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束の間の記憶

エレベーターから降りると、あたりはすっかりと暗くなっていた。


病院も休むのだ。


昼は病人であふれている受付も今は、一人もいない。長椅子も連なっているだけのもの寂しい置物だ。


入ってきた入り口とは違い、夜間専用出口から出なければならない。

警備室にふんぞり返っている警備員に会釈をしながら病院を出た。


病院を出ると、なぜか心が晴れる。


自分の知らないところで、息が詰まっていたのであろうか・・・。

いや、決してそんなことはない。

それとも、母さんの病室に行くのが嫌になったのであろうか・・・。

いや、決してそんなことはない。あってはならない。


病院から出るときは、いつも自問自答してしまう。


でも、必ず行きつく答えがある。


自分でもわかっているのだ。


具合の悪い母と向き合うことがないから。病気で辛そうにしている母を見ることがないから、母から逃げることができたのだから俺は、安堵しているのであろう。と


病院の入り口付近に小さな広場がある。

電灯がベンチをゆらゆらと照らして、影が伸びている。

髪の長い女でも座っていたら、即逃げ出すような雰囲気を醸し出している。


このベンチでたばこを一本だけ吸うことが俺の日課だ。

俺は、ベンチに腰掛け内ポケットからたばこを取り出し、火をつけた。

たばこの煙が電灯に照らされて霞がかっている。


そっと目を閉じる。


夜のにおいが俺は好きだ。

落ち着く・・・。

においを嗅ぐだけで、不思議と懐かしい気持ちと同時に、いろいろな過去を思い出させてくれる。


良いことも、厭なことも・・・。


「おい!親父!なんで、おふくろを病院に連れて行かなかった!答えろ‼」父の胸ぐらを掴みながらも、親父は軽いんだなと思った。


「いつもの発作だと思ったんだよ!」まるで、子供のように弁解をする親父。


「てめえのせいで、おふくろは、また入院した!いい加減にしやがれくそ親父が‼」」やけになって胸ぐらを掴んだまま親父を壁にたたきつけた。


「春哉―、その辺にしておきなさい。お母さんだけでなく、お父さんの入院費用までかかってしまうよ?ただでさえ、お母さんの入院費で家が貧乏なのにさ。もっと頭を使って生きて」ねっとりと肌を伝うような物言いをする姉。


反吐が出る。


こんな腐りきった家庭に母さんがいたら、治る病気も治らねえ。


こんな奴らに殺されていい人ではない。


俺が卒業したら、一緒に暮らして俺が楽をさせてやるんだ・・・。


いろいろと考えてしまう。

頭がボーッとする。


思いは、やはり今日みた夢に傾いてしまう・・・。


「ゆうか」と名乗った少女のこと。

あの街並みが頭から離れない。

また、あの街に行ってみたいとさえ思っていた。


ふいにズボンのポケットあたりが振動し始めた。

随分と深く考え事をしていたせいで身体がビクッとなった。

我ながら情けない。


マナーモードにしていた携帯が振動していた。


「うわっ‼びっくりした‼」独り言と驚きのせいで、たばこの灰がズボンに落ちてしまった。


「あー!くそが、こんなときに誰だよ」灰を手で払いながら、ポケットに手を伸ばし携帯の画面を見る。


<はるか>と表示されていた。なんだよ、はるかかよと内心思った。


「もしもし」少し気怠そうに電話に出た。


「あ!春哉!いま大丈夫?」いつも聞き慣れた声が耳元をくすぐる。


「ああ。大丈夫だ。」


「帰りはごめんね。話聞いてあげられなくて。」


「いいよ。別にそんなの」


「お母さんの具合は大丈夫だった?いま病院から帰るところでしょ?」こいつは、エスパーかよと思いながらも


「ああ。相も変わらずに元気そうだったよ。心配してくれてありがとな。」ベンチから立ち上がりながら返答する。


「はやく良くなるといいね・・・。」


「ああ。そうだな・・・。」

ベンチから遠ざかると同時に辺りも一気に暗くなった。


テンプレートとも呼べるやり取り、または、安易な気休めの話をしてしまったためか、少しの沈黙が続く。


「ところでさ!なんかスゴイ夢を見ていたらしいけどなんだったの?面白いこと?」

暗い雰囲気を感じたのか、はるかが話題を切り替えた。


「いいか。よく聞きやがれ!」俺も気分を乗せるためにワザと大きな声をあげた。


俺は、事の経緯を帰路につきながら話した。


<ゆうか>と名乗る少女のこと。

街並みのこと。


はるかを夢の世界に連れていくかのように熱く語った。

はるかは、相槌を打ちながら真剣に話を聞いてくれた。


そして、一通り話を聞き終えて言った。


「また、行けるとといいね!」


なんだか拍子抜けの返答だった。

てっきり馬鹿にされると思っていたが、彼女の返答は正反対だった。


「やけに、前向きな発言じゃないか。俺は、てっきり頭がおかしくなったと心配されたり、信憑性がない話だと馬鹿にされたりすると思っていたぜ。」

素直な気持ちだ。


「そんなこと思わないよ。」少し強めの口調で言われた。


「だって、とても楽しそうに話をしているのだから・・・。私は、信じるよ。」


どっかで聞いたセリフだ。


「今度私も連れて行ってよ!はるや!」唐突にはるかが切り出した。


「ああ?誰が連れていくかよ!あそこは、俺の楽園だぜ?」


「じゃあ、私も授業中に、はるやみたいにイビキをかきながら寝てれば行けるかな。楽園に」少し、小馬鹿にするようにはるかが言う。


「イビキなんてかいてねえよ‼!それに、お前が寝たら、俺は誰のノートを写せばいいんだよ‼だから寝るな!」


「はあ?馬鹿だね!はるやはやっぱり」電話越しでため息が聞こえる。


「あぁ。はるか様―どうか私を見捨てないでー」


「はいはい!一生やってなさい」


他愛もない話をしながら電話は終わる。

俺にとって仲間といる時間と病院にいる時間、放課後の時間というのは一日の中でもっとも癒しの時間だ。

そして、良いことの後には、悪いことも必ず来る。

なぜ、良いことばかりが続かないのだろうか・・・。


目の前には、帰りたくもない家があり、蜘蛛に捕らえられた虫のように手繰り寄せられていった・・・。


一年近くも放置していました。歩みは遅いですが、完成に近づけるようにしたいです(笑

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