表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/20

尻尾を追って屋敷探検


 雨音を、ぼんやり聞いていた。

 自室のベッドの上。俺は仰向けに寝転がり、頭の後ろで手を組む。


 魔法を堪能した俺は、皆に称賛や祝福の言葉をかけてもらった。魔法陣の暴走のことなどは、何一つ言われなかった。

 気になっていたのは、やはりルーシェのことだった。彼女は終始、思いつめたような顔をしていた。

 俺が謝罪しても「気にしないで」と笑うばかり。時が経つのを待つしかないのだろうか。あまり思い悩まないでほしいのだが。


 その後はアリンに部屋で休めと命じられた。

 さすがに今度ばかりは俺もおとなしく従って、そのまましばらくベッドで休んでいたのだが――。


「……暇だ」


 自分でも信じられないことだが、俺の体はいつになっても不調を訴えてこない。

 それどころか、常にベストなコンディション――とは言えないかもしれないが、それに近い状態を維持している。

 本当に頑丈になってしまったのだろうか。それとも、アリンの魔法でちゃんと癒やされているからだろうか。

 とにかく、あれほどの魔法を使った後でも、俺の体は健康そのものだった。


 そして、健康な体でただ休むだけというのは中々に辛い。

 特にこの世界に来たばかりの俺には、気になることがたくさんありすぎる。


「(ちょっとは出歩いてもいいかな?)」


 俺は二階はそれぞれの個室が多いのでみだりに立ち入らぬようにとは言われているが、屋敷の中を出歩くなとは言われていない。

 今は体を休めろと言われてはいるが、それでも俺は、部屋から出る言い訳になる理由を二つ思い付いていた。


 一つは、アリンに倉庫から椅子を出しておけと言われていたこと。俺がここに来たことで、食堂の椅子が一つ足りなくなっているのだ。

 使いに出している召使いの人はまだいつ帰るのか決まっていないようだが、早めに出しておいてもいいだろう。今の俺の状況でやるべきかどうかには、この際目をつぶる。


 そしてもう一つは、まだあまり話したことがない人、猫耳のニムさんにお礼を言うのを忘れていたことだった。


「(俺がアリンと仲直りするために居場所を教えてくれたり、アリンの心情を話してくれたり、さっきもちゃんと魔法陣の側に来てフォローしてくれてたし、俺の晴れ舞台を見てもらうためにマーレさんも呼びに行ってくれたみたいだし)」


