2学校
アンジュが俺の家に住み着いて1週間が過ぎた今日。
「まだ扉が見つからないよ~。」
彼女は布団の上で手足をじたばたさせて嘆く。
「そうは言ってもさ、見つからないもんは見つからないんだぜ。俺だって学校帰りにちょくちょく探してるんだぜ?」
俺も朝食の支度を片手に会話に参加する。俺の話に耳を傾けていたアンジュが鼻息を荒くした。大体彼女が「むふー」と鼻息を立てるときは、怒っているときと興味深いものを発見したときだ。今の場合は、後者かな。
「学校って何?面白いの、おいしいの?」
めっちゃきらきらとした目が俺の姿を捉えて放さない。……うぐぐ。この目、地味に苦手だ。無理難題を問われたときでも無条件に頷きそうになる。
「学校は、俺たちみたいな学生が勉学とコミュニケーション能力の向上に励む場所だ。アンジュも明日からは行かせるからな。」
その言葉にまたまた鼻息を立てる。今度のは怒っているのだな。
「えー、今日から行きたいー!」
「だめです!手続きの関係で明日からって決まっているんです!」
俺の一喝が聞いたのか、彼女は口を閉ざした。
この会話が厄介事に繋がるなんてこのときの俺には想像のつかないことだった。
「ぶえっくしゅんっ!」
秋のすがすがしい陽気が広がる登校中、そんな景色に似つかわしくないくしゃみが出る。
――なんか嫌な予感がするな……。
空は眩しいくらいの青空。なのに俺の心には暗黒の雲が広がっている。やばいな。
ここの角を曲がれば、遠くから見ても分かるくらいピカピカの校舎が見える。しかも、太陽の光が反射して、それはもう神々しい光を放っている(ように見える)。ちょっとガキっぽいけど、こういう偶然が起きた時って、なんだか不思議なことが始まりそうな気がするんだ。
「よう、えのっち!」
背後から声を掛けられる。こんなあだ名で呼ぶの、あいつしかいないだろう……。
「何だ、尾田か。」
「何だとは何だ!」
こいつは尾田太一。かの伝説のモテない男である。どうやら尾田の年齢とモテない歴がイコールで結ばれているらしい。
毒舌を吐きつつ、俺たちが最新のゲームのことやら、漫画のことやら、くだらない話をしていると。
「へっきゅしゅんっ!」
また変なくしゃみが出た……。これは本格的にやばいですな。
その勘が当たったのか、後ろから気配を感じる。
そして、空気の流れが変わった一瞬――。
「見切ったーーー!」
相手の腕をつかみ、勢いよく振り落とす!必殺!背負い投げ~。
「ふぎゃあっ。」
聞き覚えのある声に動作が止まった。も、もしかして。
「アンジュ!」
そこには金色に輝く髪に、盛大に寝癖をつけたままのどじっこ天使の姿があった。
「えのっち、お知り合い?」
あの尾田でさえも、目をぱちくりさせている。そりゃあ、いきなり天使が現れたら驚くに決まっているか。
「ああ、空から降ってきて、現在俺の家に居候中。」
「え、ちょ。何それマジでウラヤマ。俺の彼女マジ天使ーとか何とかいうやついるけど、本物連れてるのは事例がねーぞ。」
尾田は真剣な顔でつぶやく。おいおい、視点がずれてやんの。
「!」
さっきから尾田の表情がちょくちょく変わる。お次は何じゃ?
「ちょっと待て、今この天使ちゃん、お前んちで居候って言ったな?……何それ、お前、まさかこんなかわい子ちゃんと、どど同棲してんの?!」
「うん、そうだよ。」
尾田の質問に何気なく答えたつもりが、奴の心に何かがぐさっと刺さってしまったらしい。
「もうなんだよ!正直お前は俺と同じようなにおいがすると思ったのに、友達とか恋人とかの関係をふっ飛ばして一つ屋根の下かよ!俺だけじゃねーかよ、こんなの!」
尾田、今さりげなく悪口言っただろ。あとで必殺食らわせてやる。
あいつは急にぷんぷんし出し学校へと向かっていった。尾田、頑張れ。
さてと、残りはアンジュだけだな。
「何で着いてきたんだ?今は不用意に外へ出るなって言ったろ。」
「・・・だって、トーマと一緒にいたかったんだもん。」
俺が説教がましく言うと、アンジュの可愛い切り返し。それ、マジで反則です。
「じゃあじゃあ、こうすればいいでしょう?」
アンジュはそういった後、短く何かを呟き――見えなくなった。
と、思ったら、俺たちの学校の制服を身にまとっていた!
