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金髪ドリルとの出会い


 俺の名前はハル。桜の季節に生まれたからハル。

 実に安直で、でもわかりやすい名前だ。本当はもう少し他の意味合いもあるけど、まあ春に生まれたからハルでいい。

 だけど、俺は自己紹介でこの由来を喋ったことはない。昔から、自己紹介は苦手だった。

 

 俺の母親は体が弱く、何度も入退院を繰り返す人だった。幼かった俺はそれが心配で、学校が終われば真っ先に母の元へと駆け戻るような子どもだった。

 当然、親しい友だちはほとんどできなかった。それでも平気だった俺は、母の側で本ばかり読んで育っていった。

 見かねた父親に何度か外に連れ出されたこともあったが、端から見れば内向的な子どもだったと思う。


 ……まあ要するに、他人に生い立ちを喋るのが嫌だったのだ。

 そんな俺が、現在どういう状況に陥っているかというと。


「わらわはおぬしを下僕とする! さあ、己を語れ。つまらん男じゃったら即刻絞首台行きじゃ!」


 可愛らしい金髪ドリルちゃんに、命運握られまくっているのです。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。起きたら生か死の二択とか、一体どこの地獄だよ?」


 まるで王座のような豪華な椅子に座るのは、金色の髪に真っ赤な瞳の女の子。

 先細りのぐるぐる巻きツインテールはまさにドリル。愛称は金髪ドリルちゃんでいいだろう。


 ぺったんこに見える胸。細い手足。白い肌。愛らしい顔。

 黒いドレスのような服を来て、自分の体より大きな椅子に座り、そして尊大に脚を組んでいる。足先には、白くてふわふわのスリッパがピコピコと揺れていた。


 女の子は俺の言葉に、とてもおかしそうに笑った。


「くっくっく。地獄とは言い得て妙よの」

「……どういうこと?」

「おぬしらの概念で言うならば、ここは地獄ではない。魔界じゃ」


 少女いわく、ここは魔界らしい。

 だが、その突拍子もない単語はすぐにあることを連想させる。


 これは夢だ。

 ずいぶんと意識ははっきりしてるけど、これは夢だ。それ以外では説明がつかない。

 そう考えると一気に気が楽になった。目の前の女の子との会話も楽しんでみようと思えてくる。


「魔界って言うと、悪魔とかが住んでる世界?」

「ま、そうじゃな」

「ということは、キミも悪魔?」

「まあ、似たようなものじゃろ」


 普段なら気後れしてしまうような可愛い子相手でも、夢の中だと思うと積極的に話していける。

 ひょっとすると起きた後も記憶に残っていて赤面してしまうかもしれないが、今この瞬間くらいははっちゃけてみようと思った。


「でも、キミの見た目は人間と変わりがないけど、悪魔って証拠はどこにあるんだ?」


 調子に乗った俺は、少し意地悪な質問をしてみる。

 しかし、少女は怯むことなくスマートに切り返してきた。


「おぬしらからしてみれば、唐突に生死の二択を迫る存在は悪魔というのではないか?」

「ぐっ。たしかにそうかもしれないけどさ……」


 なんだか上手に言いくるめられてしまった。

 俺が言いたいのはそうじゃなくて、コウモリの羽みたいな、先が尖った悪魔の尻尾みたいな、もっとわかりやすい見た目のことを言いたかったのだけど。


「ふふ、わかっておる。証拠を見せろと言うんじゃろ?」


 少女はそう言って、ひょいと王座のような椅子から飛び降りる。

 そのまま不敵に笑いながら、仁王立ちになって俺を見下ろした。


 尻尾か角でも生やすのかな。

 それとも、堕天使みたいな真っ黒な羽でもブワッと広げるのだろうか。


 そんな風にのんびりと見ていた俺は、急に背筋が凍るような寒気を覚えた。

 少女は未だ笑っていたが、その笑みがひどく凄惨なものへと変わっている気がしたのだ。


「あ、やっぱりいいです。キミは悪魔。よくわかっ――」

「雷よ」

「ぎゃぁああああああ!」


 激痛が走った。

 少女の左手が青白く光ったかと思うと、直後に俺の体は電撃で撃ち抜かれていた。

 あまりの痛さに立っていられず、すぐに膝をついた。目の前がチカチカする。マンガなどでお星様が目の前を飛び回る表現は、あながち間違っていなかったんだなと、間の抜けた感想を抱いた。


