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干した赤い果物


「ひゃっほう! 初めての食事だぜ!」

「いや、もう無理に振る舞わなくとも構わんからの?」


 アリンに魔力がないと言われ、部屋の空気は重く沈みそうになった。

 そこへ、絶妙なタイミングでマーレさんが現れる。

 食事が乗った台車を押してきて、彼女は言った。「皆様、まずはお食事になさいませんか?」と。その言葉を聞いた俺は、凍りついていた頭が回り始めた。


 普段から重苦しい雰囲気は嫌いな俺。特に食卓ではその気持が強かった。

 明るい雰囲気で食べれば食事だってもっと美味しくなる。そんな考えから、俺は無理矢理明るく振る舞って場の雰囲気を改善させていた。






 目の前に並べられたメニューは、紫色のスープ、パンのような焦げ茶の焼き物、白っぽい飲み物、干した果物であろう赤い乾物。以上。

 アリンの屋敷では、主人も使用人も下僕も奴隷も、みんな同じテーブルで同じメニューを同じタイミングで食べ始めるようだ。

 アリンが「ではいただくとするか」と言うと、各々が思い思いの挨拶もしくは動作をして食べ始める。祈るような大げさな動作をするような人はいなかった。


「ひゃっほう! 鮮やかな紫のスープだぜ!」

「だからもうそれは止めい」


 ドロッとした、根野菜っぽいものがゴロゴロと入っているスープ。謎肉のようなものは見えない。

 俺は右手にスプーンのようなものを持ち、すぐに口に運んだ。味は意外にもあっさりとした塩味の野菜スープだった。ちなみに食器は銀製。……だと思う。


「上品な味で美味しいです」


 すぐにマーレさんにそう言った。彼女は俺を見てニコリと笑い、返事をしてくる。


「ありがとうございます。スープのおかわりはたくさんありますので、遠慮なく言ってくださいね?」

「は、はぁ……。わかりました」


 俺は彼女の言葉を聞いて、自分の周囲を見渡してみる。


 並べられたメニューは同じだけど、並べられていたお皿の大きさはそれぞれに違っていた。

 よく見ると、俺の皿がマーレさんと同じもので、この中では一番小さかった。

 小さいと言っても、成人男性が食べるスープのお皿としては十分な大きさがある。これでたくさんおかわりしてくれと言われても困ってしまう。


 次に大きいのはニムさん。俺とマーレさんより一回り大きい。その次はルーシェ。さらに一回り大きい。この世界の人たちはみんな大食らいのようだ。

 そして極めつけは……。


「おまえって、めちゃくちゃ食うのな」


 土鍋かよ、とツッコミを入れたくなるようなアリンの器。銀製なのに土鍋。土鍋なのに銀製。

 小さな体のどこにそれだけ入るのかと疑問に思えてくるほど、アリンはモリモリと食事を平らげていく。


「魔力の回復の基本は、よく食べてよく寝ることじゃ。魔力を持たぬおぬしには、縁のない話じゃろうがな」

「……一度でもバレた事実は、次からは容赦なくネタにしてくるのか」

「くくく」


 アリンは笑い、パンのようなものを食い千切った。

 まあ変に気を遣われるよりは笑い飛ばされる方が、こちらとしても気が楽なのだが。


 俺もアリンを真似てパンっぽい焦げ茶の食べ物をかじってみる。硬かったが焦げているわけではない。スープに浸して食べるものだろうか。

 原料はわからない。少なくとも、小麦でもライ麦でもなかった。


「……その、アリンの冗談なんて気にしちゃダメよ?」


 そこで、左隣に座っているルーシェが恐る恐る声をかけてきた。

 どうやら彼女には、俺が落ち込んでいないことが伝わりきっていなかったようだ。


「平気平気。アリンがいじめてくるのはいつものことだし、魔力がなくても生きていけそうだし」

「……そう。強い人ね。ねえ、体の具合は悪くないの? 頭に少しでも、違和感とかないの?」


 話を聞いてルーシェも俺の体が心配になったようだ。頭に違和感……、意思疎通の魔法とやらの話が関係しているのだろうか?


「そっちも全然平気。むしろ絶好調」

「……無理しないでね?」

「ありがとう。ルーシェも俺のことは気にしなくていいよ」

「そういうわけにはいかないけど……、わかったわ。あなたが明るく振る舞っているのに、私が暗くしてちゃダメよね」


 ルーシェは笑った。ちょっと無理しているような表情だったけど、それでも俺の想いは伝わったようだ。

 彼女が食事に戻ったのを見て、俺もそれに習う。

 スープ、パンと来たので次は謎ジュース。白っぽい、やや濁った液体。飲んでみると……、意外にもあまり味がしない。ジュースというか、お茶のような扱いだろうか。


「代わりをくれ」

「早っ。しかもまだ食うのかよ」


 アリンが二杯目の土鍋に突入する。よほどお腹が空いていたみたいだ。


「魔法を使えばお腹が空くのか?」

「まあ、そうじゃな」

「ふむ」


 体力も魔力も同じような感覚なのだろうか。

 そこで俺は、突如あることに気がついた。


「俺、今ふと思ったけどさ」

「なんじゃ」

「俺もこっちの食材をたくさん食べて寝たら、魔力を得られるんじゃないか?」


 それを聞いたアリンはなぜか苦笑した。

 そして、その後笑いながら言う。


「食事の最後にしろ」

「あ、ああ。すまなかった。まずは食べることにするよ」

「くっくっく。少し勘違いをしておる。おぬしらには甘いものを食事の最後に食べるという文化はないのか?」


 俺は眉をひそめた。食事の最後に甘いものを食べる?

