お姫様な魔女と従者な少年の物語
ツイッターでよく流れてくる『魔女集会で会いましょう』に創作意欲を刺激されて書いてみました。
あれは雨が降り始めるちょっと前での出来事だったか。
理由は思い出せないけど、幼かった俺はズタボロの体で暗い暗い森をさ迷っていた。
食べ物はおろか、飲み水ですらまともに飲めず、くたびれた布で寒さを凌いで尽きていく命の火をなんとか絶やさないようにすることだけで精一杯で。
だからこそ、この出逢いは俺にとってはやはり奇跡だったのだ。
「おや、子供がこんな所で一人で居るとは。くはは、これはちょうどいい。実にいい」
やや高め。だけどどこか包み込んでくれるような優しい声色。
誰が喋っているのだと顔を上げてみると、大人の拳ぐらいの火の玉の灯りで照らされた幼い女の子。鈍く輝く銀色の長髪と、赤い目に惹き付けられる。
「ちょっと乗り心地悪いだろうけど我慢しな。生憎、ボクは土の魔法は苦手でね」
そう言うと何かをブツブツと呟き、ゴゴゴゴと言う震動と共に地面に変化が起きた。
砂と土と石で出来た、ずっしりとしたゴーレム。一応人の形をしてはいるが、子供が粘土を捏ねて作ったように関節はグネグネとしていて分かるものでは無かった。
「ま、即席ならこんなものだろうさね」
ゴーレムの腕をペシペシと叩いては、その出来にうんうんと頷き満足した様子の女の子。
その後一通り欠陥が無いかを確認れば、今度はゴーレムの左肩に乗って頭を撫でる。
「ほら乗りな。ボクの気まぐれはいつまで続くか分からないからね」
ヌッ、と差し出されるゴーレムの右手。
俺はこの手に掴まり、女の子はニッと笑った。
「よろしく……お願い、します」
「ああ、いいとも。ただし、僕の家に来たらまずその体の汚れを落とさせてもらうよ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる女の子は、もう一度ゴーレムの頭を撫でて歩くように命じたのだった。
それからと言うもの、気が付けば八年と言う月日が経っていた。
女の子は俺と出会った時と何も変わらない姿で居ては、ふふ、驚いたであろう? と楽しげに笑っている。
ようは、俺よりも小さい。
「全く、世の中分かったものじゃないな」
「当たり前だ。魔女であるボクですらまだまだこの世界には知らない事だらけなんだ。たかが十幾つのお前に分かられたらたまったもんじゃないよ」
俺の一人言にそう返したのは、ふわぁぁと欠伸をしている魔女だった。
魔女。そう、あろうことかこの女の子、魔女だったのだ。
魔女と言えば悪と言うイメージが先行し、何かにつけては魔女の仕業だと言う者も居る。
中には、魔物を従えては人々を襲い、瀕死の人の血肉を喰らってはカン高い笑い声をあげるんだと言う人も。
だが俺を助けてくれたこの魔女は、どっちかと言えば普段は家でゴロゴロとしていると思ったら、何かを思い付いたかのように工房に籠っては実験を繰り返すと言ったインドア派だ。
仮にこの魔女が外へ行く際には必ず同行させられているし、疲れたらおんぶまでさせられている。
「お前はボクのものなんだ。それならお前をどうしようとボクの勝手だろう?」
と、かつてこの魔女が言い放った言葉である。
だから特別師弟関係でもなければ親子のような関係でもない。強いて言うならば、俺はこの魔女の従者や使いと言ったところだろう。
そんな訳で俺は備蓄してある肉や野菜、パン等でさっと朝食を作り、いつの間にか姿を消していた魔女を呼びに行く。
「入りますよ」
コンコンとノックを二回しても返事は無く、仕方ないから一声掛けて工房の扉を開ける。
そうして入った工房で最初に目についたのは、机に突っ伏してノートを隠すようにしている魔女だった。
「いきなり入ってくるんじゃないよ」
「ノックしましたし、声もかけましたよ」
「そ、そうか」
いつも飄々としている魔女が少し狼狽えている。そんな姿が新鮮で思わず微笑ましい気持ちになるも、本来の目的を後回しにして朝食が冷めるのも面白くないため、魔女を担ぎ上げる。
「──ってマテマテマテ。お前、流石にこの運び方はないだろうよ。ボクは魔女だぞ? 流石に魔女を軽視し過ぎじゃないか?」
確かに、肩に担ぎ上げるのは悪かったかもしれない。
元々この家は背の小さい魔女が一人で暮らす事を想定してあるのか、時々俺が扉を開けて部屋に入る際におでこをぶつける事がある。
意識さえしていればぶつける事は無いのだが、それでも魔女は信用にならないのだろうし、そうとなればおんぶも嫌がる事だろう。
ならば、これしかあるまい。
「全く、ボクはこれでも数百年は──わひゃあっ!?」
腋と膝裏に腕を差し込み持ち上げる。所謂、お姫様だっこと言う奴だ。
とは言え本来のお姫様だっことは違ってほぼほぼ俺の腕力でお姫様だっこしている訳だが。
「ちょ、おま、ボクは魔女であってこんな物語のお姫様みたいな運び方はー!?」
ジタバタと暴れる魔女。だけどそう言う魔女の顔は赤く、手足に力を入れている様子はない。
「はいはい、もうちょっと静かにしていてくださいね。俺のお姫様ー」
俺が従者なら魔女はきっとお姫様だろう。そんなつもりでそう言ったら、魔女の顔は目の色のように真っ赤になって静かになるのだった。