第10話『罠の森』
この森はNo.5さんの私有地……つまり、この罠を設置したのはNo.5さん本人となる。
恐らく、不法侵入者を追い払うための罠なんだろうけど……これって、
「殺す気満々ですよね!?」
「まあ、一応No.5も『虐殺の紅月』の一員だからね〜」
確かにそうだけど……普通こんな罠張る!?
危険すぎて、何も言えな……あっ、もしかして────徳正さんがこの森に入るのを渋ったのは、罠のことを知っていたから?
それなら、納得だけど……これから、一体どうすれば?
『グリュプスの笛』はもう使えないし、魔法使いでもない私達じゃ空を飛べないし……。
「はぁ……とりあえず入っちゃったのは仕方ないし、進むしかなさそうだね〜」
諦めたように溜め息を零す徳正さんは、罠の森を進むことに決めたようだ。
やれやれと肩を竦める彼の前で、私はコテリと首を傾げる。
「あの、引き返すことって出来ないんですか?」
「ん?あ〜……それは後ろを見てみれば分かるよ〜」
後ろ……?どういうことだろう?
訳も分からず、徳正さんの肩越しに後ろを振り返るが……特に変わった様子はない。
引き返す分には、問題ないように見える。
『何をそんなに警戒しているんだ?』と疑問に思う中、一瞬だけ何かがキラッと光ったような気がした。
ん?なんだろう?今の……。
普段なら『気の所為だろう』と無視しそうだが、何故だか物凄く気になる。
直感にも似た違和感に誘われるまま、私は目を凝らした。
「!?……これって!!」
「あっ、見えた〜?それは────蜘蛛糸だよ」
太陽に反射して光る紐状のものを一瞥し、徳正さんは歩き出す。
私をお姫様抱っこした状態で……。
「その蜘蛛糸は蜘蛛の神討伐クエストで獲得出来る蜘蛛糸の劣化バージョンで、No.5が発明したものの一つだよ〜。現実世界で言うワイヤーに近いかな〜?切れ味抜群で強度も高いから、気をつけてね〜。ま、本家の蜘蛛糸の方が何倍もやばいけど〜」
「じゃ、じゃあ、下手したらあの蜘蛛糸に体を切り刻まれるってことですか!?」
「そゆこと〜。だから、気をつけて〜」
「き、斬ることって出来ないんですか!?」
「ん〜?No.5が発明した劣化バージョンの蜘蛛糸は斬ることが出来るけど〜……どう頑張っても刃毀れしちゃうから出来れば、やりたくないかな〜」
なっ……!?刃毀れ!?徳正さんの剣が!?
徳正さんの所有する日本刀は、ゲーム内に一本しか存在しない妖刀マサムネ。
あらゆる物を切り裂き、相手の血を啜る伝説の刀だ。
そんな名刀ですら、手を焼くなんて……信じられない。
それに徳正さんは『劣化バージョンの蜘蛛糸は』と言った。
言葉の裏を返せば、本家の方の蜘蛛糸は徳正さんでも斬れないってこと。
『No.5さんって、一体何者なの……?』と首を傾げつつ、私はチラッと後ろを振り返る。
「あの……ちなみになんですけど、その蜘蛛の神討伐クエストって……」
「ん?あ〜……そのクエストはもう受けられないよ〜。隠れクエストで誰かがクリアしたら、もう二度と現れないやつだから〜」
「そうなんですか……良かった」
そのチート武器を他の人も持っていたら、一大事だもん。
使い手の力量にもよるけど、私達の脅威になるかもしれない。
「ま、とりあえず、ラーちゃんは俺っちに抱っこされててね〜」
「えっ?でも……!」
「『でも』じゃなーい!この森って、普通に歩いているだけでもトラップ発動するから、正直ラーちゃんには何もして欲しくないんだよ〜。それに俺っちなら────」
そこで言葉を切ると、徳正さんは音速を超える反応速度で飛んできた斧を躱した。
「────トラップが発動しても、余裕で対処出来るから〜」
木の幹に突き刺さる斧を一瞥し、徳正さんはヘラリと笑う。
が、私はそれどころじゃなかった。
お、斧なんて一体どこから……!?全然気づかなかった!
気配探知に引っ掛からない無機物だからか、私は全く反応出来なかった。
『徳正さんに庇ってもらってなかったら死んでいたかも』と考え、冷や汗を流す。
ここは大人しく、徳正さんの指示に従っておいた方が良さそう。
私よりこの森に詳しいだろうし、危機回避能力も備わっている筈だから。
ここで『自分で歩きます!』と意地を張るのは、間違っていた。
「分かりました。あとのことは、徳正さんに任せます」
「ハハッ!さすが、ラーちゃん!話が早くて助かる〜」
真後ろから物凄いスピードで転がってくる大玉を軽い跳躍で躱し、徳正さんは再び歩き出す。
全く緊張感を感じさせない彼の態度に、私は少しだけホッとした。
徳正さんが居れば、きっと大丈夫。
仮にダメージを受けたとしても、即死でなければ私の方で充分対処出来る。
罠の数や種類を把握出来ていないのが痛いけど、それも何とかなるだろう。
────そう悠長に構えていたのが、いけなかったのかもしれない。
「な、なっ……!?何で……!?」
「ありゃりゃ〜。これはなかなか凄いね〜」
『あと数メートルで森を抜ける!』というところで、“それ”は突然現れた。
罠なんか比べ物にならないほど強大な敵を前に、私は顔色を変える。
「何で────ダンジョンの魔物がここに……!?」
ライオンの頭に山羊の胴体、それから毒蛇の尻尾を持つ魔物────キマイラ。
キマイラはウエストダンジョンの第二十九階層に現れる、中層魔物だった。
炎を吹き、毒を撒き、鋭い牙で相手を翻弄する奴は本来大規模パーティーを組んで倒す相手。
たった二人で倒せるほど、弱い魔物じゃない。
「いやぁ、No.5やってくれたねぇ……。まさか魔物を番犬代わりに使うなんて……No.3が協力したのかな〜?」
「そんなこと言っている場合ですか!?早く逃げないと!!」
「逃げるって言っても、ここらへん罠だらけだよ〜?」
「じゃあ、どうしろって言うんですか!?まさか、倒すなんて言いま、せん……よね?」
セレンディバイトの瞳を妖しく細める徳正さんに、私は頬を引き攣らせる。
い、嫌な予感がする……だって、好戦的な徳正さんなら、絶対に────
「────倒すに決まってるでしょ〜」
当然のようにそう宣言した徳正さんに、私は頭を抱えた。




