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飲み込んだ食事


「では、いただくとしよう」

「いただきます!」


 屋敷の住人が全員揃う、初めての夕食。ワクワクしながら食べ始めるのだが、ぶっちゃけ、メニューは昼とほぼ同じだった。

 大きな円形のテーブルを六人が囲む。席順は時計回りに言うと、アリン、俺、ルーシェ、セティエルちゃん、ニムさん、マーレさん。


 変わり映えのしないメニューではあったが、食べるのが楽しみで、なおかつ心があたたまる一品もある。

 干した赤い果実。アリンは滅多に食べられないと言っていたのに、二食連続して出してもらっている。

 おそらく、昼は俺を歓迎するために、夜は天使のセティちゃんを歓迎するために出してくれているんだと思う。たぶんこの考えで正解だと思うけど、この場で直接聞くのは野暮というものだろう。


「しかし戻ったばかりじゃというに、調子良さそうじゃのう」


 意外なことに、会話はアリンから始まった。食べてばかりの大食らいキャラだと思っていたのに、予想外だった。


「はい。とても体が軽い気がします」


 セティちゃんが笑いながら、食器を持っていない手で小さな握りこぶしを作る。

 しかしその後、彼女の表情はアリンを気遣うような上目遣いへと変わった。


「なんじゃその目は。もしや、わらわの力の心配をしておるのか?」

「はい。最初は気のせいかなと思ってましたけど、休んでいるときにやっぱりそうだって思いました」

「くっくっく。心配は要らん。おぬしは自分の体のことだけを考えておれ」


 俺は食事を続けながら考える。

 どうやら大魔王から発せられる闇のオーラが少ないから、光属性の天使ちゃんが元気だという理論みたいだ。


「なあ、無知を承知で聞くけど、怒らない?」


 俺が尋ねると、アリンは眉をひそめ笑う。


「怒ると言ったら問うのを止めるのか?」

「後にする。食事中だし」

「くくく。言え」


 アリンの許可を得たので、改めて質問する。


「おまえが力を押さえていれば、セティちゃんは苦しまくても済むのでは?」

「そこで止めておけ」

「わかった。悪かった」


 即座に謝る俺に、アリンは笑い……、そしてセティちゃんが申し訳なさそうに話し始める。


「ごめんなさい。私の体が悪いんです。アリンお姉さまは――」

「ああ止めい止めい。あとはわらわが話してやろう」


 アリンが笑いながら、すぐにセティちゃんの話を遮る。

 どうやら俺の質問はセティちゃんを追い詰めてしまう質問だったようだ。


「それよりおぬしは頑張って、なるべくたくさん食べる努力をしておれ」

「はい。頑張ります……!」

「よく噛むの忘れるなよ」

「はいっ」


 アリンに言われ、可愛らしく勢い込んで食事を始めるセティちゃん。ちなみに彼女のスープ皿は、俺の皿の半分の大きさもなかった。

 金髪ドリルはセティちゃんが食事を始めるのを見ると、口を開く。


「こやつは特別脆弱なやつでの。わらわのわずかな力でも感じ取って、苦しんでしまうのじゃよ。本当にひ弱いやつなのじゃ」


 脆弱、ひ弱い。アリンが重ねて言ったというのに、セティちゃんはもぐもぐと懸命に、楽しそうに口を動かす。

 俺はそんな彼女を見ながら、最初の質問をもう一度尋ねた。


「おまえが完全に力を押さえ込めば大丈夫なのか?」

「極論を言えばそうなるじゃろうが、それではルーシェのような輩が四六時中攻めてくるやもしれんぞ?」

「そっか。無防備になっちゃうのか」


 なにやら隣で騒ぎ始めたピンクな勇者さんがいるけど、ちょっとここは放置させてもらって。


「おまえがこの地を守るために必要な最低限の力でも、セティちゃんには毒になってしまうんだな」


 アリンは結界を張っていると聞いている。他にも俺が知らないことをやっているのかもしれない。

 彼女を守るために力を押さえると、他の外敵から彼女を守れなくなってしまうというジレンマのようだ。


「ん? じゃあ今って危険な状態? 結界の維持ができなくなってるとか?」

「危険な状態かどうかは別として、結界はいつもどおり働いておるよ」

「んんん?」


