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私の王子さま

作者: 景木雛

「ふう、雨上がりっていいわね。すこしジメジメするけど涼しいし、苔も喜んでる」

 私はユイ。この辺境の街で薬を売って生計をたてているが儲けは少ない。おかげで新しい服を買うお金もなく、万年ぼろのローブ姿。薬を売ることも相まって、私は街の人々から魔女と呼ばれている。

 ここで一つ、みんなに問いたい。

 シンキングターイム。魔女と言われて何を思い浮かべる? 

 はい、そこのあなた大正解。ユイちゃん人形をひとつ贈呈。答えはそう、老婆。


 魔女と言われば、おそらくほとんどの人が、怪しい窯をかき混ぜる老婆を思い浮かべると思う。

 この街の人間の中にもその固定観念は根付いていて、この街の人間たちはみんな、私のことを魔法かなんかで若作りした老婆だと思っている。マダムたちに囲まれて、肌がどうのこうの、皺がどうのこうの聞かれるのはとてもしんどい。なぜなら私はぴちぴちの18歳だからである。まだ肌とか皺とか気にする年齢じゃありませーん。なめんな。


 しかし、私がそれを言ってもマダムたちは、あらあらー、だの、お若いわねー、なんてにやけた顔で言って、まったく信じようとしない。馬鹿にしやがって。

 そのおかげで男どもは私にまったくよりつかない。辺りにはこんなに雨が降っているのに、私だけは男日照り。笑えねえ。

「まあ、別に街の男たちなんてロクなやつがいないしぃ、別に悔しくないっていうかぁ。むしろ、清々したって感じぃ?」

 嘘である。街の男どもにロクなやつがいないのは本当のことなのだが、それでも私は恋愛がしたい。このままでは本当に老婆になるまで恋愛ができないかもしれない。


「あーあ、どこかにいい男、転がってないかなあー」

 私の子どものころからの夢。それはそこらへんに転がっているいい男、例えば白馬に乗った王子さまのような男を捕まえて手のひらで転がすことだ。 


 ドンドンッ。

「ひいっ」

 益体もない妄想をしていると、突然、家のドアがノックされた。

「はいはい、今出ますよー」

 誰だろう、なんて考えながらドアを開くとそこには金髪碧眼、私の王子さまが立っていた。

「さっき夢で逢いましたよね」

 思わず訳の分からないことを口走ってしまった。正確にはさっきの妄想で逢いましたよね。


 私の王子さまは驚いた顔をしてこう言った。初対面の人間にそんなこと言われたらそりゃ驚くだろう。私なら即逃げる。

「さすが魔女様、私の行動などお見通しなのですね」

 イケメン過ぎんだろー。なにその返し。大丈夫かな私、鼻血出てないかな。


「魔女様はご高齢とお聞きしていたのですが、ずいぶんとお若い」

 それは違う。違うの。誰も信じてくれないけど、それでも私は18歳なの。華のエイティーンなの。

「あの、みんな勘違いしてるんですけど、私18歳なんです。信じてくだひゃい」

 うわー、声が上擦ったー。なにやってんだ私。ごめんなさい、引かないで私の王子さま。


「なるほど、道理で美しい訳ですね。できればもう少し早くお会いしたかった」

 う、うつくしい……。はっ、美しいって褒められたことに気を取られて聞き流したけど、もう少し早くお会いしたかった、ってどういう意味なの? こんな美しい女性を今まで知らなかったなんて、ってこと? それとももう少し若ければ、ってこと? もしかして王子さまロリコンなの? 私18だよ?


「私の王子さまはどうし……」

 ああー、やっちまったー。あなたはどうして私を訪ねてきたんですか、そう聞くつもりだったのにぃぃぃ。心の中で私の王子さまなんて呼んでたから、ついつい口をついて出ちゃった。

 さすがにドン引きよね。初対面の相手にいきなり、俺のお姫さま、なんて言われたら私ならドン引くもの。300mくらい全力で後ずさるもの。あっ、でも彼に言われるなら案外悪くないかも。


「なるほど、そこまでご存じとは恐れ入ります。さすが魔女様。さっそく参りましょう」

 えっ、どういうこと? あなたって本当に私の王子さまなの?