「治れ」


 少女が再びつぶやくと、俺の体は劇的に回復した。


「死ぬかと思ったわ!」


 復活した俺は、少女に猛然と抗議する。

 しかし彼女はどこ吹く風だ。ぴょんと王座に腰掛けると、再び優雅に脚を組む。


「証拠を見せろと言ったのは、おぬしであろう?」

「た、確かに言ったけどさ」

「炎を使う方が悪魔っぽいか? 禍々しく見える炎で、おぬしをこんがり焼いても良いのじゃが?」

「いえ、もう十分です。疑ってすみませんでした」


 すぐに折れて謝る俺に、少女は声を出して笑い始める。

 そしてひとりきり笑った彼女は、ニヤリと口元を歪めて言った。


「どうじゃ、夢ではなかろう?」


 俺は憮然とした表情を向けるしか出来なかった。どうやら胸中は見透かされていたらしい。


「くっくっく。わらわの見た目はおぬしら人間と大差ないからのう。わかりやすい証拠は力のみじゃ。実際には寿命やら色々と異なる点はあるはずじゃがな」


 どうやら少女は本当に人間ではないらしい。

 まあ、だからといって急に生理的嫌悪やら疎外感を感じたわけではないのだが。

 俺にとってはそれよりも、ここが夢ではないという話のほうが驚きだった。


「さて、話を戻そう。おぬしはわらわに召喚され、下僕となったのじゃ。覚悟を決めよ!」

「しょ、召喚? そして下僕!?」

「うむ、そこで最初の話に戻るわけじゃ。さあ、自己紹介をしてみせよ。つまらん内容じゃったら、おぬしの命はここでおしまいじゃ!」

「…………」


 言葉が出てこなかった。どうしてこうなった、と頭を抱える。


 先ほど感じた痛みは本物だった。

 どうやら夢でもなんでもなく、俺は本当に魔界に連れて来られたらしい。


 覚悟を決めよ、と少女は言った。

 もしかすると、俺は想像以上に深刻な状況に陥っているのかもしれない。


 例えば……、少女が優秀な家来を探している可能性。

 何度も召喚を繰り返して、気に入らなければ殺して次を探す。

 俺はその中の一人なのかもしれないのだ。

 もちろんその場合、お眼鏡に適わなかった下僕は忘れ去られて記憶にも残らないのだろう。


「(うーん……)」


 矛盾なさそうな推測ではあったが、そこまで考えてもなお、俺には本格的な恐怖や悲壮感がわいてこなかった。

 理由は単純だ。目の前の女の子が怖くなかったからだ。

 たしかに雷で打たれはしたものの、すぐに治してくれたし。彼女の笑顔には俺を引き付ける何かがある。


「(彼女が気に入らなければ、俺は絞首刑か……)」


 少女が言った言葉を思い出しながら、チラリと様子を窺ってみる。

 金髪ドリルの少女は、王座の上で機嫌良さそうにしていた。口元は緩みまくり、鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だった。