 目立ちこそしないが、彼女のアシストはとても助けになっている。

 ちゃんと会ってお礼を言いたい。遅くなってしまってごめんなさいと謝りたい。


「よし。体の調子も悪くないし、椅子を出しに行くついでという理由で彼女を探しに行こう」


 俺はそう心に決めた。

 ベッドから起き上がりスリッパを履く。


 俺はコソコソと部屋の入口のドアに張り付き、そーっと開けて廊下を伺い見る。


「(……誰もいないな)」


 わずかに首を突き出して左右の確認を済ませる。

 そして俺はゆっくりと体を部屋の外に出すと、静かに扉を閉めた。


「(……と言っても、ニムさんはどこにいるのだろう?)」


 彼女については、まだまだわからないことだらけの俺。

 仕方がないので先に倉庫から椅子を取り出すことにする。倉庫の場所ならすでに教えられている。


「(……ええと、玄関ホールから一階に降りて……)」


 そんな風に考えながら廊下を歩いていると、十も歩かない内に後ろから声をかけられた。


「どこへ行くのにゃ?」

「うわあ!」


 めちゃくちゃビビッた。

 さっきまでは誰も居なかったはずなのに、振り向けばすぐ側にニムさんが立っていた。


「にゃはは。驚かせちゃってごめんにゃ」


 彼女は出会ったときの台詞を再び言った。

 ここの屋敷の住人は、皆が皆ワープでも出来るのだろうか。


「ニムさんも空間を移動できるんですか?」

「魔法かにゃ? ボクはここでたぶん、一番下手だと思うにゃー」


 どうやらそうらしい。でも、なんとなく彼女のイメージ通りだ。

 猫耳ニムさんの見た目は、魔法タイプというよりスピードタイプと言われるのが一番しっくり来る。ということは空間を渡ってきたのではなく、高速移動でやって来たんだろう。


「それで、どこへ向かってたのにゃ?」

「あ! その、これは!」


 ニムさんの問いで、俺は休めと言われているのに出歩いている事実を思い出す。

 慌てて言い訳をしようとする俺だったが、驚いたことにニムさんは人差し指を唇の前で立てた。

 それは俺にも通じる、静かにしようというメッセージ。

 こちらでも、俺の知っているジェスチャーと同じものがいくつかあるようだ。


「ここはルーシェの部屋の近くにゃ。この屋敷は音が漏れにくいようになってるけど、それでも大声を出してると気付かれちゃうにゃ」

「わ、わかりました」

「普通に話す分なら問題ないにゃ。勇者なら集中すれば聞こえるかもしれないけど、まあ大丈夫だと思うけどにゃー。念のために移動するかにゃ?」

「あ、じゃ、じゃあ、倉庫に行きましょう」

「わかったにゃ」


 トコトコと俺の左隣を歩き始める猫耳さん。


「椅子を出しに行くのかにゃ?」

「はい、アリンに言われてて。……あのときの会話、聞こえてました?」

「ボクは耳がいいんだにゃー。今だってハルくんが部屋を出た音がしたから、会いに来たんだにゃ」

「そ、そうだったんですか。静かに閉めたはずなのに、すごいですね」

「にゃはは。実はずっと気になってたから、余計にちゃんと聞こえたんだにゃ」

「それは……、光栄です」


 なんだか先手を取られてしまった気がした。 

 俺は立ち止まると、すぐに彼女に向かって頭を下げた。


「実は俺もニムさんを探してました。今まで色々と助けてもらってありがとうございます。お礼を言うのが遅くなってすみませんでした」


 ニムさんも立ち止まって、頭を下げた俺を見る気配。

 すると、下を向いた俺の視界に、茶と白が混ざった尻尾が飛び込んできた。


「うわっ。く、くすぐったいですって」


 彼女の尻尾が頬に触れてくる。俺は苦笑しながら顔を上げた。

 ニムさんは、彼女がいつもしているニコニコ顔で俺に言った。


「尻尾が顔に触るの、嫌じゃなかったかにゃ?」

「あ、はい。全然平気ですよ」


 改めてニムさんはニコリと笑う。本当に人当たりのいい笑顔をする人だった。


「気楽に行こー。ボクとハルくんはもう友だちだにゃ」

「おお。お、俺も、ニムさんに友だちだと言ってもらえて嬉しいです。大きな声を出せなくて悔しいです」

「にゃはは。まだまだ肩に力が入ってるにゃー」

「すみません」


 笑いながら謝る俺。

 和やかな雰囲気で、玄関ホールの階段を降りる。倉庫はもう目の前だ。

 アリンの屋敷は玄関真正面の大部屋が倉庫なのだ。


「しかし、すごい部屋を倉庫に使ってますね。普通は来賓用の部屋だと思うんですが。中は丸々荷物置き場なんですか?」

「そうだにゃ。いっぱい物が詰まってるにゃ」

「屋敷の心臓部と言っても過言ではない部屋ですね。というか、ニムさんが居なければ俺一人で入ることになってたんですけど、やっぱり誰かの監視なしに入るのはまずかったですかね?」

