はじまり
ガラガラと堂々と音をたてて、遅れながら教室に入っていく。
「こら、お前ら遅れているんだから申し訳なさそうに教室に入ってこい!はやく、席につけ。」いかにも数学を教えてますという感じの眼鏡を掛けている佐藤が、黒板に数式を書きながらこちらを見ずに、慣れた感じで言ってきた。
「はーい。すみませんでしたー」俺と省吾は完全に舐めきった態度で返答をした。
言い忘れていたが、俺の席は教室の一番後ろの窓側で、横が晴香、斜め右が楓、そして前が省吾という神の悪戯のような席だった。
「ちょっと春哉、何してんの?いい加減にしなさいよ。あんた数学は苦手科目じゃない!遊んでないでしっかり授業を受けなさいよ!」小声で晴香が俺に説教をしてきた。
「大丈夫、大丈夫、僕には晴香様という強い味方がついてらっしゃるから。」と机にうつ伏せになろうとしながら言う。
「もう!また寝るの?絶対にノート見せてあげないんだから。」怒りながら黒板をまた見始めた。
「あーあ、春哉また怒らせたんだ、本当に学習しないよね。バーカ、バーカ」省吾がケタケタと笑いながら後ろを向いて言う。
「まったくだ、いったいこれまで春哉は何をしてきたんだ。たまには、ノートと教科書を机の上に出したらどうだ。」楓がこっちを見ずに言う。
その格好は、まさに独り言の様だ。
「もっとみんな言ってあげて。私が言っても全く聞かないからこの子は。」晴香が追い打ちをかけるように言う。
「うわ、この子だってさ、しっかり、お母さんの話は聞きましょうね。お母さんを困らせちゃダメだよ春哉君。」子どもに言い聞かせるように省吾が言ってきた。
「省吾!テメ―は余分な事は言うな。さっさと前向いて勉強しろ俺は寝る。」ったくこいつ等は・・・
こいつ等との、何気ないやり取りが好きだ。
他の高校生も、きっと俺と同じような生活を送っていると思う。でも、きっとこれほど面白く素晴らしい場所が周りにはあるのは、俺だけではないかと思う。
井の中の蛙と思われてもいい、今が楽しければいいと考えている馬鹿な奴と思われてもいい、机にうつ伏せながら今は、省吾・楓・晴香こいつ等さえ居れば、もう他には何も要らない。
今は、こいつ等が俺の全てだと思いながら眠りにつこうとした瞬間だった・・・
「春哉君、春哉君。」聞いたことのない女性の声が、耳元で鮮明に聞こえてきた。俺は急いでうつ伏せていた頭を上げた。
「おい!晴香、今俺を呼んだか?」晴香は俺の事を無視して黒板を見つめていた。冷静に考えてみれば、晴香は俺を君付けでなんか呼ばない。
「どうしたの春哉?」省吾が眠そうな声で俺に話をかけてきた。
「って省吾テメーも寝てたんじゃねぇか!」間髪を入れずに言う。
「まあ、まあ、そんな事よりなんかあったの?」省吾が軽く受け流す。
「ああ、今、俺が寝ようとした瞬間に誰かに呼ばれたんだ・・・」真剣な顔で言う。
「呼ばれた?誰に?」省吾が馬鹿馬鹿しそうに言ってくる。
「わからない。でも確かに聞いたんだ。」
間髪を入れずに省吾が「春哉、夢でもみていたんじゃない。そうだ!きっと神様が、お前は授業中に寝すぎだ。たまには、まともに授業を受けろって言ってるんだよ。さあ、もう一眠りしよ。」といって省吾は寝てしまった。
全くこいつは、友人の相談にも乗らないのかと多少な苛立ちを覚えた。
それにしても、なんだったんだ・・・もう一度寝る態勢に入りながらさっきの事を考えていた。聞いたこともない声だったけれど、耳に優しく残っているあの声に、心地よい感覚を覚えた。
あの声を聞いたからなのか、外の風が気持ち良かったからなのか、俺には分からないが、瞬く間に眠りに落ちていった。