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第二話 入学式

 今度一緒に駅前のカフェに行ってケーキを奢る。そう言うと春乃は簡単に機嫌を直した。全く、小学生の時からずっと甘いものに目がないらしい。


「そういえば、幸太は部活動なににするの?」

「部活かぁ……中学の時も入ってなかったし、別にいいかな」

「アンタね……事前資料なにも読んでないでしょ」

「え?」

「宮ノ陣学園は全校生徒部活に強制入部よ!」

「傲慢だ! 個性の弾圧だ! グローバル化と相反する制度! 権力の巨人化を許すな!」

「私に言わないでよ!」


 ちなみに春乃は中学時代はテニス部に所属していた。市内大会か何かで優勝し、表彰されてたような気がするが。


「まあ、幸太が知らないのも無理はないけど私立宮ノ陣学園のテニス部は全国常連の強豪校なのよ」

「ああ、それじゃ市内大会優勝程度じゃついていけないか」

「程度ってなによ! 大体、私が優勝したのは地区大会だから!」


 春乃に高校の話を聞きながら歩いて15分。私立宮ノ陣学園につく。


「でけぇな……」

「入試の時きたでしょ……まあ、おおきいけど」


 全校生徒1500人を誇るマンモス校、私立宮ノ陣学園は敷地面積の広さで全国的にも有名だ。春乃の話によると運動場は5つあるらしい。そんなにいるか?


「私も校内のことはよくわかんないけど、新入生はあっちに行ってるみたい。多分クラス分けが発表されてると思う」


 春乃の指差した方向を見ると大勢の人影が掲示板らしきところの前に集まっていた。


「そうみたいだな。春乃、同じクラスになれると良いな」

「えっ……」


春乃の顔がパッと明るくなる。


「そしたら連絡事項とが全部教えてもらえるし」

「あっそ」


 春乃は証明写真のように真顔になる。忙しいやつだな。

 

 「じゃあ、俺がささっと行って見てくるから。春乃はここで待ってて」

「あ……うん」


 俺は春乃を校門の脇に待たせると、他の新入生に紛れて掲示板の方に向かった。


 ふと校舎の方を見る。そびえ立つ校舎の三階の窓から女性がこちらの方を見ていた。真っ黒な長い髪に、これまた真っ黒な瞳。春乃以上に美人だが、鋭い眼差しといい、日本人離れした顔立ちといい、どこか怖そうな印象を受ける。


 俺を……見ている?


 そう考えた瞬間、女性は踵を返し、窓の奥へと消えていった。


●◯


「まさか本当に同じクラスになるとはな」

「ほ、本当ね」


 俺達の新しいクラス、1年8組に向かっていた。さっきから春乃はなにをニヤニヤしているのだろう。100円玉でも拾ったのだろうか。


「今日は入学式だけで終わりなんだよな?」

「一応ね。学校主体としてはそれだけよ」


 やけに含みのある言い方をする。


「今日から一週間は部活動見学期間なの。もちろん明日もあるけど、今日は早くに学校が終わるから大体の目星を今日決めるのが通例らしいわ」

「あー、そう言えば部活動は強制入部だったか。めんどくさいな……」

「ねえ幸太。放課後一緒にいろいろ見学しましょうよ」

「ああ、オッケー」


 ニヤニヤしまくる春乃を横目に俺は教室に入った。


●◯


 入学式は無事終わり、放課後。コミュ力の高い春乃の元には放課後の部活動見学を一緒に回ろうとする女子が集まったが、春乃はそれを断り俺の席に来た。


「別にあの子達と回れば良かったんじゃないか?最初の友達は大切にするもんだぜ?」

「アンタこそ友達つくる努力しなさいよ。何なのあの自己紹介。保険証の方がまだ情報あるわよ」

「俺の交友関係は狭く深くがモットーだ」

「狭すぎんのよ!井戸か!!」


 子供の将来を気にかける母親のような春乃の声を受け流す。

 下駄箱を出ると大量の人間が(ひしめ)いていた。


「野球部はこちらでーす!」

「軽音楽部に興味はありませんかー!」

「初心者歓迎!ハンドボール部でーす!!」

「これからの時代必要なのはパソコン! パソコン部へようこそー!!」

「民俗学研究部でーす!」

「カバディ部は第三体育館で活動中でーす」


 1500人が一同に集結したのか。そう思わせるほどの人口密度に思わず目を回しそうになる。


「春乃、一旦移動しよう」

「う、うん」


 人混みをかき分け、人のいない方に進む。何とかたどり着いたのは体育館裏だった。


「すごい人だったな」

「………うん」


 春乃の額に汗がひかる。大きく肩で息をする春乃はコンクリートブロックに腰かけた。


「……大丈夫か」


 俺が春乃の背中に手を置くとまるで俺に礼を言うかのように何度も深く頷いた。

 春乃は重度の人混み恐怖症だ。特に先ほどのような混沌とした人混みには過呼吸になってしまうほどの反応を示す。


 5分ほどののち、春乃はいつもの調子に戻った。


「ごめんね、こーくん。もう大丈夫だから行こう!」

「いやー、多分まだ混んでるからやめとこう」

「えー、大丈夫だよ、元気元気」

「俺があんな人混み嫌なんだよ。歩き回るのも面倒だしさ」

「もー。ほんっとにめんどくさがりなんだから」


 春乃が俺のことをこーくんと呼んでいたのは中学1年までだ。すなわち春乃は現在精神的に余裕がない。もう少し時間を取るべきだろう。


「そういえばうちの担任の……名前なんて言ったけ」

「もう忘れたの?荒木先生ね」

「あ、そうそう。あの先生さーー」


 春乃と他愛もない会話を続ける。青空にひとりぼっちでぽっかりと浮かんだ雲を眺める。穏やかな春風が春乃の髪を揺らした。

 20分ほど時間が経過し、春乃の細やかな態度も正常に戻ってきた頃、足音が聞こえてきた。


「こんなところにいたのか、少年。探したぞ」


 現れたのは先ほど3階から俺を見下ろしていた黒髪の女性。さっきとは異なり、黒い軍帽と、これまた真っ黒なマントを羽織っていた。

 奇人の登場に凍りつく俺たちに対し、黒髪の女性は笑みを浮かべた。


「少年、君には我が文芸部に入部してもらう」

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