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雨でも笑顔で


 いつしか外は大雨になっていた。

 大粒の雨が激しく大地に叩きつけられている。風はさほど強くはない。


 アリンの屋敷の玄関の前は、車寄せと呼ばれる空間がある。

 簡単に言えば玄関前の大きな雨宿りスペース。屋根がせり出してきて柱で補強され、地面も舗装されている。


 俺とマーレさんが準備を終えて玄関から外に出てみると、広場にはすでに大きな柱が二本建てられていた。

 目の前でまた一本の柱が、ニムさんに抱えてられて持ち出されてくる。彼女はその柱を、ひょいと空中で待機していたアリンへと投げ渡した。

 手を触れることなく柱を受け止めたアリンは、直立する二本の柱の上に最後の一本を乗せ、門の形を完成させた。


「あの子、戻ってくるの!?」


 少し遅れて、ルーシェが現れる。

 近くにいたマーレさんが頷くと、ルーシェはまた驚き、そして「私にも知らせてよ」と言った。ふてくされたような、本当に不機嫌そうな感じだった。


 心配になった俺が視線を向けていると、ルーシェはそれに気付いて困ったように笑った。

 次いで、ちょっと照れくさそうに俺の方に歩いてくる。


「ごめんなさい、情けない姿を見せちゃったね。あなたを見習って、私も前向きに生きていかなくちゃね」


 そうしてルーシェは、俺の手に持っているタオルを指差してくる。


「私がそれ持つよ。あの子の体は私が拭いてあげたい。女の子だしね」

「どうぞ」


 ルーシェにタオルを手渡す俺。女の子と聞いても前情報通りだったので驚かなかった。

 しかし、ルーシェが戻ってくる女の子に対し、拭いてあげたいと言ったのには驚いた。

 準備が忙しくて、そしてなんだか空気が張り詰めていたので、未だに誰が戻ってくるのかを聞けていない俺。

 状況的に最後の召使いさんで間違いないと思っていたのだが、ではなぜアリンの召使いにルーシェが好意的に接しているのだろうか。

 いや、それは俺も同じことか。


「俺が雨の中戻ってきたら、ルーシェが体を拭いてくれる?」

「えっ……?」


 素でドン引きする表情を見せてくれたピンク髪の勇者。結構傷つくんですけど。

 ……いや、この場合は俺が悪いのか。


「まあ。ハル様はつれない御方ですわ。そのようなお役目はぜひ私にお申し付けください。責任を持って、全身を隅々までねっとり拭いて差し上げますわ」


 しかもマーレさんまで話に加わってきてしまう。あっという間に俺、大ピンチ。ねっとり拭くってなんだよ。


「……ねえ、あなたとマーレって早くもそういう関係なのかしら?」

「お互いの部屋の位置を知っている仲です。深夜に訪ねてきてくれることも約束してくださいました」

「マーレには聞いてないわよ! って、深夜に行き来する仲!?」


 まだ一度も魔界の夜を拝んだことがない俺に対して、ひどい風評が立っていた。ていうかそんな約束してませんよ悪魔メイドさん。あとツッコミ間に合いませんよ。


「なんだか楽しそうなお話してるにゃー」

「だああああ! それより俺にこれから帰ってくる人について教えてくださいよ!」


 大きな声で無理矢理収集を図る俺。

 すると予想外のことに、ピタリとみんな話を止めてしまった。

 俺は不思議に思い、キョロキョロとそれぞれの顔を見比べる。


「あれ? 帰ってくる人って最後の召使いの人なんですよね?」

「そうだにゃー」


 答えてくれたのは、皆が静まる中でもニコニコ笑顔を崩さないニムさん。


「……もしかして、ワケありの人だったりします?」

「あるにゃー」

「いやあ、やっぱりないですよね。って、あるんですか!?」


 帰ってくる人はワケありのはずがない。そう思っていたのに、ニムさんはあっさりとワケありの人だと認めてしまった。

 実際、屋敷の住人はいい人ばかりだと思っていたのに、最後の一人は戻ってくるとなると張り詰めた雰囲気になり、そしてどういう人かと聞くとみんな戸惑ってしまう。

 ワケありの人。一体その人はどういう人なんだろう。


「確認だけど、ルーシェはその人の体を拭いてあげたいんだよな?」

「そ、そうよ。あなたのことも頼まれたら――ふ、拭いてあげてもいいんだからね!」


 ややこしくなるので、それはもういい。


「ルーシェが体を拭いてあげたくなるような、ワケありのアリンの召使いの女の子?」


 ゴキッと音が鳴りそうなくらい、首を傾げる俺。

 さっぱりどういう人なのかわからずに、俺は視線でニムさんに助けを求める。

 しかし、その直後。不機嫌ではないが呆れたような声が聞こえてきた。


「おぬしら、主を差し置いて何を盛り上がっておるのじゃ」

「げ、アリン!?」

「げ、とはなんじゃ、げ、とは」

「ひぎゃぁああああああ!」


 またも電撃をもらってしまう俺。そして強制回復。我がご主人様、金髪ドリルのアリンだった。

 アリンに対し、マーレさんは深々と頭を下げ、ニムさんはニコニコと笑いかける。ルーシェは俺とアリンを交互に見て反応に困っていた。


