お風呂担当のピンクなあの子
アリンの屋敷で、外出中の一人を除いて、俺がまだ会っていなかった人がいる。
その人は、アリンに捕まって奴隷にさせられてしまったらしい。
アリンに魂にまで喰らいつく呪いとやらをかけられて、体の自由を奪わていると聞いた。しかし実際には、特に心配しなくてもいいらしい。
あと、妙齢で見目麗しい女の人と言われている。手伝いの担当はお風呂場だ。
俺が彼女に対して与えられていた情報は、そんなところだろうか。
何度か話題には上がっていたが、実際に顔を合わせるのは初めてになる。その出会いは、どこか間の抜けた彼女の大声から始まった。
「ちょっとアリン!? とんでもない力が溢れ出てたんだけど! とうとう世界でも滅ぼすつもりになったの!?」
王座の間、後方側面の扉。その扉が乱暴に開かれたかと思うと、一人の女の子が飛び込んできた。
ピンクの長い髪の美少女。急いでいたのか中の状況を確認することもなく怒鳴り込んできた。
年の頃は俺と同じくらい、背丈は俺より少し低いくらいだろうか。
健康的で女性らしい体を、膝が見えるくらいの丈の白のワンピースで包んでいた。足にはアリンと同い白いスリッパ。
改めて見ても、髪は艶もボリュームもある綺麗でピンク色の髪だった。長さは背中の中ほどまでか。どこからどう見てもピンク色だった。
「え、誰? ……もしかして、人間?」
女の子がつぶやく。
彼女が怒鳴り込んできた部屋では、尻餅をついた俺とそのすぐ側に立つアリンという構図。
誤解を招くには、十分な状況だったかもしれない。
「――その人から、離れなさいッ!」
女の子の決断は早かった。
ドンと床を蹴ったと思うと、矢のように飛び出す女の子。
あまりの勢いに軸足のスリッパが脱げ、宙を舞った。
対するアリンは、優雅にふわりとバク宙をするかのような動作で大きく間合いを取る。
そうしてできた俺とアリンとの間に、女の子は両手を広げて立ちふさがった。
「アリン、どうして彼のような人間がここに居るの? 答えによっては承知しないわよ」
抑揚のない声で、女の子がアリンへと問う。
問われたアリンは……、面倒くさそうにこめかみに触れ、やれやれといった感じで頭を振っていた。
「答えなさいよ! もしかして誘拐とかじゃないでしょうね?」
返事をしないアリンに業を煮やしたのか、片方裸足の女の子が詰め寄っていく。
だが彼女が三歩も行かぬ内に、俺の目の前で不思議な現象が起こった。
アリンが床を指差して、一言。
「ひれ伏せ」
「あわわわわ、――ふぎゅ!」
アリンが命じただけで、女の子が見えない何かに押し潰されるように派手に地面に転がった。
盛大にため息をつくアリン。そして、床に倒れる女の子を見ながら口を開いた。
「こやつが捕虜で奴隷のルーシェじゃ。奴隷と言っても基本的には好き勝手させておるがの。まあ、見ての通り刃向かえぬよう体に制約はかけておるが」
「か、体を支配したからって、心までは支配できないんだからね!」
「はいはい、そうじゃのう、そうじゃのう」
威勢よくアリンに噛み付いている人が、奴隷その人だとアリンは言う。
ルーシェと呼ばれた人は、すぐに立ち上がって裾をパンパンと叩いた。
が、今は悠長に見ている場合ではなかった。
思考が回り始めた俺は急いで起き上がると、遅くなってしまった発言を謝罪した。
「勘違いさせてごめん。でも、俺はアリンに襲われていたとかじゃないんだ。心配してくれてありがとう」
そう言って軽く頭を下げる俺に、美少女二人の視線が集まる。
「そうなの? ……悪かったわね、アリン」