 頭の中で整理してみる。

 アリンの力が弱まっている。だからセティちゃんは元気になっている。でもアリンの結界は普段どおり。


「え、じゃあおまえの力が弱まったままでどういう問題があるんだ? やっぱり危険な状態なのか?」

「差し迫る問題はないかもしれんが、わらわの力は戻っていくぞ。あくまでわらわは魔力を使って少なくなっておるだけなのじゃからな」

「ふむ」


 魔力回復の基本は、よく食べてよく寝ること。食べて寝て起きてを繰り返していれば、自然と魔力も元通りになるのだろう。


「じゃあセティちゃんにとっては、だんだん暮らしにくくなっていくわけ? おまえが力を取り戻していくんだから」

「そうなるのう」

「……マズくない?」

「その都度発散させるしかあるまい。その際、ある程度は我慢してもらうことになるがの」

「なるほど。……俺がまた花火とか打つ?」

「打ちたいのか? じゃがあんなもの、いくら打ったところでわらわの力は弱まったりせんよ」

「あれ、そうなんだ。じゃあおまえは何にそんなに魔力を使ったんだ?」


 俺のその質問に、アリンは珍しくしまったという表情を浮かべた。


「ルーシェが世界を滅ぼす力って言ってた、あの昼間の覚醒?」

「もうこの話は終わりじゃ。さすがに小娘がうるさすぎる。これ以上刺激することもなかろう」

「ふむ。わかった」

「あのね……、あなたたちねえ……」


 アリンとの会話を終えると、ないがしろにされ続けたルーシェが爆発寸前になっていた。

 俺は彼女に振り向くと、先に話しかける。


「ルーシェって、セティちゃん好きだよな。やっぱり勇者と天使って相性いいのか?」

「え、ええ? う、うん。悪くないと思うけど……」

「やっぱそうか。って、あれ!? 今気付いたんだけど、じゃあルーシェがセティちゃんを癒やせばいいんじゃないのか? それなら堕天の心配もないんじゃ?」

「うっ……!」


 俺の言葉でルーシェが怯み、アリンは笑う。


「一度全力でやらせてみたのじゃが、大した結果を出せなかったのじゃよ」

「だ、だって……!」


 ピンク髪の勇者さん……。やっぱり頼りないですよ……。


「し、仕方ないでしょ!? 脆弱ひ弱って言われてるけど、この子本当にすごいのよ!?」


 ルーシェは、彼女の左隣に座るセティちゃんを抱きしめるように、肩に手を回して話し始める。

 ちなみにそのセティちゃんは、ルーシェに触れられたというのに楽しそうに食事を続けていた。他のことが目に入っていたのだろうか。それにしてはほとんどお皿が減っていないけど。


「私だって初めて見るような純粋な天使なのよ!? 勇者の名前を授けられたときに、たくさんの高位天使にも会ったのにもかかわらず、よ!?」

「おぬしの力が及ばなかったのには変わりあるまい」

「うぐっ!?」


 勇者が大魔王に打ちのめされていたが、それはさておき天使ちゃんは性格だけじゃなく能力も天使として恥じぬものがあるらしい。

 でも、だからこそ余計にアリンの力に過敏に反応してしまうのかもしれない。体が弱いのもあるのかもしれないけど。


 セティちゃんのことを考えながら、俺は口を開く。終わりにした話に、再び近づいた。


「やっぱアリンが適度に力を使って、セティちゃんが過ごしやすい環境を作るのがいいのかねえ? 何に力を使うよ?」

「結界の強化じゃな。今まで以上に力を注ぎ込み、強固なものにしていくとするか」

「それはいい考えだな。でもそれって、結界内のセティちゃんが苦しくならないのか?」

「そうならんように、なるべく上手くやるに決まっておるじゃろう」

「……さすがだな。それなら安心だ」


 ここで俺はスープを口にした。話はこれで一段落。そう思っていた。

 しかし、トーンを落とした真剣な声が聞こえてくる。勇者が、自分の意見を言い始める。


「それ……、止めない?」

「えっ?」


 俺は声を上げてルーシェを見る。

 視線を受けた彼女は一度はバツの悪そうな顔になるが、それでも小さな声ではっきりと言葉を続けた。


「差し迫る問題はないって、アリン自身が言ったじゃない。もう結界を強くするのは止めよ? セティのために魔力を使うなら、ハルがやったようにみんなが楽しいことに使おう?」


