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第四話 才能


 中学一年の夏。5年に一度の猛暑日と言われたこの年に珍しく父親と母親に長い休みが与えられた。ちょうど夏休みだった俺は久々の一家団欒を満喫していた。

 ある日、春乃の一家である善道寺家と共にデパートに出かけた。家族ぐるみの付き合いである為こういうことは珍しくなかった。


 俺と両親、春乃とその両親。そして春乃の弟である元輝(もとき)の7人でショッピングを満喫していた。特売日だったその日は少し気を抜けば迷子になりそうなほど人で混雑していた。


 その時、悲劇は起きた。


【西久留米デパート大襲撃事件】


 平成史に残る大量殺人事件だ。大量生産、大量消費社会を批判する過激派団体【正義の執行人】はデパートを襲撃し破壊のかぎりを尽くした。

 47名の死者をだしたこの事件は到着した機動部隊による6名の人間の確保、および蟷螂(かまきり)に似た巨大生物の射殺という形で幕を閉じた。


 この際夏乃の母親は殺害された。かまきりの怪物に襲われた俺を助けて。俺の目の前で真っ二つになったおばさんはドラマのように感動的な遺言もないまま、呆気なく絶命した。ただ、呆然としながら小便を漏らす俺は、俺の父親に手を引かれ、命からがらそこから逃げ出した。

 善道寺家の悲劇は終わらなかった。当時小学四年生だった元輝が行方不明になったのである。二ヶ月後、元輝の捜索が打ち切られた時、春乃やおじさんは悲しみに暮れた。


 元輝は快活で気の利く頭の良い少年だった。彼は新人類と言われる人種で、ロボット工学の世界の未来を担う少年だった。元輝が小学二年生の時開発した自立二足歩行ロボットはロボット工学に革命をもたらしたらしい。

 もしかしたら元輝は正義の執行人に連れ去られたのでは。どこかで生きているのでは。春乃とおじさんはそう考えている。いや、そう考えなければ2人の心が持たないのだろう。


 どちらにせよ【正義の執行人】は俺の命の恩人である春乃の母親の仇である。春乃が血相を変えて文芸部——【完全懲惡】への入部を希望するのも無理はない。


「大刀洗先輩。なんで春乃を映画研究部に?」


 入部届を書きながらおれは大刀洗先輩に問う。


「私のことは部長と呼べ」


 部長は前置きのようにそう言った後話を続けた。


「この学校には【完全懲惡】をはじめ、様々な組織が潜んでいる。我々と同盟関係にある組織もあれば、おそらく敵対組織もな」

「なんでこんな学校に集まるんですか? もっと別の集まり方があったでしょうに」

「国家転覆を企てる輩、あるいはその組織に対立する者たちは基本的に新人類が中心だ。新人類の年齢は20歳以下。未成年が最も目立たない場所がどこか考えると……?」

「学校ってことですか」

「その通り。この学校は寮も完備されており、全国どこからでも受験できる。隠蓑としてはうってつけなのさ」


 俺は気になることを尋ねた。


「部長は新人類なんですか?」


 旧人類と新人類の間に明確な線引きはない。しかし、非凡や天才などという表現では表し切れないほどの才能を持つ彼らは否応にもなくその才能を自覚せねばならなかった。

 俺も一人の新人類を知っている。小学校の時、3個下に新人類がいた。なんの変哲もない小生意気そうな顔をした彼の才能は芸術。粘土で作られた完璧な阿修羅像を見たとき、俺は嫉妬とも憧れとも驚きともつかない感情を抱いたものだ。


「ああ。私も新人類だ」


 あっけらかんと部長は言い放った。1000人に1人しかいないと言われる天才が目の前にいる。俺はゴクリと唾を飲み込む。


「ちなみにどのような才能を?」


 新人類とて完璧ではない。あくまで一つの才能に特出しているのが新人類の特徴である。例えば、彫刻、球技、楽器、数学……。あまりに局所的すぎる為潜在的な新人類も多くいるらしい。


「私の才能は【観察】だ」

「かんさつ?」

「ああ。細やかな人間の動作からその人間を事細かに分析することができるのが私の役目だ」

「はあ……」


要領を得ない言葉に俺は曖昧な返事を返す。


「例えば幸太。君は右利きだな」

「……ええ」


入部届を書き終えた俺は右手にペンを握っている。小学生でもわかる話ではないのか。そんなことを思う。


「だが、それは強制されたものだ。元々は左利きだろう」

「なっ……!」

「図星だったようだな。まぁ、ざっとこんな感じだ。付き合いが長くなればもっと多くのことを読み取れる。一を聞いたら十を知り、百を予想できるのが私の能力だ」

「さすが、新人類だな……」

「それからひとつ質問なんだが」


部長は不思議そうに首をひねる。


「左目が義眼だな。なぜだ?」


初対面でこのことに気がついたのは部長が初めてだった。


「昔体育の授業中に怪我をして」

「話したくないならそれで構わない。私とて初対面の後輩の心に土足で踏み込もうと言うつもりはない」


案の定というべきか。嘘をついているのがバレているようだ。


「代わりに私から話したいことがある。君をスカウトした理由だ」

「それは俺も聞きたいと思っていました」

「気付いてないかもしれないが君は新人類だ。だからスカウトした」

「俺はなんの取り柄もない男ですよ。少しゲームが得意なだけです」

「『ダンジョンマスターⅣ』。1000万人を超えるユーザー数を誇るこのゲームでランキング第2位の君が、ただの人間とはね。だったら私は気配り上手の女の子だ」

「……どこでそれを?」

「我々の同盟組織【電子の番人】からのリークだ。奴らの手にかかれば個人情報などないも同然だよ」


部長は肩を竦めた。


「まあ、つまるところだ。私が君をスカウトした理由は知恵を借りたいのだよ。君の才能、簡単に言えば【戦術学】の才能はあまりに大きい」


確かに俺の得意なゲームは軍事シュミレーションゲームだ。部長は俺に完全懲惡の参謀としての椅子を用意したいらしい。


「『敵を知り己をしれば百戦危うべからず』私はできる限りの敵味方の分析をしよう。幸太、君は最も効率的で効果的な戦い方を考えるんだ」


俺は素直に頷いた。

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