 そして、俺の視線に気づいた彼女がこちらを見る。


「ん、なんじゃ、あまり待たせるでないぞ?」


 言葉とは裏腹に、やはり彼女は上機嫌に見える。

 形の上では、下僕が主を待たせているという状況のはずなのに。


 待つのが苦ではないのだろうか。

 いや、今は待つのも楽しいのだろうか。プレゼントの中身を想像する少女のような、邪気を感じさせない微笑みを浮かべていた。


 何度見てもその笑顔は、俺に魅力的に映った。

 少女が楽しそうにしていると、俺まで気分が高揚してくるようだった。

 ここが夢の中でないとしても、もう少しはっちゃけてみようとすら思えてくる。


「(彼女なら、ま、いっか)」


 結局俺は、そんな簡単な理由で心を決めた。

 なんだか少女の笑顔に乗せられている気もしたが、それでもやはり、彼女ならいいかと思えた。


 俺は大きく息を吸う。

 人生で初めての、大冒険といってもいいほどの行為をこれから行うのだ。


「俺の名はハル。植物が芽吹く季節の生まれ、果てしない高みまで目指せるようにとハル。特技は家事全般で、趣味は読書とか」


 そこで俺は、一度言葉を切る。

 心臓がバクバクと音を立てていた。緊張が最高点に達する。

 それでも俺は、少女に気に入ってもらえるように、媚びを売るのだ。


「そして女性の好みは……、キミのような可憐な女の子かな?」


 やってしまった。一世一代と言っていいほどのはっちゃけ具合だった。

 言葉の最後にキラリと笑うのも忘れない。心臓がひっくり返りそうなほど、激しくフル稼働で血液を送り出していた。


 しかし、現実は残酷だった。

 返ってきたのは少女の冷たい視線だけだった。もうちょっと俺がイケメンだったら、と悔いが残る。


「女を口説いた経験はなさそうじゃのう」

「うるさいな! ほっといてくれよ! その通りだよ!」


 恥ずかしさでいっぱいだった俺は、大声で反論する。思わず余計な独白が混ざった気もするが、きっと気のせいだ。


「くくく。じゃが、その心意気だけは褒めてやろう」


 羞恥と情けなさでうなだれる俺に、少女はすぐに声をかけてきた。

 顔を上げると、少女が椅子から降りているところだった。


 彼女は右手を腰に、左手を俺へと向けてくる。

 そして少女はとても嬉しそうに、尊大に俺に言い放った。


「わらわはアリン=ラウジュベット=リンカフォールドじゃ! アリン様と敬うが良い!」


 ドドーン、というような効果音すら聞こえてきそうな堂々とした名乗りだった。

 しかし正直なところ、どう反応したらいいのかわからない。


「は、はぁ……」

「なんじゃ、文句でもあるのか?」

「め、滅相もない」

「ならば良い」


 そこまで言うと、少女改めアリン……、様は付けなくてもいいか。アリンはドスンと王座に座り直した。


「……え、それでおしまい? もうちょっと他にないの?」


 自分の自己紹介も決して濃い内容ではなかったが、さすがに名前だけではない。

 批難できる立場かどうかは微妙だったけど、とりあえず俺はアリンを問い詰めてみた。


 対するアリンは――何がおかしいのか顔を俯けて笑っていた。

 俺の行動が変だとでも言うのだろうか。アリンの名前を聞いて、それでおしまいと思ったら変なのか?


「わかったわかった。では、わらわの召使いを紹介してやろう」


 なおも楽しそうな口調でアリンは言う。

 彼女は胸の前の手をパンパンと叩いた。その際、薄っすらと左手が手が光っているように見える。


 そして、その拍手ですぐに大きな変化が起こった。


「にゃーん」


 まさに、びっくり箱を開けてしまったかのような驚きだった。

 突如天井の一部が開いたかと思うと、女の子が逆さまに顔を突き出してきたのだ。


 それだけでも十分驚かされたのに、女の子はそのまま頭から自由落下を始める。

 受け身を取ろうとする様子はない。頭から真っ逆さまだった。


「あ、危ない!」


 とっさに声は出せたが、それだけだった。もう走っても間に合わない。床に激突する。

 そう思いヒヤリとしたのだが、女の子は素早い動きで回転すると、次の瞬間には何事もなかったかのように床に降り立っていた。


「にゃはは、驚かせちゃってごめんにゃ」


 そう言いながら、トコトコと俺の方に歩いてくる女の子。

 その時になって初めて、俺は彼女の全貌を見ることができた。


 真っ先に目につくのは、彼女の頭の上に生える猫耳だった。

 茶色ベースに白い毛が混ざった耳。形状と彼女の語尾から考えて猫耳で間違いないだろう。同じような毛色の尻尾も、お尻の辺りに見て取れる。


 髪も同じく茶色系で、襟元くらいで切りそろえられていた。見た目年齢は俺よりほんの少し高いくらいか?

