別れ
毎回似た様な作品ですいません。
ツゥルルルル…携帯のコールを10回鳴らしても優介は出ない。
10時23分。仕事ならもうとっくに終わっている時間だ。
涼子が彼の異変に気がついたのは、ここ最近の事。平日の夜はだいたい携帯に出ないし、土日もどちらか決まって用事があるといって会えない。
2人で会っている時も何処か上の空で話しかけても聞いていない事がある。疲れた表情をし、何処か冴えない。
しかも、友達の明美が、女と歩いている優介を見たと電話をくれたのは昨日の事。
涼子は、もうダメかもしれないと心の何処かで思っていたが、わざと半目を閉じた状態でいたのは、もしかしたら私の勘違いだと思いたかったからだった。
次に電話した時は明るい声で電話に出て、”愛してる ”と言ってくれるかもしれないと心の何処かで期待していた。
しかし、電話を掛けても優介は出ない。
そんな毎日が続いても涼子が決して諦めなかったのは、2人の甘い時間が、これまでの5年間が嘘ではなかったと必死に自分に言い聞かせていたからだ。
恋は、いつか終わる。
涼子には痛い程判っていたのに、自分から終わらす事が出来ないでいた。
そんな時、珍しく優介の方から連絡が来た。
「涼子、話があるんだ。」
その言葉に涼子はゴクリと唾を飲み込んだ。
ついに来てしまった。別れを告げられる日が…
「……話って?」
震えた声で優介に問いかける。別れ話を聞くためにノコノコ出て行くのは惨めだ。
聞きたくないが、この際仕方ない。遅かれ早かれ、この言葉を聞くのなら、今言って欲しい。
「……………」
沈黙の少し後、最初に口を開いたのは優介だった。
「どうしても会って話したいんだ。けじめだから…」
けじめ…そうか…本当に別れ話するんだ…涼子は心の何処かでもしかしたら全く違う話を持ち出すのではないかと思っていた。
優介の飼っているラブラドールが病気だとか仕事のトラブルが、とか…そんな話を何事もなかった様に言ってくれる様な気がしたが、微かな期待はすぐに打ち砕かれた。
「…わかった。何処へ行けばいい?」
何も知らないと言う様な声で優しく言った。ここで声を荒げて問い詰めるのは簡単な事かもしれない。
明美が見た女は誰なのか?仕事、仕事って言ってるけれど本当は何をしているのか?聞けばいい。本当に簡単な事かもしれない。
けれど涼子がそれをしなかったのは、いや、出来なかったのは、これ以上惨めになるのが怖かったからだ。
「い、いつもの…涼子の家の近くのカフェでどう?」
緊張しているのか何なのか知らないけれど優介の声は震えていた。
「じゃあ、あとで…」
それだけ言って電話を切った。
待ち合わせの時間は3時だったが涼子は少し遅れて行った。涼子が先に行って優介を待っている光景を思い浮かべると、そんな状況は悲し過ぎる。
ドアを開けると、にこやかに笑いかけ、”何名様ですか? ”と言うウエイトレスが涼子には馬鹿にされている様に感じる。無表情のまま言う。
「待ち合わせで…」
優介を探した。
目が合って優介は立ち上がった。
「ごめんね。送れちゃって。」
涼子が何も知らないふりをして言うと優介は照れた様なバツが悪そうな顔をして頭をかいた。
「俺も今来た所だから…。」
ふと灰皿を見る。3本吸ったのが判る。”今来た所だから… ”なんて判りやすい嘘…優介の行動は変わってない。ただ一つ、思いつめた様な顔を除いては…
初めてデートした時もそうだった。服装選びに時間がかかってしまい、尚且つ電車が人身事故で止まってしまって30分も遅刻したのだ。
それでも優介は文句一つ言わず、”僕も今来た所だから ”と言ったのだ。
その時も灰皿には沢山の吸殻が入っていた。
そんな事を思い出していると、優介は水を飲み干して、”座んないの? ”と言った。
涼子は ”あぁそうか ”と思い出したように席に座った。
「………………」
少しの沈黙の後、優介はコーヒーを飲もうとして、指を滑らせコーヒーカップをひっくり返していた。
「あっつ!!ごめん。」
テーブルのおしぼりで慌ててコーヒーを拭く。
動揺している証拠だ。
もういいよ…涼子は言うかどうか迷っていた。1度冷めてしまった愛は食べ物の様に簡単に温める事なんか出来ないもんね…頭の中でそんな風に思いながら、必死にコーヒーの零れたテーブルを拭く優介を見ていた。
「ごめん。ごめん。呼び出して置いて初っ端からコーヒー零すなんて…」
そう言って、涼子をチラリと見た。
涼子は冷静を装い微笑む。
「…話が合って…どうしても直接会って言いたかったんだ。きちんとしたかったし…涼子何か頼む?俺、コーヒー零しちゃったし、何か飲み物頼みたいし…」
慌ててメニューを涼子に差し出す。
涼子は何か飲みたいとは思っていなかったが、流石に水だけと言うのも寂しいので紅茶を注文した。
「ミルクとレモンどちらがよろしいですか?」