「別に構わんよ」
素直に謝るルーシェさんと、本当に気にしていないといった感じで返事をするアリン。
その様子を見る限り、アリンが一方的に奴隷に呪いをかけて痛めつけているようには見えない。マーレさんの教えてくれた通り特別な心配は要らないようだった。
「あ、でも! さっきの魔力は何なのよ! あれほどとんでもない魔力を垂れ流してたら、勘違いするのは当たり前でしょ!?」
「どこかの小うるさい娘を呼び出したくてのう。ちょっと力を出してやれば飛んでくると思ったのじゃ」
「え、私を呼ぶためだったの?」
「小うるさいという自覚はあるようじゃな。それに、思惑通りに釣れたじゃろ?」
「ふ、ふざけないでよ!」
のんびり眺めていると、二人の会話はあっという間にヒートアップしていく。
俺は慌てて口を挟んだ。
「そ、その。出来れば俺を紹介してもらいたいんだけど」
再び二人の視線が俺に集まる。
渋々と言った感じで、ルーシェさんはアリンへの追求を止めた。
「ふむ。ならお互い軽く挨拶せい」
「ま、待って。片方脱げちゃってる」
「後にせい。先に挨拶だけ済ませておけ」
どうやらそういうことらしいので、俺は緊張しながらも自らルーシェさんの前に立って話し始めた。
「初めまして、ルーシェさん。今日からここでお世話になるハルです。よろしくお願いします」
「お世話になるって……。あなた人間よね? っと、ごめんなさい。まずは自己紹介よね」
彼女は軽く息をつくと、まっすぐに俺を見ながら話し始めた。
「私はルーシェ……、ううん、ただのルーシェ。さん付けなんて要らないわ。よろしくね、ハル」
そう言って右手を差し出してくるピンク髪の女の子。
「よ、よろしく。ルーシェ」
ぎこちない感じではあったが、なんとか握手に応じる俺。
アリンが何か言いたそうにしていたが、結局触れては来なかった。
「よし、ルーシェはあれを回収しておけ。その間にわらわがハルにおぬしのことを説明しておく」
「うぅ、私の事情を知られちゃうのか……。まあ、どうしようもないよね……」
軸足だけ素足になってしまったルーシェは、ぴょんぴょんと可愛らしく片足飛びをしながらスリッパを回収に向かう。
その姿を横目に見ながら、アリンが俺に話し始めた。
「さて……、あやつはあのように一見ただの間抜けな小娘のように見えるがの、実は勇者と呼ばれる存在なのじゃ。愚かにもわらわを討伐しにきおったので、返り討ちにしてやったのじゃよ」
「え、勇者ルーシェだったの!? あと、おまえって討伐対象だったのか!?」
即座に向こうから「ちょっと間抜けって何よ!」等の大声が聞こえてくる。
しかし、申し訳ないがそれにかまう余裕はない。俺はすぐにアリンに詰め寄るように問いかけた。
「あ、アリンは何をしたんだ? 勇者に狙われるなんて、穏やかじゃない話なんだけど」
詰問すると言ってもいいような俺の口調だったが、アリンは態度を崩さなかった。
「わらわは何もしとらんよ。あやつが勝手に攻め入ってきただけじゃ」
ルーシェを見ながらニヤニヤと答えるアリンは、嘘を言っているようには見えない。
俺は急いでルーシェへと振り返る。
ちょうどスリッパを履き終え、ズンズンと威勢良くこちらに歩いてきていたルーシェ。
その彼女と目が合った。ルーシェは、一転してバツの悪そうな表情を浮かべて、そして話し始めた。
「あなたは聞かされてないみたいだから言うけど、アリンは大魔王の娘よ。その大魔王が引退した今となっては、魔王アリン……、いえ、実力的に大魔王アリンと呼んでも差し支えない存在なのよ」
大魔王アリン!