 いきなりのことで混乱していた俺は、アリンが愉悦を含んだ口調でルーシェに返事をするのを止められなかった。


「我が身を守ることすら、おぬしらは許さんと言うつもりか?」

「そうは言いたくない。今でも十分じゃないかって言ってるの。あなたが壁を高くすればするほど、見ている人は不安になるでしょ?」

「はるか遠くにある壁にまで、不安を感じられてものう」

「そんな距離、あなたにとってはあってないようなものでしょ? そんなあなたが存在するっていう事実を、人は壁を見るたびに思い出すのよ?」

「半端な高さの城壁を見た愚か者は、なんと思うじゃろうな? 与し易いと思うのではないか? ならばしっかりと力の差を見せつけてやるのも不要な争いを避ける道じゃろう」

「そ、その辺にしとこう。な?」


 俺が制止の声を挟んでも、勇者は進む。そして大魔王は、それ受けてさらに微笑む。彼女が挑んでくるのを楽しむように。


「セティのことだってそうよ。自分で言ってたでしょ? ある程度は我慢してもらう。なるべく上手くやる。結界を強めるとやっぱりセティには負担になるのよ」

「強化していく過程で苦労をかけるだけじゃ。出来上がってしまえば問題はない」

「だからその出来上がりを、今にしようと言ってるのよ……!」

「ルーシェ、ルーシェ、もう止めよう。ご飯食べよう」

「…………」


 俺が彼女の肩を揺らして必死になだめるていると、ルーシェは視線を合わしてきてくれて、その後渋々ながらも食事に戻ってくれた。

 危なかった。この話の根は深そうだ。そう考えながら、それでも胸を撫で下ろした俺。

 しかし、少女は一歩踏み込む。大魔王アリンは、このようなところで止まるような少女ではなかった。


「甘やかしはせんよ。あやつもそれを望むと言っておる。あやつはまだわかっていないことも多いじゃろうが、それでも覚悟だけは、すべてを受け入れる覚悟で帰ってきたのじゃよ」

