ラインの黄金・前奏曲
はじめに音楽があった。虚無と混沌との長い長いせめぎ合いの果てに、ようやく思想が紡がれた。
音楽は肉体と共にあり、やがて音楽と肉体とは溶け合った。音楽は肉体になったのである。また、音楽は運動でもあった。その運動を律する思想は骨である。肉体は骨に先立つ。再び長い対立の後、骨は肉体に内包された。
こうして思想を内包した音楽によって、世界は劫火に包まれるべく回り始めた。それ自体が太陽となるために、百億の永遠を生きるために。始まりがあれば終わりもある。終わらない音楽というものがあるとすれば、それは最早音楽ではない。
とすれば、語るべきことは何もない。語ったところで、それはいずれ灰となるのだから。それでも結末に救済があり得るのだと信じるなら、ここに物語を提示しよう。
そう、音楽は流れ始めている。
僕は夢を見た
ひどく断片的で統一性のない普段の夢とは違って一貫したストーリーのある具体的な夢だった
僕は洋館の扉を開けて大広間に入る
いや厳密にはそれが僕の視点なのか他の誰かの視点なのかは分からない
とにかく大広間に入ったところで一人の女性に出会った
それは長方形の手足を持ち逆三角形の胴体が丸い頭部を支えているそんな女性だった
僕は"それ"を女性と認識したのだ
女性の手に引かれて中央の大階段を上る
すると同じように構成された幾人もの人物が僕を迎えてくれた
同じような見た目でありながらそれぞれをはっきりと識別できるのだ
そうして階段の上で待ち構えていたのは山高帽子を被った人物だった
山高帽子の人物だけは性別が分からない
不可解な事態にひどく混乱してふと誰かに呼ばれたような気がしたのですがるような気持ちで後ろを振り向いた
顔を黒く塗りつぶされた僕がそこにいた