小生意気な金髪ドリルの少女は、予想以上にとんでもない大物だった。
でも、言われてみれば納得できる部分もある。
先ほど俺に見せた黒い炎を纏ったアリン。あれは魔王と呼ぶのに相応しい貫禄があった。
「ふん。辺境の地でわずかな手勢とともに細々と暮らしておるのに、魔王もなにもなかろう」
それを聞いたアリンが、吐き捨てるようにつぶやく。
しかし、アリンの発言ももっともな話だ。
勇者に攻め入られる立場で、なおかつ勇者を返り討ちにできる存在。
そこまで絞り込まれると魔王という単語はすぐに連想できそうなものだったが、俺はルーシェに教えられるまでアリンが魔王だとは思えなかった。
それはアリンの言う通り、彼女の置かれている環境が魔王というイメージとはかけ離れていたからだ。
「さっきみたいな力を誇示できる存在に言われてもね……。私だって勇者って自分から名乗ったわけじゃないもん。でも、そういうことでしょ?」
「……まったくもって、面倒な話じゃな」
心底嫌そうに、アリンが再び吐き捨てる。
でも、なんとなく状況はわかってきた。
強大な力を持つアリンを危険に思い、ルーシェあるいはルーシェの属する勢力がアリンを魔王だと判断して討伐しようと考えたようだ。
結果ルーシェはアリンに破れ、捕虜となってここで暮らしているということか。
俺がそんなことを考えていると、隣でルーシェとアリンが話し始める。
「ねえ、私のことだけじゃなくて、ハルのことも教えてよ?」
「わらわが召喚した。新しく下僕にした。これから一緒に暮らす。仲良くせい」
「な、なによその説明! そんなんじゃ納得できないわよ!」
「はぁぁ……。こうなるのが嫌じゃったから、食事のときにでもこっそり顔合わせさせようと思っておったのじゃがのう」
「やっぱり後ろめたいことがあるんじゃない。堂々と紹介してくれないところがその証拠よ!」
「おぬしは人間を召喚したと言うだけで、どういう理由であろうが噛み付いてくるじゃろ?」
どうもこの二人は、放っておくと怒鳴り合いを……、訂正。一方的にルーシェが大声を上げ始めてしまう傾向があるようだ。
「えーっと、俺も下僕だからって虐げられているわけじゃないから、もう少し穏便に考えてもらっても――」
そう俺が割って入ると、突如ルーシェの鋭い視線がこちらに向けられた。
「あなたはちゃんと納得してここに来たの? 実際にアリンに会ってみてどうなの? この子結構容赦ない性格してるけど大丈夫なの?」
そう言いながら、ルーシェは俺との距離を詰めてくる。
顔を見られながら女の子に詰め寄られるのは、慣れてないので止めて欲しいと思った。
「あ、アリンにもいいところはある、よ?」
「なんで疑問系? それにやっぱりここに納得して来てるわけじゃないのね?」
完全にルーシェの矛先が向いてしまった俺は、助けを求めてアリンを見る。
するとそこには――。
「……ふふ」
にっこりと笑い、ピンと立てた指先に電撃を走らせているアリンの姿。
「いえ、自分はアリン様に召喚されて光栄に思ってます! これからこの世界で、アリン様ご指導の元みなさんのために尽力する次第であります!」
「は、ハル!?」
露骨に態度を変える俺を見て、ルーシェが慌ててアリンに振り向く。
「ちょっとアリン!? ハルに何したのよ!」
「んー? そやつが自らの立場を思い出しただけじゃろ?」
「立場って……。それに、あなたも! そうやってアリンに従ってばかりいると、いつか本当に支配されちゃうわよ!?」
今度は俺に向き直り、両腕をつかんできて力説するルーシェ。
でも、力関係はアリンのほうが上らしいし、ここでルーシェに同意すれば後でアリンに何をされるのかわかったものではない。
「アリン様に身も心も支配してもらえるのは、至上の喜びではないでしょうか?」
「もう、しっかりしてよ!」
あらぬ方向を見ながら空とぼける俺に、ルーシェはつかんでいた俺の両腕をガクガクと揺らしながらそう言ってきた。
その仕草はかなり萌える行為ではあったが、だからといって意見を変えることはできなかった。
「くくく、その辺にしといてやれ。それに、外は若干雲行きが怪しくなってきておるぞ? 食事前に片を付けておいたほうが良いのではないか?」
ぺたぺたと足音を立てながら、アリンが俺たちに近づいてきて止めに入る。
ルーシェはハッとしてアリンを見た。
「え、やだ、ホント?」
「嘘じゃと知れたら怒鳴り込んでくるであろう。さっさと行って自分の目でたしかめてみよ」