「にゃ? 特に誰かと一緒に入れとかは、言われてなかったと思うけどにゃー」

「そう、ですよね? なんか今になって不安になったと言うか、記憶に自信が持てなくなったというか」


 そうやって話しながら歩き続け、倉庫前の豪華な扉にたどり着く。どうみてもやはり、来賓用の部屋を倉庫に使っている。

 ニムさんは扉に手をかけながらも、倉庫に一人で入るのが恐れ多いと言った俺に微笑みかけてくる。


「にゃはは。気にせずどこでも入ればいいにゃ。誰かの寝室でも、誰かが入っているお風呂場でも」

「いやいやいや。無理ですって」

「そこで踏み込まれる相手のことも考えて返事をするハルくんだからこそ、姫様は倉庫に入るのを嫌がらないんだにゃ。かなり大切なものも仕舞ってるのににゃー」

「…………」


 返事に詰まった俺に、ニムさんは話を続ける。


「そもそもアリンが気に入らない者を屋敷に入れたり目の前で無邪気に笑ったりするわけがないにゃ。ハルくんは最初から、アリンに気に入られているんだにゃ」

「な、なるほど。……ん?」


 なんとなく勢いに流されて納得しかけたけど、さりげなくすごいぶっちゃけ話が混ざった気がする。

 ニムさんが倉庫の扉を開けたので、俺は慌てて後を追う。


「アリン!? 今アリンって言いましたよね!? 普段は姫様って呼んでるのに!」

「にゃはは。ハルくんだってアリンって呼んでるにゃ」

「そ、そうですけど……。あ、それと! そんなにはっきりアリンのこと言っちゃってもいいんですか!?」

「椅子、あそこにあるにゃ。すぐに見つかって良かったにゃ」

「ニムさーん!?」


 俺の問い詰めにも、ニコニコ笑顔を崩さないニムさん。

 ニムさんの発言は、使用人が影でこっそり主人のことを話すという感じではなかった。アリンのことを良く知っていて、しかも普段から呼び慣れているような自然さを感じた。


「ニムさんは、アリンに怒られたりしないんですか?」

「ボクもビリッと撃たれちゃうかにゃー? 撃たれてみたいにゃー」

「えええ……? た、頼んでみたらいいんじゃないですか?」

「それはいい考えにゃ。――はい、椅子」


 彼女に椅子を手渡され、さらにはニコニコと微笑みかけられる俺。

 なんだか毒気を抜かれてしまったような気分だった。気にならなくなったと言えば嘘になるが、彼女の素性がどうあれ、もう友だちなのには変わりない。


「いつも呼び捨てにしてる俺が言えた義理ではないのですが……、なんというか、驚きました」

「にゃはは」


 椅子を持っている俺の代わりに、ニムさんが扉を閉めてくれる。

 そういえば彼女の話に動転して、倉庫の中をじっくりと観察できなかったなと思った。

 ニムさんは扉を閉め終わると、食堂へと向かう。

 俺も彼女の揺れる尻尾を追うように、後に続いた。


「この椅子が使われる日は、いつになるんでしょうね」


 ニムさんの横に並んだ俺は、持っている椅子に関連する話をし始めた。


「楽しみなのかにゃ?」

「もちろん! 一日でも早く会ってみたいです!」


 椅子が全部使われる日は、召使いの人がおつかいから帰ってきた日。

 どんな人なのかはまだ全然聞かされてないけど、それでも俺は楽しみだった。


 倉庫は玄関ホール正面の大部屋。食堂は玄関ホール右手。

 椅子を持っての移動はあっさり終わり、食卓に椅子を一つ足してミッションコンプリート。

 俺はあっという間に、部屋から出てきた理由を失ってしまった。


「さて、俺はこれで戻るべきですかね? 出歩いてると怒られちゃうかな」

「ボクはマーレのようにも、姫様のようにもハルくんの体のことは判断はできないにゃ」

「そうですか……、そうですよね」


 俺は沈んだ声を出して仕方がないかなと俯く。しかしニムさんの次の台詞で勢い良く顔を上げた。


「でも、ボクはやっとハルくんとお話できる機会に恵まれたんだにゃ。ハルくんさえ良ければ、もう少しお話したいにゃー」

「お、俺も、まだまだニムさんと話がしたいです!」


 俺の言葉で一層ニコニコと、嬉しそうにしてくれるニムさん。


「じゃあ、ハルくんのお部屋でお話するにゃ?」

「あー、えっと」


 ニムさんに言われ、とっさに彼女と部屋で二人きりになる姿を想像する。

 状況的に、俺はベッドに寝転び、彼女が横に椅子を持ってきて話すようになるのだろうか?

