3天界
早いことに、もう3話目ですね。
――なんと榎本十馬、天界にきています!
天界への扉を捜索中の俺とアンジュは、学校の図書室へと向かった。図書室のドアは立て付けが悪く、開閉時にすさまじい音が鳴り響く。そんな最悪のファンファーレに迎えられ、扉を開けた瞬間――。
光に包まれ、あったかいな。そう思ったのが最後だった。
いつの間にか意識を手放し、気がついたらお花畑の上に寝っ転がっていた。
「あ、トーマ。やっと起きたあ~。」
アンジュがふにゃりと笑って息を吐いた。もしかして、すごく心配してくれたのかな。
“この、可愛いやつめ!” さすがに口には出来なかったが、嬉しさのあまり、アンジュの金色に輝く髪をわしゃわしゃと掻いてしまった。
「ちょ、トーマ!髪の毛乱れちゃう!」
やっぱり女の子だからその辺は気にするんだな。謝罪の意味を込めて、手で少し癖のある髪の毛を梳かす。その拍子にふわっとシャンプーの香りが。やばい、俺ってもしかして髪の匂いフェチか?
うーんうーんと考え込む俺をよそに頭の大きなリボンの位置を直す彼女。うまく直せて満足そうな表情になった。そんな無邪気な笑顔に惹かれているんだよな、俺。
木陰で休憩しつつ、アンジュに質問をぶつけてみた。
「なあ、天界の時間の進みは人間界と比較してどのくらいなんだ?」
これを聞いておかないと、人間界に戻ったときに浦島太郎状態になってしまう。誰も俺のことを知る人がいない世界に一人きりなんて絶対に嫌だ。
「うーん、相当長い期間いなきゃ大丈夫だよ。天界の1日は人間界の1時間と同じことだから。」
うわ、早。要するに、人間界の1日は天界の24日分ですか。うへー、恐ろしい。
「あ!」
アンジュが急に立ち上がった。俺もそれに釣られる。なんだなんだ?
「大天使様ー!」
彼女の目線の先には、これまた艶めかしい天使の姿があった。
「アンジュ……そちらにいるのは、人間?」
大天使の第一声。艶っぽい唇をあまり動かさず、少しこもった声。アンジュの声も心地よいが、彼女の声は一瞬にして深い眠りに誘われるような、なんとも言えない声である。
「トーマっていうんですよー。」
アンジュは楽しそうに俺を紹介してくれるが、表情は変わらない。俺たちと会ってから、(失礼な表現だが)ずっと仏頂面のままである。
声は違うものの、瞳や髪や肌の色はアンジュとそっくりだ。姿はまるで親子のように見える。
「彼女はお前の母さんなのか?」
こそっとアンジュに訊いてみる。なんだか大声を出せない、そんな威圧感がある。
「違うよ、お母さんじゃない。」
「そうです、アンジュは私の弟子です。」
アンジュの言葉に重なる声。頭の中で響いてくらくらする。そんな俺にさらに追い討ちをかけるように話す大天使。
「人間よ、立ち去りなさい。ここは人間が踏み入る場所ではないのを分かっているはず。そのために人間界とここを結ぶ扉を架けたのだから。」
確かに、ここは俺のいるべきところではない。先ほどからまともに立っていられない。今は根性だけで立てている。しかし、それもいつまで続くか分からない。
「トーマ、大丈夫?少し休んだほうが……。」
ぐらっと崩れ落ちそうな体をアンジュが支えてくれた。我ながら情けねーな。
「その必要はありません。アンジュ、早くその人間をつれて天界から去りなさい。」
「でも……!」
アンジュの苦しそうな声。でも、苦しいのは大天使も一緒だった。アンジュに何かを訴えようとしている、のもあったが、何よりも心配そうに彼女を見つめていた。
「行こう、アンジュ!」
いまだに引き下がっているアンジュの手を強引に引っ張り、扉のほうへと走り出した。
それが冷徹な大天使の凍った心を溶かすためだと信じて。
――そして、また意識を手放した。花の、甘い匂いに包まれて。
“これでいい。”大天使は心の中で呟いた。
彼女の1番弟子である、アンジュがトーマという人間を連れてきた。これには彼女も肝が冷えるような思いだった。
トーマと一緒にいるアンジュは、大天使でさえも引き出せなかった笑顔を彼に見せている。そんな、彼女が楽しそうにさせてくれる彼をも“巻き込みたくなかった”からだ。
ここを走り去る2人を見て、安堵した。これなら大丈夫だと。しかも、態度も悪くしていたから自分のことが嫌いになっただろうと。
もう2度と顔は見られないかもしれない。でも、それでもかまわない。
どうやら大天使は覚悟を決めたようだ。
「アンジュ、どうか幸せになって。」
この小さな呟きは誰にも届くことはなかった。 (続く)
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とりあえず天界編は終わり、次回はまた人間界へと場面は移ります。
学生恒例の“あれ”がアンジュを襲います。頑張れ、アンジュ!
それでは今回はこの辺で。閲覧ありがとうございました!