「うー、これで納得したわけじゃないんだからね!」
ルーシェが俺から離れ、ゆっくりと出口へと向かい始める。でもやっぱりこちらが気になるようで、時折チラチラと視線を向けてきていた。
「……彼女はどこへ行くんだ?」
耳打ちではないが、アリンに一歩近づき小声で問いかけてみる。
「切り倒した木が雨に濡れるのを嫌がっておるのじゃよ。薪にするつもりじゃからの」
「ああ……、お風呂担当だっけ」
「もうすでに薪は余りまくっておるというのに、森を消滅させる勢いで木を切り続けておる。呆れた女じゃ」
「聞こえてるわよ!」
アリンは苦笑して、少し声を大きくして離れたルーシェに話しかける。
「おぬしが少々休もうが、わらわは気にせんと何度言わせるつもりじゃ。部屋に引きこもって悪巧みをしようが構わん。それでも飯は出してやるぞ」
「ふ、ふん。畑を作るって言ったのはアリンじゃない。それに、お風呂は毎日入りたいし、……何度入っても気持ちいいし」
「くっくっく、まあ良い。これからはこやつに覗かれんようにな?」
「えっ!?」「ぶっ!?」
突如、金髪ドリルに爆撃される俺。
心底ドン引きしているルーシェに、俺は全身を使って猛烈に否定する。
「の、覗いたらただじゃおかないんだからね!」
顔を赤らめたルーシェは、そう言って今度こそ部屋から飛び出していった。
彼女が閉めた扉を見て、やっとひと段落ついたと感じる。なんだかこの世界に来て初めて、体の芯から疲れたと思った。
「あえて、バカにされてもいい覚悟で言うけどさ」
「なんじゃ?」
「今は本当に心の底から、風呂に入ってのんびりしたい気分だわ」
とたんに、腹を抱えて笑い始める金髪ドリル。俺は改めて大きく息を吐いた。
なんとなしに、笑い転げるアリンの姿を目で追い続ける。
彼女はいつも王座に座ってたり宙に浮いていたりするが、こうして並んでみると、とても大魔王だとは思えない小さな女の子だった。
思えばこいつには、会ったばかりだと言うのに散々振り回された。
一方的な下僕宣言の後は、電撃を撃ち込まれたりして。
ルーシェのことも悪意のある言い回しで誤解させられて。それで俺は本当に凹まされたし。
それを屋敷の人の応援で立ち直れたと思ったら、今度は実力行使で脅されたし。
でも、散々振り回された俺には、気持ちの芯の部分に、覚悟のような心構えができていた。
大魔王だろうがなんだろうが、アリンはアリンだ。実力では敵わないかもしれないけど、それでも俺にだって矜持はある。
少しの間笑うアリンを眺めていた俺は、置きやすい位置にあった彼女の頭に手を乗せる。
「……ほう?」
自分からアリンに触れるのは、これが初めてだ。
アリンは手を振りほどくことはなかったが、無邪気な笑みを陰惨な微笑みへと変え、俺を見上げる。
「おぬし、何をしておるのかわかっておるのか?」
殺気すら感じるほど、アリンは鋭く俺を睨む。今更ながらに、こいつは俺を殺すと決めたなら本当に実行してくるんだろうなと思った。
まあ、残念なことに俺は武道の達人というわけではないから、殺気の真贋を見分けられるわけじゃない。
ただいつもより念入りに脅して来てるなあと思っただけだ。
そして少ないながらも経験則から、アリンがそんな風に脅してきた場合は――。
ニッと笑った俺は、遠慮なくアリンの頭を撫で始めた。
「いいだろ少しくらい。女性からは嫌がられる行為だと思うけど、俺こういうの一度やってみたかったんだよな。おおー、さらさらしてて気持ちいいー」
「……わらわも女なのじゃが?」
「なあ、ドリルの方にも触っていいか?」
「きさま、よもや殺されんとでも高をくくっておるのではあるまいな?」
アリンの言葉がおぬしからきさまへと変化し、口元から微笑みが消える。
俺がためらう理由にはならなかった。
「うおっ!? 意外にも柔らかくてすべすべしてる! 手触りいいじゃん! このドリルって魔法で巻いてるのか?」
「…………」
直後、アリンは再び覚醒した。
爆発的に吹き出す彼女の黒い炎。至近距離で発せられる衝撃波。真っ赤に光る彼女の瞳。
さっきは遠くからでもその姿を見て怯えていたのに、今度はそれに触れている状態だ。
即座に俺の体は異常に陥る。骨は軋み、心臓は押しつぶされそうに苦しく、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されているように気持ちが悪い。
「まだこの手を離さんとはな。良かろう、ならば――死ね!」
アリンが俺の心臓へと手を伸ばす。
