取り出した。

と同時に、人形使いの能力を発揮し、十数体居るクマのぬいぐるみを器用に操る。

そして────躊躇いもなく、アイスゴーレムに戦いを吹っ掛けた。

見事な回し蹴りとパンチを決めるクマのぬいぐるみ達の前で、私はどこか遠い目をする。


 何度見てもシュールだな、この光景は……。


「おっ!行け行けー!そのまま右ストレートだー!」


『残念、アッパーだ』


「二人とも、元気だね〜。俺っちはもう寒すぎて凍え死にそうだよ〜」


「なら、おしくらまんじゅうでもするかい?北の方ではよくおしくらまんじゅうをして、体を暖めるのだろう?」


「おしくらまんじゅうとか懐かしいな。子供の頃は友達とよくやってた」


「さすがにこの歳でやるのはキツいかな〜、色んな意味で〜」


 体育座りして縮こまる徳正さんは、小刻みに震えながら何とか会話する。

どうやら、かなりの冷え性らしい。

『若干鼻声になっているし』と思いつつ、私は顎に手を当てる。


 これはちょっと危険かもしれないな……徳正さんだけ、先に下山させた方がいいかも。


「徳正さん、寒さに耐えられないようでしたら、先に下山してください。低体温症を引き起こして、凍死でもされたら困りますし」


「だ、大丈夫だよ〜。俺っち、寒いの平気だし〜」


「そう言う割には、随分と震えているじゃないか。無理はよくないよ☆」


「む、無理なんてしてないよ〜。この程度の寒さでダウンするほど、俺っちはヤワじゃないから〜」


「歯をカチカチ鳴らしている奴が、よく言うぜ。ここは素直にラミエルの指示に従っておけよ。ぶっ倒れでもしたら、俺達にも迷惑が掛かるからな」


「……」


 痛いところを突かれ、黙り込む徳正さんは右へ左へ視線をさまよわせる。

まるで、言い返す言葉を探すみたいに。


 これは完全に頑固モードへ入っているな。

普段なら折れてあげるんだけど……今回はさすがにね。

生死にも関わる事柄である以上、妥協は出来ない。


 以前デーリアさんに言ったセリフを思い返しつつ、私は背筋を伸ばした。


「徳正さん、下山してください。これは命令です」


「……でも、俺っちは……ここに……」


「ここに残りたいという、徳正さんの気持ちはよく分かりました。でも、こういう時こそ健康第一です。付き添いとして、レオンさんを付けるので下山したら焚き火でもして直ぐに体を暖めてくださいね」


「……でも!ラーちゃんは俺っちが守らないと……!またあの時みたいに……セトくんがラーちゃんを突き飛ばした時みたいにっ!ラーちゃんが傷ついたら……」


 徳正さんは今にも泣きそうな顔でこちらを見つめ、不安げに瞳を揺らした。

そんな彼を前に、私は『やっぱり、そういう事か』と納得する。


 セトの一件から過保護に拍車が掛かった徳正さんは、常に私のことを気に掛けていた。

出来るだけ私の傍に居ようとしたし、離れる時は必ず私を護衛出来るメンバーが居るかどうか確認していた。

今は著しく思考力が落ちているため、『自分が守らないといけない』と思い込んでいるようだけど。


 『セトの一件は徳正さんのトラウマになっているんだな』と分析しつつ、私はそっと眉尻を下げる。

どう説得しようか悩む私の前で、徳正さんは切羽詰まった表情を浮かべた。


「ラーちゃんは……ラーちゃんだけは守らないと!美月(・・)の時のように、また失ったら……!俺っちは……耐えられない……!」


 大分意識が混濁しているのか、徳正さんは訳の分からない独り言を零す。

両手で顔を覆い隠しながら。


 美月って誰だろう……?失ったって、どういう意味?その人と私に一体、どんな関係が……?

って、今はそんなことを考えている場合じゃないか。

とりあえず徳正さんを落ち着かせて、いち早く下山させないと。


「徳正さん、落ち着いてください。私を守ろうとしてくださっているのは嬉しいですが、この場にはシムナさんやラルカさんも居ます。猛者揃いのメンバーが居るので、心配はいりません」


「……でも……ラーちゃんは……」


「徳正さんっ!」


()が守らないと……ラーちゃんがまた……。いや、違う……美月が……」


「ちょ、徳正さんっ!落ち着いてください!」


 彼の両肩を掴み軽く揺さぶるものの、特に効果はなし。

完全に自分の世界へ入ってしまったようだ。

これでは、説得など不可能。


 はぁ……出来れば手荒な真似はしたくなかったんだけど、仕方ない。


 私はアイテムボックスからあるものを取り出すと、徳正さんの前に跪いた。


「徳正さん、今は少し眠っていてください」


 聞こえていないと分かりつつも念のため声を掛け、私は毒針(・・)を徳正さんの体に刺す。

すると、さっきまでブツブツと何か呟いていた徳正さんは静かになり、雪の上へ倒れた。


 今回使用した毒針は、神経毒の麻酔効果ありバージョン。

今は最新バージョンの麻酔効果なしを使うことが多いけど、何か役に立つかもしれないと思い、ずっと取っておいたのた。

まさか、こんな場面で使うことになるとは思わなかったが……。


「《キュア》」


 神経毒の麻痺状態を回復させるため、私は状態異常無効の魔法を掛けた。

目覚めた時、動けないという状況を避けるため。

『寝て覚めたら、心も落ち着いているでしょう』と考えながら、私は徳正さんの頬に手を添えた。

と同時に、後ろを振り返る。


「レオンさん、徳正さんのこと頼めますか?」


「ああ、もちろん」


 『任せてくれ』と意気込み、レオンさんは徳正さんを慎重に持ち上げた。

かと思えば、のっそのっそとした動きで来た道を引き返す。

その後ろ姿を見送り、私はおもむろに両手を組んだ。


 徳正さん、今はどうか休んでください。

貴方には、休息が必要です。

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