「じゃーん、似合う?」
普段下ろしている髪の毛を、頭の上でポニーテールにしている。振り向きざまにシャンプーの香しい(かぐわ)香り。くう~、これはポイントが高いぜ。
「これで学校行ってもいいでしょ?」
「うん、まあ……。」
首をちょこんと傾げて上目遣いだと!……この天使、男子高校生のツボが分かってやがる。こんなことされたらこのまま帰させるのも酷な気がしてきた。
あの小羽もしっかり隠されているし、天使だってバレないか。(尾田にはバレたけど。)
本当は明日からだったんだがな~。まあ、1日くらいずれてもいっか。
「――川島杏樹です。よろしくお願いします!」
結局寛大な先生たちのおかげで、今日からアンジュは高校2年生となりました。やったね、アンジュ!
放課後、今日はどの部活動も活動がない日なので、アンジュと早々に帰宅しようと考えていた。しかし、アンジュが初めての学校生活のせいなのかくたくたの状態で、そのまま歩かせるのも酷だと思い、教室内で休憩を取っている。
「あー、疲れたよトーマ。」
「確かに、金髪の転入生だもんな。目立つのも仕方ないよ。でも、みんな良い奴だからアンジュもすぐになじめると思うぞ。」
俺の言葉を聞いた彼女は、一瞬顔がぼんっと赤くなったような気がする。ただの思い違いだと思うが。
「ありがとう、トーマって優しいんだね。」
「……そりゃどうも。」
女の子に褒められるのは結構照れるもんだな。こんなこと、慣れてないからな……。
ひ、非常に気まずい。あ、そうだ。
「図書室行かねーか?」
俺の提案が功を奏したのか、アンジュの目がきらきらしている。
「トショシツ?何それおいしいの?!」
「う、うん!いろんな意味でうまいぞ。」
図書室に味があるかどうか知らないが、とりあえず返事しておく。たぶんいけるだろう。……タブンネ。
3階にひっそり佇む図書室。相変わらず人気がない。
図書室の扉に手をかけたとき、あることを思い出した。
「そういえば、ここはドアの立て付けが悪いんだった。アンジュ、耳を塞いでおけ。」
アンジュは素直に耳の穴に指を突っ込んだ。よし、それで良い。それじゃあ勇気を出して、Let's go!
まあ、扉の音に関しては聞かないでくれ。あれはひどい。とにかく早急に修理してもらう必要がある。生徒会で予算を出してもらえるか確認しておこう。
おっと、話を戻す。
2人で何とか頑張って開けた扉の先には――神々しい光が降り注ぐ、花畑が広がっていた。
「あ、天界。」
アンジュも唖然している。
まさか、今朝に見た神々しい光ってこのことだったのか?もしそうなら、これってとてもすごいことじゃね?
……ガキパワー、恐るべし。
――なんと、図書室の扉は人間界と天界を結んでいたのである。
「行くしかないよな?」
あんなに探していた天界への扉をいざ、目の前にすると大事な一歩が踏み出せない。
アンジュも俯いちゃって何も喋らないし。
「行かないのか?」
もう一度同じ質問をしたとき、アンジュは顔をばっと上げて、
「トーマはそんなに私を天界に帰させたいの?!」
目に涙をためて聞いてきた。零さないように必死に我慢している。
その言葉に、その姿に俺ははっとなった。
「……私はね、短い間だったけどトーマと同じ空間にいられてうれしかったんだよ、楽しかったんだよ。今じゃあ天界に帰るのも躊躇うほどなのに。トーマったら――。」
「ごめん!」
彼女の切ない色を映した瞳を見ていられず、謝罪しながら彼女に抱きついた。
ふわっと香るシャンプーの匂いをかいだとき、俺はやってはいけないことをしてしまったと気づく。……俺は今、神に仕えし天界の使者である天使を抱きしめている。こんな行為をさせるなんて、なんて罰当たりなーーー!
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
必死に土下座を繰り返す俺に、
「もういいよ。私もわがまま言っちゃったし。」
ちょっと困ったように笑う彼女。その笑顔は少し大人っぽかった。
「よし、行くぞー!」
「おー!」
とうとう覚悟を決めた俺たちは、天界へと一歩踏み出した。
……これで死んじゃうってオチじゃないよな? (続く)
__________________________________
前後書きにも話を入れたのでちょっと話が長くなっちゃいました。
次回は天界でのお話です。
閲覧、ブックマークありがとうございます!うれしくて鼻血出そうですw
ここまで読んでいただきありがとうございました。