 それはデザートのことを指しているのだろうか。


「その考えは理解できるよ。甘いものを食べたら満足感が生まれるから、最後に食べて食事の締めにするといいって考え方だろ?」


 アリンは笑い、そして無言である一点を指し示した。

 俺はその指し示された物を見る。


「赤い果物? これがそれに当たるってこと?」

「そうじゃ」

「ふむ」


 それは、干し柿のような質感の赤くて丸い果物っぽいなにか。

 たしかにデザートかと思いまだ口をつけてはいないのだが……。


「わかった。最後に食べるよ」

「それはそうじゃが、そうではない。おぬしは聡いやつじゃが、新しい概念に対しては鈍いところがあるな。話の流れを思い出してみよ」

「話の流れ? ……あっ!?」


 食材を食べたら、魔力を得られるんじゃないかと言った俺。

 アリンはその後に、この果物の話を持ち出した。


「この赤い干した果物には、魔力がたくさん詰まってるってことか!?」

「正確には違うが、まあそう考えておいて間違いはない」

「おお!」


 それを食べれば俺は魔力を得られるかもしれない。

 嬉しくなった俺は、「よっし、食べるぞお!」と元気良くスープを平らげていく。


 そんな俺を見て、アリンは苦笑しながら淡々と語り始めた。


「せっかくのところを悪いが、わらわは食べても何も起こらないと考えておる。おぬしの体には魔力を生み出すという性質が備わっておらんようじゃ。魔素が存在しないであろう世界から来たんじゃ、当然のことかもしれぬ」


 俺は前を向いたまま笑顔で食べ続ける。下品にならない程度に勢い良く、よく噛んで。


「しかし、生命とはしぶといものじゃ。あるいはいずれ体が適応し、魔力を作り始めるようになるやもしれぬ。なんにせよ、おぬしのことはわからんことだらけじゃ。手当たり次第試していけば良い」


 俺は最後にグッと白い飲み物を飲み干すと言った。


「わかった!」


 目標以外は食べ終わった。いよいよ残るは干された赤い果物のみ。

 俺はワクワクしながらそれを手に取った。


 やっぱり感触は干し柿。匂いもしないし、魔力のような何かを感じることもない。ただの干し柿っぽいなにかだ。

 でも俺は、期待を込めてそれを口にする。無理をすれば一口でいけそうなサイズだが、三分の一程度をかじった。

 もぐもぐと、咀嚼する。目を見開く俺。


「よく味わって食うのじゃぞ? 貴重なものじゃ。滅多に食えるものではない」


 そのアリンの言葉に、ルーシェが顔色を変えたような気がしたが、俺はそれどころではなかった。


「美味い! なにこれ!」


 噛んだ途端、フルーティな香りが広がった。それだけで叫びそうになったのだが、直後に舌を襲った濃厚で重厚な甘みに俺は何もかも忘れてしまう。

 美味い。マンゴーでもバナナでもドリアンでもない、でもどこか南国の果物のような味。魔界の景色を屋上から初めて見たときも衝撃的だったが、これはそれと同じかそれ以上の衝撃だった。


「くっくっく」


 アリンが笑い、そして彼女も土鍋を空にしたのか、ひょいと赤い果物を上に放り投げる。

 果物は何もない空中で二つに切り分けられ、アリンはそれをひょいひょいと口でキャッチした。

 そして金髪ドリルは、俺を見ながらもぐもぐと食べ始める。


「…………」


 一気に全部口に入れたアリンと、ゆっくりとかじる俺。

 二人は何度も何度も噛んだ後に、ほぼ同時に飲み込んだ。


「ごちそうさま! 美味かった!」


 俺が言うと、アリンは笑って言った。


「後は魔力が増えていれば僥倖じゃがな」

「……そういえばそうだった。美味しくてすっかり忘れてたよ」


 この果物を食べれば魔力を得られるかもしれない。そういう話だった。

 俺は自分の手のひらを眺める。


「さっぱり変わった気がしない」

「まあ、そうじゃろうな」


 アリンは笑っていた。

 そこで、トントンと背中を叩かれる。


「ねえ、ハル」


 ルーシェだ。彼女は俺が振り向くと、言う。


「触ってもいい?」

「あ、ああ」


 ドキッとするような台詞だった。

 ルーシェはゆっくりと、俺の心臓辺りへと手を伸ばしてきて、やがて触れた。


「どうじゃ?」

「……ダメみたい」

「すぐに変化が現れる種族や体質のやつもおるはずじゃが……、やはり無理か」

「少し間を置けば、変わっているといいのにね?」

「期待薄じゃろうなあ。まあ、次から次へと試せば良いだけの話じゃ」


 アリンとルーシェの会話が終わり、ルーシェは「ありがと」と言って手を離した。

 俺は疑問を尋ねる。


「念のため、寝たほうがいいかな?」

「体も休めるし魔力も回復するかもしれんしのう。休んだほうが良いじゃろう。……と言いたいところじゃが、どうせ何も変わらん。眠たくないのなら好き勝手しても良いぞ」


 アリンは無慈悲にぶっちゃけた。


「んー、なら、眠くないし起きとくかなあ。アリンはどうするんだ?」

「寝る」

「おまえが寝るのかよ。ホントに食べて寝るんだな。魔法のこととか、まだまだ聞きたいことはたくさんあるんだけどなあ」

「……あ、あの!」


 俺とアリンの会話に、ピンク髪の勇者が口をはさむ。


「それなら、私が教えてあげる!」


 午後もなにかが起こりそうな気がした。


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