「あ、アリン、おまえももうこの辺で――」

「――ッ! セティ!」


 俺の言葉の途中で、ルーシェが天使ちゃんの名を叫ぶ。くすぶっていた思いに、アリンが火がつけた。


「……?」


 大声で名前を呼ばれたセティちゃんは、そこで初めて周囲に気が付いたというようにキョトンと顔を上げた。口元に、小さく食べ残しが付いていた。

 彼女はそこでわずかに首を傾げる。その姿は場違いなほどに愛らしく、それゆえに、ルーシェに油を注いだ。


「アリンはこの子を堕天させたいの!? それともやっぱり心臓を食べちゃうの!?」


 椅子を跳ね飛ばし立ち上がり、同時にルーシェは食卓を叩く。

 事態は決定的となった。夕食の団らんは失われてしまった。


「わらわはこやつの助けなぞ必要とせん」


 このような状況でもまだなお、アリンは楽しそうに笑っていた。この状況を楽しんでいるようだった。


「どうだか! 命が消えゆくのを目前にしたら、やっぱり喰らうとか言い出すんじゃないの!?」

「それはこやつが望むことじゃ。わらわは食べてやらんぞ、無駄死にになるぞと言ってやったわ」

「心変わりしない証拠はどこにあるのよ!」

「では、心変わりするやもしれんのう。こやつの肝は禁断の美味じゃと聞いておる。さぞかし楽しませてくれるのじゃろうな」

「――ッ!!!」

「止めろ! ルーシェ!」


 ルーシェは怒り狂い、今にもアリンに飛びかかっていくように思えた。

 とっさに俺は、無我夢中でルーシェの体に飛びついていた。ルーシェは一歩も動かなかった。俺が止めなくても彼女が踏みとどまってくれたかどうかは、もうわからない。


 派手な音を立てて、俺とルーシェは床に転がる。体を捻り彼女の下敷きになった俺は、衝撃で肺の空気がすべて押し出されたようだった。

 しかし彼女はすぐに、悠然と上半身を起こす。慌てて腰に抱きつく俺を意に介さず、アリンを睨みつける。


「彼女だって一つの命。生きているのよ! あなたは自分勝手に彼女の命をもてあそぶつもりなの!? 取り返しがつかなくなる前に、引き返しなさいよ!」


 ルーシェのその言葉を聞いたアリンは、初めて驚きの表情を浮かべた。

 しかしそれは一瞬のこと。すぐにアリンは心から楽しそうに、そして不気味に微笑む。


「くっくっく。取り返しがつかなくなる前に、引き返せ、か」

「そうよ!」

「くっくっく」


 アリンは微笑みを浮かべたまま、ルーシェを見る。

 睨み返すルーシェを、アリンは少しの間眺めていた。ずっと、微笑んだままだった。

 そして、言った。


「ならば、おぬしとはお別れじゃな」

「……えっ?」


 まったくの予想外といった感じで、ルーシェはこぼした。

 アリンは諭すように、ゆっくりと話していく。


「おぬしの体はわらわの魔法で侵されておる。やがて変質が始まるじゃろう。それは遠い未来の話ではない。おぬしはセティと違い強い体を持っておるが、それでも限界はやって来るのじゃ」

「へ、変質したって私は私――あっ!?」

「くっくっく。変質したおぬしは、もう取り返しがつかんのう?」

「で、でも、私はセティとは違う。あの子と違って、私には代わりがいるわ」

「おかしいのう、自分で言っておったであろう? 彼女とて一つの命。生きている、とな」

「…………」


 ルーシェはなおも何か反論しようと口を開いたり閉じたりしていたようだが、話の形勢は圧倒的にアリンが有利だった。

 アリンは微笑みを、ニヤニヤとした表情に変化させる。しかしそれはどこか寂しそうでもあった。


「ま、おぬしなら向こうでも上手くやっていけるじゃろう。なに、簡単なことじゃ。わらわの結界を指を咥えて眺めておれば良いだけじゃからのう」

「ふ、ふざけないでよ……!」

「おぬしは明日の朝、元の世界に戻す。喜べ。その身の呪いを解いてやろうと言うのじゃからな」

「……私は私の意志でここに来たのよ。追い返されたって迷惑がられたって、何度でもやって来てやる!」

「くっくっく。おぬしに今のわらわの結界を破れるかのう? 永久の別れとなるのが、目に見えておるがのう」

「…………」


 俺からははっきり見えなかったが、ルーシェは顔に――目の付近に手を当てて、そしてもう片手で腰に手を回していた俺の腕を押しのけた。

 彼女はそのまま立ち上がり、まっすぐ食堂から出ていこうとする。

 しかし……。


「うぅ……!?」


 ルーシェは唐突に、苦しそうに胸に手を当てた。ルーシェの体を縛っている、そして蝕んでいるアリンの呪い。

 その彼女の背に、アリンが残酷に言葉を放つ。


「どこへ行こうというのじゃ? 食事はまだ終わっておらんぞ。おぬしがここで食べる最後の食事じゃ。残すことは許さんよ」


 アリンは、くくくと笑った。


「…………」


 ルーシェは感情のない顔で振り向くと、ゆっくりと歩いて戻ってくる。

 俺は床に転がったまま、彼女が近づいてくるのを見上げていた。


「食べましょう」


 ルーシェは倒れる俺に手を差し伸べると、抑揚のない声でそう言った。

 俺が彼女の手を取ると、力強く引き起こされる。


 そうして彼女は倒れた椅子も直すと、食事に戻った。

 誰とも目を合わさず、淡々と食べ物を口に運ぶ姿に、俺は最後まで声をかけることができなかった。


 セティちゃんは気が付くと食事に戻っていた。悲しそうな顔で小さな口を開けて、脇目も振らずに一心に食べていた。

 そして、最初から最後まで、ニムさんもマーレさんも口を出してくることはなかった。


「ごちそうさまでした」


 食べ終わったルーシェは一言言うと、椅子から立ち上がり軽く頭を下げ、今度こそ食堂から出ていってしまう。

 彼女の顔を再び見ることになったのは、誰もが寝静まった深夜。

 ルーシェは真剣な顔つきで俺の部屋を訪ねてきて、そして彼女の自室へと俺を誘うのだった。


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