前編
2003年2月の終わり。
ここは岡山県の牛窓町の三流マンガ家・高藤真琴の家。
「ああっ、描けな−い!」
「そんなこと言われてもねぇ、早く描いてください」
松尾奈都海は真琴の部屋にあるテレビで、中島みゆきの夜会ビデオを見ながら、原稿が描き上がるのを待っていた。
「そんな−ん、描けね−よ! って、何でウチで中島みゆきのビデオ見るんだよ一! 気が散る!」
「はいはい。もう止めるから。でも、早く描いてよね。締め切りが・・・あっ! 歩摘さんに電話しておかなくては。この分と締め切りに間に合わないだろうかなぁ」
奈都海は、ビデオを停止してE出版に電話した。そして、真琴の担当の歩摘に電話を繋いでもらった。
「お待たせしました。歩摘です」
「あっ、もしもし、高藤真琴のアシスタントの松尾です。いつも高藤がお世話になってます」
「こちらこそ、お世話になってます。で、今日はどうなさいましたか?」
「実はですね、高藤、原稿をまだ、プロット(下書きのこと)も、描けてないんです」
奈都海は、申し訳なさそうに言った。
「えーっ! プロットもですかあ?」
「はー、・・・。申し訳ありません! 何とか、もう少し待って頂けませんでしょうか? 十日、いや、 一週間。一週間だけでも・・・。お願いします!」
電話口で奈都海は必死で頭を下げた。
「うーん。そうね。じゃ−、以前に奈郡海ちゃんが描き下ろした小説をマコちやんがマンガにしたの、たしかあったでしょう。今回はあれで行きましょう」
「えっ、それでいいんですか!?」
「仕方ないでしょう。あれしかないし・・・」
「そうですよね・・・。よろしくお願いします。では、失礼致します」
奈都海は、E出版の歩摘との電話を切って、真琴に向かって言った。
「は−、もう数え切れないよ。歩摘さんに謝ったのぉ」
「ごめんね、なっちゃん。いつも迷惑ばっかりかけて」
真琴は、申し訳ないという顔して言った。
「いいってば、あたしは。でも、歩摘さんに申し訳が立たないよぉ」
「だよね。何か描かなきゃいけない。でも、何も思いつかないよ。なっちゃーん、助けてよぉー、ねぇ?」
真琴は、思いつめながら、頭を掻いた。
「仕方ないな。こうなったら、歩摘さんにお願いするしかないか。どんなのが描きたい? やっぱりシリーズ化がいいよね」
真琴は考えながら言った。
「うーん、そうだなぁ・・・。陶芸、うん、陶芸家を目指す少女の悲しい愛の物語。なんてのはどう?」
「いいんじゃないの。それで」
奈都海は、真琴が原稿を描けるなら何でもいいと思い、適当に返事をした。
そんなこんなで無理矢理スケジュールを割り込ませ、早速編集部との繋がりのある陶芸教室に取材を申し込んだ。