 それはさすがに恥ずかしい。


「お、俺の体は平気なので、屋敷の中を案内してもらえませんか!」


 俺がそう言うと、ニムさんは驚いたように目をまばたかせた。


「ボクのことも女の子扱いしてくれるのかにゃ?」


 ニムさんはすぐに、俺の心の照れに気付いたらしい。


「もちろんですよ! あなたの頬がすべすべだったことは今でも忘れていませんよ! あなたは魅力的な女性です!」


 ニムさんが自身を卑下してしまったように感じたので、俺はそんなことはないということを過度にアピールしてしまった。

 発言の直後、かつてないほど顔が赤くなった気がした。けど、ニムさんは他の住人のように茶化してはこなかった。


 彼女は彼女らしい、あの人当たりのいい笑顔で答えた。


「ありがとう」


 改めて、この屋敷にはいろんな魅力を持った人がいるんだなあと、彼女を見ながらそう感じた。


「ニムさんって、語尾ににゃーを付けなくても喋れるんじゃないですか?」

「にゃはは」


 照れと恥ずかしさから、俺は彼女を茶化してみる。でも彼女はニコニコと笑うだけだった。


「じゃあ、屋敷を案内するにゃ。と言っても、ハルくんの気を引くところあるかにゃー?」

「うーん」


 個人的に一番気になる場所は、やはり調理場なのだが……。


「この食堂の奥にあるのが、調理場なんですよね?」

「そうだにゃ」

「ちょっと見せてもらうことは……、やっぱりできませんよね?」

「触らなければいいんじゃないかにゃ? ボクも姫様も、小腹が空いたら勝手に入るにゃ」

「そ、そうなんですか! ……いえ、やっぱり止めておきます」


 調理場の主は、あの悪魔メイドさんだろう。彼女に無断で入るのは、よほどの状況でない限り後が怖い。

 ニムさんも、俺がいじられる可能性に思い当たったようだ。俺の話にすんなりと同意してくれる。


「マーレもハルくんのことが大好きみたいだからにゃー。たしかに止めておいたほうが無難かもしれないにゃ」

「すみません、せっかく言ってくれたのに」

「にゃはは。じゃあ、お風呂を見に行くにゃ」


 ニムさんは食堂を出ると、屋敷の一階奥へと進んでいく。

 彼女がお風呂を選んだ理由は、純粋に俺の生活に必要だからという理由っぽかった。


 いくつか部屋の前を通り過ぎると、ニムさんは引き戸を開けて中に入る。

 そこは脱衣室のようで、奥にも引き戸が見える。

 あそこが風呂場だろうと考えていた俺の前で、そのままニムさんは平然とその引き戸を開ける。

 誰かが入っていたらどうすれば!? と緊張したのは内緒だ。


「おおー、広くて綺麗なお風呂場だ。ていうか、もう湯船が張られてる」


 風呂場は、いつでも入れる状態でセットされていた。

 湯船の大きさも風呂場自体の広さもかなりのもの。旅館の大浴場とまではいかないが、十人くらいは余裕で体を伸ばして入れるくらいの湯船だった。

 しかし、シャワーヘッドは見当たらなかった。湯船も広いのが一つだけだし、ここは俺の出番だろうか。

 まあ、すでに魔法で解決してることなのかもしれないのだが。


「元々は姫様が好きだから立派なお風呂にしたんだけど、今じゃルーシェのほうがたくさん入ってるにゃ。いつでも入れるように綺麗に準備されてるのは勇者の功績にゃ」


 お風呂担当の勇者。一番よく使うから、彼女が担当を任されているようだ。

 というかむしろ、ルーシェの方から無理矢理風呂の準備を始めたのかもしれない。


「この大きさのお風呂を一日中沸いたままにするなら、たしかに薪がたくさん必要そうですね」

「にゃ? 魔法でお湯も冷めにくくなってるし、そこまで薪は必要じゃないはずにゃ。この屋敷で一番力が入っている場所がこのお風呂なんだにゃ」

「ほほー……」


 開拓者の拠点で、風呂が一番力を入れて作られているという事実。

 普通なら、娯楽に割ける労力は不足しがちだと思うのだが……。やはりアリンたちには危機感やら切羽詰まった感じが見受けられない。

 その辺の事情も、いつか詳しく聞いてみたいと思った。


「今から入るにゃ? 体も休まるかもしれないにゃ」

「とても素敵な提案なのですが、今はまだニムさんと話がしたいので後にします」

「お風呂は好きかにゃ?」

「好きですよ。特に足を伸ばして入れる風呂は、俺にとって結構な贅沢に分類されるので」

「なら良かったにゃ」


 俺とニムさんは、歩いて廊下へと戻る。

 そこで彼女は、俺に屋敷の説明を始めてくれた。


「こんな風に、生活に必要な設備は全部屋敷の右半分に集まってるにゃ。ハルくんのお部屋も二階の右側にあるし、ハルくんは屋敷の右側だけ覚えるだけでもちゃんと暮らしていけるはずにゃ」

「なるほど。たしかにこの上辺りが俺の部屋ですね」

「うんうん」


 話を聞いている限りでは、アリンの屋敷は俺の知る洋館と設備面ではあまり変わりはないらしい。一番特殊な場所が王座の間なのだろうか。


「魔法陣が常に描かれてあって、魔法の薬とか調合したり、実験をする部屋みたいなのはないんですか?」

「そういうのは本来なら地下に作る予定だったんだけど、引っ越しの際に邪魔になっちゃうから作られなかったんだにゃ。この屋敷は元々違う場所で作られて、姫様の魔法でここにザクッと植え付けたんだにゃ。だから地下施設は作れなかったんだにゃ」