 一切事態を呑み込めず、言われるがままについていく私。


 しばらくすると街の酒場にたどり着いた。

 王子さまはまわりをキョロキョロと見渡すと一人の少女を見つけ、話しかけた。


「アルルメイヤ、魔女様との共闘の約定が成りました。出立の準備をしてください」

 私の頭の中に膨大な量のクエスチョンマークが乱舞する。

 このがきんちょって誰? なんでこんな子ども連れてるの? 王子さまってまさか本当にロリコンだったの? 共闘って何? なんで一足も二足もすっ飛ばして話が進んでいくの? お願い誰か助けて……。


「何なのコイツ。魔女って女じゃない」

 なに言ってんだコイツ。魔女は女だろう。女じゃない魔女を見てみたい。……いや、魔女は老婆っていう偏見に悩まされてきた私が、頭ごなしに否定するのもおかしいか。世の中には老婆でない魔女がいるように、女じゃない魔女も存在するのかもしれない。


「アルルメイヤ、魔女様への失礼は許されません。契約は成されたのです。魔女様に魔王討伐にご助力いただく代わりに、我々は魔女様の所有物となる。魔王を討つにはこれが最善なのです」

「あたしは認めないわ。どうせシャルルに色目を使っているだけよ」

 なにを言い出すんだ。色目なんてまだ使ってない。これから使用する予定ならあるが

 あとこの王子さまの名前はシャルルね。いい名前ね、覚えたわ。


「しかし、魔王の結界を同時に抜けられるのは3人が限界、前衛である私と援護として強力な回復魔法、強化魔法、結界魔法が使える君、そして、後衛として優れた魔法使いである魔女様。この3人で攻めるのが確実だと城の戦術師たちも予言者たちもそう言っていたでしょう」


「あたしとあなた、二人だけでも十分だわ。こんなくたびれた魔女なんて足手まとい。それを今から証明してあげるわっ」

 いきなり声を荒げて少女は私に襲い掛かってきた。

「ひいっ」

 私は思わず頭を抱えてしゃがみ込む。頭の上を少女の振るった魔杖が通り過ぎた。

「きゃっ」

 そして攻撃を空ぶった少女は私の長いローブを踏みつけてそのままの勢いで頭から転んだ。

「いたーい」

 目に涙を浮かべる少女。ざまあみろ。

「そこまでです、アルルメイヤ。二人が束になって戦っても魔女様には勝てません」

「なんで、なんでそんなこと言うの?」

「魔女様は私が訪ねてくることをご存じだったそうです。それだけでなく私が王子であることも、魔女様への願いの内容もすべてお見通しだった。今の戦いだってそうです。魔女様は君の的確に無効化した」

 いや、何も知らなかったんですけど。アルルメイヤちゃん(?)の攻撃をよけれたのも偶然だし、転んだのはあの子がドジだからだし。それよりも私これから魔王と戦うの? えっ、むりむり。


「わかりましたか? アルルメイヤ」

「わっかりませーん」

「まったく、聞き分けのない子だ」

 あっ、なにあれ、ずるい。なんで頭撫でられてるの。なんでそんな気持ちよさそうな顔してるの。私に色目どうこう言ってたが、本当に色目使ってんのはお前だろ。なんだその顔は、私も撫でたくなってきたじゃないか。そもそも、なんで敗者のお前が、ご褒美もらってんだよ。うらやましいぞ、このやろう。


「それでは行きましょうか」

 私の気持ちなど素知らぬ顔で王子さまは微笑んだ。イケメンってずるいなー。




 ここは私の故郷の隣の街。リースという街だ。この街はめちゃくちゃ治安が悪い。街の近くに人さらいのアジトがあるらしい。そのアジトは実に巧妙に隠されており、今まで何度も調査隊が出されたが、人さらいたちのしっぽすら見えなかったらしい。


 しかし、私は人さらいたちのアジトの場所を知っている。なぜなら今、私は人さらいたちのアジトにいるからだ。

「さらってきたけど、コイツは売れねえな。俺の経験上、絶対買い手はつかない」

 売れるよ。私絶対売れるよ。私すっごく熟れてるよ。だから売れるよ。諦めんなよ。


「せめて、身代金でも要求するかな。いただろコイツと一緒に、金貨袋持ったやつ」

 油断した。広い部屋で落ち着かなくてちょっと部屋の外に出たら攫われた。あの宿セキュリティーどうなってんだ。人さらいと事業提携してるんじゃないかってくらいガバガバだったぞ。なんで宿の地下にアジトがあるんだよ。