手刀とか、そういうものじゃない。手を広げたまま、掴んで握り潰そうとしている単純な動作。
けどそれは恐ろしく高速で、そして俺の体は泥水ほどの抵抗しかできずにあっさりと貫かれるのだろう。
だけど俺は、恐怖や痛みから逃げたい一心ではなく、調子に乗ってごめんなさいと降参するでもなく。
ずっと謝りたいと思ってたから、すぐにその言葉を口にする。アリンの力に押され、途切れ途切れになりながらも。
「さっきは、その姿に、最後まで本気で怯えて、すまなかったな」
覚醒は、一瞬で終わった。
すんでのところで手を止めて、驚きの表情で俺を見上げてくるアリン。
圧から解放された俺は、肩を落としてぜぇぜぇと息をする。さすがにその際にドリルからも手を離した。
「やっぱ大魔王との実力差はどうしようもないなあ。レベル一桁でラスボスに挑むようなものだしな」
荒く息をしながら顔は俯いたまま、俺はそう言った。
アリンはしばらく返事をして来なかった。どういう表情かはわからなかったが、ただずっと視線を感じていたのは確かだった。
やがて、彼女は俺に問う。初めて聞くような真剣な声だった。
「……わらわを甘く見ていると、後で後悔するぞ?」
言葉だけを聞くと、陳腐な脅し文句。でもそれはきっと、彼女なりの最終確認だと思った。
売り言葉に買い言葉。俺は俯いたまま、彼女に返事を返す。
「それはこっちの台詞だ。俺を甘く見るなよ大魔王。俺はもうおまえの脅しには屈しない」
言葉の最後で、俺はニヤリと笑いながら顔を上げる。
「なぜなら、おまえが俺を殺したとしても、最後には回復してくれると信じてるからな!」
するとアリンは――予想とはちょっと違う、なんだか微妙そうな顔で俺を見た。
「どうにも、おぬしの決め台詞を聞くと背中がむず痒くなるんじゃが……」
「ひでえ! 髪以外でも飴をくれてもいいじゃないか!」
アリンは苦笑する。
「最初から、気づいておったようじゃな」
「んー……、本気で嫌がってるわけじゃないとは思った。最終的にどれほど怒り出すかはわからなかった」
「くっくっく。怒られても良いから、とにかくわらわの体に触りたかったということかのう?」
ニタニタと笑うアリン。
俺は茶化そうかどうしようかと迷ったが、結局は真面目に言った。
「おまえのこと、怖く思ってないぞって伝えたかった。だから触った。あの姿になってくれて、ビックリしたけど嬉しかった。ちゃんと謝ることができたから」
アリンは、再び驚きの表情で俺を見上げた。その姿はやはり可愛いと思った。
そしてそれは、すぐにニヤリとした小生意気な表情へと変わる。
「なるほどのう。そのような大義名分を自分の中で作っておったのか。だからわらわの体に触れることができたのじゃな。どおりで、女慣れしていないおぬしにしては手が早すぎると思ったのじゃよ」
「……あの、そういう精神に来る冷静な分析は止めてもらえませんかね?」
「後は、仕返ししたいという気持ちと、やはり堪えきれぬ興味かのう? 結局のところおぬし、色々理由をつけてわらわに触れてみたかっただけなんじゃろ?」
「だから止めろと言ってるだろ!!!」
またも笑い転げる金髪ドリル。俺はそれを見ると、今度は短く鼻を鳴らして顔を背けた。
そして――。
アリンから見えないような位置を向くと、俺は口元から笑いがこみ上げるのを押さえきれなくなった。
悔しいが、認めよう。俺はムカついたりもするけれど、この金髪ドリルと話すのが嫌いじゃない。
謝りたいと思っていたのは本当だけど、こいつのドリルに触れてみたくなったのも紛れもない事実だ。
「くくく。では、そろそろ行くとするか」
やがて、アリンがそう言う。
俺はすぐに振り返ろうと思うが、中々表情が戻らない。
なんとかニヤけ顔を隠し、やっとの思いで俺は振り返った。
「行くって、どこへ?」
「食事じゃよ。おぬしもたくさん食べて、早くここに慣れるが良い」
「……わかった!」
アリンは部屋側面にある出口へと向き直った。
左手で軽く髪を撫で付ける彼女。あれほど遠慮なく触ったのに、少しも乱れているようには見えなかった。
その後姿に、俺は気になっていたことを一つ問いかける。
「なあ、俺が怖くて避けちゃったおまえの炎、あれ受け取ってたらどうなってたのか教えてくれないか?」
アリンは半身ほど振り返り、満面の笑みで言った。
「嫌じゃ。一生後悔し続けるが良い」
こいつはやっぱり悪魔だなと思った。
「まあ、そこまで大したことは起こらないんじゃがな」
「見掛け倒しかーい!」