「まあ、辛気くさい顔は止めよと言ったばかりじゃ。あやつも明るい顔で出迎えられる方が良いじゃろう」


 マーレさんに何か飲み物を手渡され、それを一気に飲み干すアリン。

 広場を見てみると、地面に建てられた門の周囲に円形で外周だけの魔法陣が描かれていた。すでに薄らぼんやりと赤黒く光っている。

 アリンはあれを描いていたので、こちらに戻ってくるのが遅くなったのだろう。


 復活した俺は、質問する相手をアリンに変える。


「辛気くさくなる、急に帰還が決定した。――何か問題が起こったのか?」


 ズバリとアリンに尋ねる。アリンは笑って言った。


「ああ、おぬしのせいでな?」

「……俺!?」


 まったく想定外の返答だった。俺がここに来たことでその人が帰ってくる羽目になる理由?

 青ざめながらも必死で頭を回転させる俺を見て、アリンはもう一度笑った。


「この屋敷の周囲には結界を張っておる」

「あ、ああ。ルーシェに聞いたよ。危険な生き物とかが近寄ってこないようにしてるんだっけ」

「まあ、そうじゃな。それでじゃな、その結界は異常が起これば知らせてくるのじゃよ」

「あー……、たしかに俺が問題だったわ」


 アリンの言い出す内容がわかり、俺は罪悪感で胸が苦しくなった。

 さきほどルーシェの魔法陣を暴走させて大きな魔法をぶっ放してしまったこと。アリンの魔力を借りて花火のような魔法を何度も打ち上げたこと。

 おそらく前者だろうが、それがアリンの結界に異常事態と判断されて――まあ判断も何も異常事態そのものなのだが――その知らせが出かけている召使いの人にも伝わってしまったのだろう。


「ごめんなさい。申し訳ありませんでした」

「くっくっく。わらわは問題が起こったと答えただけじゃぞ? おぬしの魔法は派手なものじゃったが、それに慌ててあやつが戻ってくるわけではない」

「え、そうなんだ?」

「喜ぶのはまだ早いかもしれんぞ? おぬしの魔法で慌てて戻ってくるのではないが、あやつはおぬしに会ってみたいと戻ってくるのじゃよ?」

「……俺に会いたい?」


 表面上だけ捉えるなら、魔法を撃った俺という人物に興味が湧いて帰ってくるということでいいのだろうが、今の事態は少し複雑だ。

 アリンの召使いさんは、アリンの命を受けて探し物をしているはずなのだ。それが彼女の意志で俺に会いに戻れるのだろうか。またすぐ出かけるのだろうか。それと、急に戻ってくる彼女を出迎える際、暗い雰囲気になってしまうのはなぜなのだろうか。


 どうしてなのかと考え込む俺の横から、ルーシェがアリンに問いかける。


「あの子、ハルに会いたいって言って帰ってくるの?」

「厳密には違うがな。あやつはハルが来て賑やかになったこの屋敷に、戻ってきたくなったそうじゃ」

「……そっか」

「ま、それがあやつの選択じゃよ」

「うん……」


 ルーシェとアリンの意味深な会話。

 俺は考えるのを止め、まっすぐにアリンに疑問をぶつける。


「その人が戻ってくると、どうして暗くなってしまうんだ? 純粋に、明るく出迎えてあげることは出来ないのか?」


 アリンは俺の問いに、いや、俺以外の全員が多かれ少なかれ悲しそうな表情を浮かべる。ニムさんですら、ニコニコ顔が少し寂しそうだった。

 もう俺は、みんなのその表情だけで胸が苦しくなる。だが、アリンは寂しげに微笑むと俺にトドメを放った。


「あやつは理想郷を見つけることを諦めたのじゃよ。そうしてこの屋敷に戻り、緩やかに迫る死と正面から向き合うつもりなのじゃろう」


 その言葉を聞いた瞬間、自分のことではないのに心臓が止まってしまうかのように胸が苦しくなった。

 言葉が出てこない。この屋敷の住人に、そんな重い枷を背負った人がいるなんて。


 自分のことではないのに、まるで医者から余命宣告を受けてしまったかのような気分。

 衝撃で頭が回らなくなり、次に何を話せばいいのかわからなくなる俺。そんな俺にアリンは……。


「ま、なんとかなるじゃろ。いざとなればわらわが治せば良い」


 盛大にちゃぶ台返しを決めてくれた。


「なんとかなるのかよ!!!」

「くっくっく」


 悪ふざけが過ぎるだろう。そのとき俺はかなり本気でアリンを憎らしく思っていた。

 しかし事態はもっと複雑で。アリンは嘘を言ってなくて。みんなが暗い顔をしているのにもちゃんとわけがあって。


 彼女はとても悲しい運命を背負った女の子だった。


「さて、もう間もなく戻ってくるじゃろう。後は黙ってあやつの戻りを待ってやることにしよう」


 アリンが転移門を向いてしまったので、俺もそれ以上何も言わなかった。

 自然と皆が軒下に並び、アリン以外は俺とマーレさんが準備した傘やタオル、温かい飲み物を手に取った。


 しばし、雨音だけが世界を支配する。

 屋敷の住人の最後の一人。全員が勢揃いするのが、目前に迫っていた。


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