「そうですね……、ぐはぁ!」

「魔女様、お迎えに上がりました。私たちをお試しになるのも結構ですが、できればこのようなお戯れはこれで最後にしていただければ幸いです」

 いや、ガチで捕まってたんだけど。試したわけじゃないから。

 なんだろう。攫われたところを王子さまに助けられるという絶好のシチュエーションなのにぜんぜんうれしくない。なんだかむなしい。


「もうすぐ馬車が出ます。早く行きましょう」




 あれからもいろいろな街を巡った。

 私の故郷から街を4つ越えて、ここはメギョンという街だ。この街もそこそこ治安が悪いらしい。話の流れでとうとうここまでついてきてしまったがどうしよう。


「おい、そこのマブい姉ちゃん。俺たちとお茶しねえ?」

 ナンパきたー! まさかナンパされるなんて、故郷の街では絶対こんなこと考えられなかった。はるばるここまで来てよかったー。

「あっ、いやすまん。人違いだったわ。あれ? でもそっちの嬢ちゃんはかわいいねえ。俺たちとお茶しない?」

 おい、お前らそれはどういうことだ。呪うぞ? お前らなんか魔物にでも食われてしまえ。

「魔女様への無礼は私が許しません。あまり、しつこいようなら斬って捨てることになりますが」

 私を背中にかばって、女の臭いによってきた男たちにそう宣言する。やだ、かっこいいんだけど、誰この人? あらやだ、よくみたら私の王子さま。


「ちぇ、空気が読めねえな。これだからお前みたいなイケメンは好かねえんだ。お前ら解散」

 心の底より、本当にがっかりした顔をして、飢えた狼たちが散り散りになっていく。

「あ、ありがと。別に感謝してるわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね?」

 あざといぞ。勘違いしてるのはお前の方だ。確かにナンパされてたのはお前だが、王子さまが助けたのは私の方だぞ。魔女様って言ってただろうが。脳内お花畑か。


「あの、ありがとうございます」

 しっかり私もお礼を言う。

「礼には及びません。私は魔女様の剣です。お好きにお使いください」

 えっ、本当にいいの? そんなこと言われたら本当に好きに使っちゃうよ。ぐへ、ぐへへ。くっ、頑張れ私の自制心。それから倫理、道徳心。

「賊も去ったようですし、また絡まれてしまう前に宿へ行きましょう。案内いたします」


 これから私にどんな運命が待ち受けているのか。ついついそんなことを考えてしまう。それもこれもこの部屋が悪い。広い部屋で一人のびのびとするのはいいものだが、広すぎる部屋で独りぼっちはしんどい。私暗くてジメジメしたところが好きなのに。

 旅を始めてからずっとこれだから堪ったもんじゃない。魔女様を小さな部屋に泊まらせるなどという無礼はできないと言って毎回街一番の宿をとってくる。私にそんな価値などないのに。

 魔王と戦うと言うが私は戦力になるのだろうか。私は薬学の知識は多少あるが魔法に関しては自信がない。とても戦力になれるとは思えない。しかし、それなのに王城に住まう予言者たちは私の存在が重要なのだという。私にはその意味が理解できない。


 ダメだ。やはりひとりだとおかしなことを考えてしまう。少し外に出て……。

「誰か、人が魔物に攫われた! 助けてくれ!」

 外から響く声が私の思考を寸断した。行ってみよう。


 外に出るとすでに王子さまとその王子さまを狙う女狐も駆けつけていた。

「兄貴が、兄貴が魔物に連れてかれちまった」

 どうやら先ほどのナンパ集団のリーダーが魔物に連れ去られてしまったらしい。先ほどは冗談で呪ってやると言ったが、私は呪いなど使えない。でもああ思った手前、本当に魔物に食われてしまったら寝覚めが悪い。


「おそらく、ハウンドドッグに攫われたのでしょう。やつらは巣に餌を持ち帰る習性がありますから」

 飢えた狼たちが本当に飢えた狼に連れ去られてしまったらしい。面白いが笑ってはいられない。

「救出するとなると、こうしている時間も惜しい。今から我々は救出に向かいます。魔女様は宿でおくつろぎください」

「私も行く」

 冗談とはいえ、人を呪わば穴二つだ。責任をとらねば。


 速い、二人とも速い。前の二人がたまに襲い掛かってくる魔物たちの相手をしているため、なんとか辛うじて置いていかれずにすんではいるがもう限界だ。

 私がいくら遅れようと二人は気にしない。急いでいるというのもあるが、私が後衛職であるからだ。二人は私が後続を警戒していると思い込んでいる。ああ、待って、私の王子さま。王子さまが遠い。そして、その隣にはピタッとついて走る女狐。なんだかもやもやする。意地を張ってついてくるんじゃなかった。


「見つけました。ですが敵も多い」

「ああ、よかった。助けてくれー」

「私が来たからにはもう安心です。あとは私に任せてください」

 憎い。あのおっさんが憎い。王子さまに助けられるなんてずるい。私だって助けられたこと……、あったけどこんなんじゃなかった。なんでおっさんの癖にヒロインみたいになってるの? 憎い。呪ってやる。お前なんか魔物に食べられてしまえ。