 中背のスラリとした体系で、女性としてのクビレもちゃんとある。

 服装は、袖の短いジャケットにショートパンツ。前を留めておらずおへそが丸出しだ。胸はチューブトップのようなサラシのようなものを巻いていた。


 綺麗なお姉さんがコスプレをしただけのような彼女だったが、耳と尻尾は繊細かつ機敏に動いている。どうやら彼女も人間ではなさそうだ。

 その彼女に向かって、アリンが呆れたように言う。


「出てくる機会を、今か今かと待ちわびていたようじゃな……」

「とっても興味がありましたにゃー」


 猫耳さんはニコニコと笑いながら返事をする。人当たりが良さそうな笑顔だった。


「まあ良い。では挨拶しておけ」

「うん、そうするにゃー」


 猫耳さんが俺に向き直る。緊張して俺も姿勢を正した。


「ボクはニム。姫様と一緒に暮らしてますにゃ。よろしくですにゃー」


 ニムと名乗った猫耳さんは、そう言って笑顔で俺に近づいてきた。


「お、俺はハルです。召喚されたみたいです。よろしくお願いします」


 握手かなと思った俺は、そう言いながら慌てて右手を差し出した。

 意外なことに、ニムさんは飛びつくようにすぐに俺の手を取った。握手がしたかったかと言うか、触れてくることが目的のような勢いだった。


「(……おわっ!?)」


 握手を始めた直後、俺は自分の右手に不思議なくすぐったさを感じた。

 慌てて見てみると、ニムさんの尻尾がツンツンと触れてきているのがわかった。


「にゃはは、気になるにゃ?」


 ニムさんはにっこりと笑うと、握手をしたまま半身を向けるように俺にお尻を突き出してくる。

 そうしてより近くなった尻尾を俺の腕に軽く巻きつけてきた。


「は、はは。光栄ですけど、ちょっとくすぐったいですね」


 なんだかドギマギさせられながら、俺はそう言った。

 空いた左手で頭をかいていると、ニムさんがゆっくりと手と尻尾を離す。


「ハルくんの手は温かったにゃ。ボクもキミのことを気に入ったにゃ」

「へ? あ、ありがとうございます……?」


 会ったばかりだと言うのに、ニムさんは俺にそう言ってくれた。

 まさかそんな言葉をもらえるとは思っていなかったので、俺はマヌケな返事しか返せなかった。


 そうやって戸惑う俺に、ニムさんはさらに一歩近づく。

 唐突な接近に俺が固まっていると、彼女はなおも近づいてきて両手を広げた。


「友好の証ですにゃー」


 そのままニムさんは俺を軽く抱きしめたかと思うと、スリスリと頬をすり寄せ始めた。

 すべすべの彼女の頬が俺をくすぐる。確かに猫は顔を押し付ける親愛行動を取るけども!


「こ、困ります! 俺、こういうことに慣れてないんで!」


 突然のニムさんの行動に、俺は一瞬でパニックになる。毎日ちゃんと風呂には入ってたけど、大丈夫だよな?


「何をデレデレしておる」

「ぎゃぁああああああ!」


 アリンに電撃を撃たれた。直後に過剰なくらいの回復魔法も飛んでくるが、理不尽だった。


 痛みから回復すると、いつの間に移動したのかニムさんは少し離れたところにいた。

 彼女は手首を曲げて、宙を掻く動作をしながら「ごめんにゃ」と頭を下げていた。ちょっと招き猫っぽかった。

 いや、この場合悪いのはアリンだよな。そう思いながらアリンを見ると、そのアリンと目が合う。


「良かったの」


 目が合ったアリンは、そんなことをポツリと言った。

 ニムさんに認められてよかったのか、抱きしめてもらってよかったのか。

 やや唐突な感じのする、意図の読みにくい発言だった。


 だが、アリンの発言の意味をを深く考えることはできなかった。

 部屋にノックの音が響き響き渡ったのだ。


 不意のニムさんの登場から自己紹介、そしてハグ。

 まだまだ慌ただしい展開が、続いていた。


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