またもや笑顔のウエイトレスに涼子は ”ストレートでいいです” と意地悪な口調になってしまったかもしれない。と思ったが人の気持ちを考える余裕はない。
優介はまるで涼子に喋る隙を与えない様に次から次へと言葉を発した。
「あっお腹すいてない?サンドイッチあるよ。スパゲティーもカレーなんかもある。あっそれともデザート?チョコレートパフェなんか?」
涼子は何故だか悲しくなり、優介の言葉を止めた。
「話って何?早く…聞きたい」
本当は全く聞きたくないが、いずれ聞く別れ話であれは早く終わらせたい。
「あぁ…そうだね…そうだよね…話はね…実は、俺と涼子の事。」
優介は身を乗り出し何かを言おうとした瞬間、ウエイトレスの邪魔が入った。
「おまたせいたしました。コーヒーの方」
優介は小さく手を上げた。涼子の目の前にも紅茶が置かれた。
2人は無言のまま。
優介は目の前に置かれた飲み物に砂糖とミルクを入れた。
スプーンでかき回した後、一口飲み、話を始めた。
「ずっと、きちんとしなきゃっなって思ってた。俺達もう…」
言いかけた最中、涼子は勢い良く立ち上がった。
やっぱり聞きたくなかった。優介の口から、 ”終わりにしよう ”なんて言われるくらいなら私からさよならしよう。そう思った。
「………………」
何か言おうとしたのだが、口を開いたっきり、喉の奥からどうしても言葉が出てこない。言葉よりも先に涙の方が迫り上げて来た。
優介に涙を見られたくない。そう思い、顔を背け、バックをとり、思わず店の外に飛び出した。
「涼子?ちょっと待って。」
優介の声が聞こえたが、涼子は止まると来なく走った。
もう終わり。やっぱり無理だよ…。別れを決告げれば必ず誰かが傷付いてる。笑顔で別れたいなんて、奇麗事だ。そう思った。
涙で外の景色がぼやけていて良く見えない。それでも止まる事が出来なかった。
「涼子!待って。」
後から聞こえて来る声を振り払う様に走り続けた。
必死に追いかける優介。逃げる涼子…その時、突然聞こえてきた ”危ない!! ”と言う叫び声。
光とともにトラックが見えた。
2人は大きな光に吸い込まれて行く様に立ち止まったまま動けなかった。
その後聞こえたのは回りの雑音と老人の叫び声だった。
「人が撥ねられたぞー!!救急車を呼べ。」
青い小さな箱が道路に転がった。
地面に落ちているその箱は優介が涼子の為に買ったものだ。
「…優介…」
涼子は目の前にある指輪のケースを目に何が起きたのか判らなかった。
「涼子…君に結婚を申し込もうとして…仕事以外に夜、働いてたんだよ…ほら…ティアラメラの指輪欲しいって言ってたろ…だから…」
涼子は自分が大きな勘違いをしていた事に気が付いた。
「だって…」
混乱していて、この状況も理解出来ず上手く喋れない。
流れ出す血液は今までに見た事もない量で寒気がした。
「優介…ごめんね…アタシがバカだったんだね…こんな事になっちゃって…本当ごめんね…」
優介は何も言わずに涙を浮かべている。唇を噛み締め震えていた。
「怖かったの…不安で…もう愛されてないと思ったから…他の女といるの明美が見たって言うし…別れ話されるんだと思ったから…」
優介を見つめる。目をそらしたら何もかも終わってしまうような気がした。
「姉貴だよ…涼子にプレゼントする指輪選んでもらったんだ。」
「もう…いいよ…」
涼子は言った。
「ごめんな…心配かけて…」
優介は蚊の鳴く様な声で言った。
「好きよ。ずっと…」
涼子の声に優介は優しく微笑みかけ、小さく頷いた。
「あのね…優介…」
涼子が言いかけた。
「もう…いいから…もう喋るなよ。おい?涼子?おい。しっかりしろ。救急車もうすぐ来るから頑張れ!頼む目を閉じるな。」
叫ぶ優介の声が聞こえたが重く下がって来る瞼を持ち上げる力がもうない。
優介…アタシの早とちりだった。バカだねアタシ…全て壊れちゃったね。
声に出せない。悔しくて涙が流れた。
「涼子!!涼子ー!!」
優介の声は聞こえたが反応出来ない。
「………………」
口を微かに動かして力尽きた。
抱きかかえられて揺さぶり続ける優介に涼子は心の中でつぶやいた。
”こんな結末になるんだったら、きちんと自分から優介に聞けばよかったのかな…死ぬんだったら…もっと素直に気持ちぶつけるべきだった。”
「………………………」
抱きかかえた涼子の体を地面に置き、優介も心の中でつぶやいた。
”結末はどうあれ涼子と別れる事が出来た。これから美奈子にプロポーズしようと思ってたけど…今日は無理そうだな…。危ない。美奈子のこと知られてたとは…でもまぁいいか。俺、演技派だなぁ…咄嗟に思いつくなんて…でも涼子を傷つけない最後の優しさだよ。”
優介はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
どんでん返しの裏返し、彼女の悪い勘は当たっていました。