「痛い! 足を噛まれた。もう無理だ、早く助けて」


「力づくで突っ切ります」

 さすが私の王子さま。大量の魔物を相手にしても汗一つかかず、いや、かいている。一筋だけではあるが汗をかいている。王子さまは剣を振るった。汗の一滴が虚空に飛んで消えていった。ああ、もったいない……、ってなにを考えているんだ私は。

「あんたも援護しなさいよ」

 はっ、そうだ。王子さまに見とれている場合じゃなかった。でも、魔法使うのは久しぶりだからなあ、大丈夫かな。

 わずかな逡巡を重ねていると王子さまのうしろの岩陰にハウンドドッグが一匹隠れていることに気づいた。

「危なーい、フレイム!」

 私の炎魔法が岩陰のハウンドドッグは愚かその周辺のハウンドドッグまで、しまいには王子さますら燃やし尽くす。あれ? 加減ミスった? やっちまったな。


「嘘でしょ? 初等魔法であの威力? じゃあもし上級魔法だったら? ありえない、さすが魔女ってところかしら」

 えっ、そんなに強いの? 私の魔法。実戦は初めてだから知らなかった。でも、ごめんなさい。私上級魔法術なんて使えません。初等魔法しか使えません。


「はっ、そういえば、シャルル? あなたは大丈夫なの? シャルル?」

「ええ、大丈夫です。助かりました。ありがとうございます。魔女様がご存じの通り、私は炎の精霊より加護を与えられていますので、炎属性の魔法は効きません」

 いえ、魔女様はご存じありませんでした。やっちまったと内心は冷や汗でビッチャビッチャでした。肺に水たまってそう。でもよかった、無事で。いや、本当。


「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「いえ、かまいませんよ?」

「ありがたきお言葉」

 ああ、なんだろうこの感覚。イケメンを、それも王子さまをかしずかせるこの感覚。癖になりそう。私なんて日陰で薬を作っていただけのただの女なのに。王城の予言者たちグッジョブ。

 残った魔物たちを相手に剣を振るう王子さまをしり目に私は多幸感に浸る。


「さて、これで最後です。街に帰りましょう」

 あれだけたくさんいた魔物のほとんどを王子さまが斬り伏せた。すごいぞ王子さま、強いぞ王子さま。さすが私の王子さま。




 私の故郷から街を17ほど越えて、ここはキンカという街だ。治安はふつう。美食の都と呼ばれており、全国から料理人が集う。いったい何が食べられるのか楽しみだ。


「我々は魔女様の所有物です。一緒に食事を摂るのは魔女様への無礼にあたります」

「私があなたに望んでいるのはっ……。なんでもない」

 私があなたに望んでいるのはそんな冷たく、乾いた関係ではない。もっと温かく、潤った関係だ。何度デートに誘っても変わらない。何度好意を示しても。


「そういうわけであたしたちはあっちで食べてるから、魔女様は独りでごゆっくりー」

 女狐、お前を誘った覚えはないんだけど。勝手についてくるのはやめてもらいたい。

「だったら、魔女としての命令。一緒に食事を摂りなさい」

「命令でしたら従いましょう」

 初めのころは彼を従えることに喜びを感じていた。しかし、そんな乾いた関係に、しだいに私の心も乾いていって。そんな私の心を潤すのは、涙。


「あれ、おかしいな」

「どうかいたしましたか?」

 瞳にたまった涙をなんとか押しとどめる。

「ちっ、香辛料か何かが目に染みたんだろ。あたしはあっちで食べてくる。かまわないだろ?」

 ありがとう。アルルメイヤちゃん。

「別に」

 そういって彼女は独り、遠くの席に歩いていった。


「なに食べましょうか」

「お手を煩わせぬよう、魔女様の食事でしたら先に頼んでおきました。魔女様は薬湯と薬草・キノコ類しか召し上がらぬと聞いております。店主に無理を言って頼んでおきました」

「ありがとう……」

 確かに私は薬湯や薬草・キノコ類ばかり食べていたが、それはお金がなかったからだ。わざわざ美食の都まで来て私は貧乏飯を食べるのか。なにやってんだ私。あれだけ言っておきながら、やっぱり彼と一緒に食事を摂るのはやめた方がいいのではないかと思えてきた。




 私の故郷から街を38ほど越えて、ここは芸術の街アルフ。治安はいい。街の景観はとてもいい。思えば遠くに来たもんだ。


「一緒に美術館を見に行きましょう」

「わかりました。僭越ながら魔女様の護衛をいたしましょう」

 そうじゃない。私に必要なのは護衛じゃなくてあなたなの。

「あたしはあっちでみてるぜ」

 