「な、なるほど……」


 豪快な施工方法だった。

 魔法の部屋みたいなのはこちらの世界には存在するけど、この屋敷には作られていないらしい。

 と思ったら、すぐにニムさんが続ける。


「それに似た部屋ならそこにあるんだけどにゃー」


 あるのかよ。俺は心の中でツッコんだ。

 ニムさんが食堂の隣に当たる部屋を指し示したので、その部屋の前まで移動する俺たち。


「開けてもいいんですか?」

「いいけど、この部屋も事実上の管理者はマーレだにゃ」

「ああ。お医者さんみたいですし、薬の調合をしてもおかしくないですね」

「にゃはは。そっちじゃないにゃ」

「そっちじゃない?」


 ニムさんはそれ以上答えず、代わりに無造作に扉を開けた。


「ちょっ!?」


 俺の目に否応なしに飛び込んでくる部屋の内部。

 そこはたしかに病院の薬剤所とは全く違う、まさにファンタジーの調合部屋だった。

 薄暗い室内。魔法陣の上に大釜。怪しげな色の液体が詰まった瓶。


「にゃにゃーん」


 ニムさんはそう言いながら、すぐに扉を閉める。

 でも俺の頭の中には、ドデカイ三角帽子をかぶったローブ姿のマーレさんが、妖艶に微笑みながら杖で大釜をかき混ぜている姿が思い浮かんで離れなくなってしまった。


「マーレの実家は、昔から呪術に長けた家なんだにゃ」

「ぶ、本当にそういう人だったの!?」


 ここに来て、さらなる属性の追加だった。悪魔で新米メイドでお医者さんで呪術師。


「マーレには元々他者の体を呪う知識があったからこそ、それを応用してお医者さんになったんだにゃ。呪術一本ならアリンの側に居られないという思いもあったんだと思うにゃ」

「ほへー……」


 間抜けな声を上げながら、ただただニムさんの話に聞き入る。

 マーレさんもアリンに仕えるためにたくさん努力をしてきたようだ。俺も頑張らないと。

 しっかし、他者を呪う知識てオイ。どうなのよ?


 ニムさんはもう一度笑い、食堂の方へと歩き始める。

 フリフリ揺れる彼女の尻尾。俺は笑うと、その尻尾の持ち主へと話しかける。


「でも、それにしても、本当にニムさんって何者なんですか?」


 アリンのことを呼び捨てにして、マーレさんのことも詳しく知っていて。

 それでいて彼女らのことを話すことにためらいがない。


 ニムさんはすぐに振り返ると、またいつものようにニコニコと笑顔を浮かべるのだった。


「いつも寝てばかりのぐうたら猫だにゃ」

「えー? それだけじゃないでしょ?」


 俺はもう一度笑うと、小走りに彼女の横に並ぶ。

 すると彼女は、突然話題を変えた。


「ハルくんといっぱい話せたにゃ。楽しかったにゃ」

「え? あ、はい。俺もです。ありがとうございました?」


 いきなりのことだったので、俺は頭にハテナマークを浮かべながら答える。

 ニムさんは自分が何者かを尋ねられて、答えに困って逃げたようには思えなかった。


 どうしてだろうと考える俺。しかし、彼女がそう言い出した理由はすぐにわかった。二人だけの時間が終わってしまったのだ。


「ふむ。相変わらずベラベラと喋りまくっておるようじゃな? そして後ろの愚か者は、いつになったら休むのじゃ? ぶっ倒れても治してやらんぞ?」


 不意に響く、金髪ドリルの声。またも前触れなく、アリンが空中に現れる。

 俺はとても驚いたのだが、ニムさんはアリンに当たり前のように話しかけていた。


「にゃー? わざわざ魔法で出てくるなんて、どうしたんだにゃ?」

「ああ、急用じゃよ。今より転移門を用意することにした。おいハル、おぬしも手伝え」

「え? え? なんで転移門?」


 一方、事態に追いつけずにますます混乱する俺。

 見ると、二階からマーレさんもスカートの裾を押さえ小走りに降りてくる姿も確認できる。


「外で魔法を使いすぎたからのう。少し場が不安定かもしれぬゆえ、安全策として転移門を組み立てることにしたのじゃよ」

「……俺の責任?」


 アリンは苦笑すると、俺に言う。


「たわけ。下僕が要らぬ気を回すでない。責任の所在を問われればわらわの責任に決まっておろう。おぬしは黙ってマーレと一緒に準備を始めておれ」

「わ、わかった。でも、誰かがどこかに出かけるのか?」


 俺の問いに金髪ドリルは寂しげに笑うと、言った。


「あやつが帰ってくると言い出したのじゃよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