「魔女様、こちらの作品はかの有名な……」

 私を見て。魔女じゃなくて。魔女じゃない、ふつうの私を見て。ありのままの私を見て。

 美術館にきてなにをいってるんだ私は。でも、我儘なのはわかってる、美術品じゃなくて私を見て。




 私の故郷から街を60ほど越えて、ここは水の街。治安はいい。魔王城はまだなのか。


「水族館に行きましょう」

「あたしは魚釣りにいってくるぜ」

「ご命令とあらば」

 やめて、命令じゃない。

 なんで命令は聞いてくれるのに、お願いは聞いてくれないの。

 あんなに輝かしかった白馬の王子さまも、今ではブリキの兵隊に見える。

 もっとちゃんと見て。私の心を。もっとちゃんと見せて。あなたの心を。

 あの日、私の家の扉をノックしたように。今度は私の心をノックして。




 私の故郷から街を72ほど越えて、ここはどこ、私はだれ、私の心の治安は最悪。


「          」

「ご命令でしたら」

 私はなにを話しただろう。わからない。

 なにを話してもおんなじ返事。

「大丈夫ですか?」

 魔女だからあの街では男は私によりつかなかった。

 魔女だから王子さまも私を見てくれない。

 魔女だから。

 魔女だから。

 人さらいたちもきっとそう。ナンパ師たちもきっとそう。

 きっと私が魔女だから。


 身を知る雨が頬をつたう。

 こんなに雨が降ってるのに私はいつまでも男日照り。

 私の心がクスリと笑う。

 痛い。乾いた心にひびが入る。

 痛い。心のひびに雨水がしみる。


「ばかやろう」

 あたたかい。気がつけばアルルメイヤちゃんに抱きしめられていた。

「様子がおかしいって聞いて来てみれば、あんなのじゃなくて他にいい男を探せばいいだろうが」

「むりだよ。だって好きなんだもん」

 アルルメイヤちゃんの胸を借りて、私は一晩わんわん泣いた。




 私の故郷から街を78ほど越えて、ここはいよいよ魔王城。治安はそりゃもう最悪。


「私が前衛を務めます。二人は援護を」

 王子さまが魔王を切り付ける。

 私も魔法で援護する。

 魔王もすかさず反撃する。

「おい魔女、あんた初等魔法以外で攻撃できないのか?」

「はい、私の住んでた街には初等魔法を使える人しかいなくて他の魔法は見れなかったんです。だから習得できませんでした」

「なあ!? あんたマジで初級魔法しか使えないのかよ。こりゃまいったな」

 私たちが話している間にも戦況は変化する。

 王子さまが魔王を切り付ける。魔王が反撃する。魔王が追撃を放つ。魔王がさらなる一撃を放つ。

 

『混沌と破滅を。蹂躙と凌辱を。黒破濤 (ダークネス) 』

 そして、魔王が魔法を放つ。


 魔力の奔流がすべてを洗い流す。


「おい、逃げるぞ。シャルルがやられちまった。あたしたちにもう勝ち目はない。あたしが時間稼ぎするからあんたは逃げろ。あんたにはもっといい男を見つけて幸せになってもらわないとな」

「私にとってのいい男は、私の王子さまだけです」

「おい、あんたまだそんなこと言ってんのか。このままだとお前も死ぬぞ。あたしが逃がしてやるって言ってんだから素直に逃げとけ」

 

 私の王子さまを傷つけたのだ。呪ってやる。お前なんか死んでしまえ。

 詠唱を始める。

「混沌と破滅を。蹂躙と凌辱を」

「あんた、まさかあれが撃てるのか」

 なにを驚いているんだろう。だってあれは一度見た。

 

 魔力を感じて魔王が防御をとる。

「黒破濤 (ダークネス) 」

 その防御ごと魔王を押しつぶす。

 魔王はこの世界から消滅した。


「魔女様、ご助力いただきありがとうございました」

「………………」

「これで我々の契約は終了です。それでは帰りましょう」

「その前に一つだけ命令させて」

「契約はきれているのですが、まあ、一つだけならかまいません」

「私のこと、魔女じゃなくてユイって呼んで」

「わかりました。ユイ。それでは帰りましょう」


 私の王子さまは、ただの王子さまになった。

 私は魔女。

 だけど、王子さまにとっての私は、魔女からユイになった。

 今日から私はただの女の子。


 私の恋はようやく始まる。


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[一言] 最後前向きだったんですが、なんか切なかったです。 ゆいちゃん頑張れ
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