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四  章

 夕方五時頃、ぼくは事務所の扉をくぐった。そこにはルクレツィアと、いつもの茶色のジャケットを羽織った木戸雅隆がソファに座っていた。事務所の中は煙草の煙で、喉がいがらっぽくなるほど空気が汚れている。


「ひさしぶりだな、祐騎。三週間ぶりか?」木戸が煙草の煙を吐き出しながらそう言った。


「さぁね。顔を合わすのは久しぶりかも知れないけど、一昨日の夜もぼくの後をつけていたんだろう?」


 ぼくは素っ気無くそう答えながら、ルクレツィアの隣のソファに腰を落ち着かせた。



「なんだ、わかっていたのか?」



「ぼくの能力を忘れている訳じゃないだろ? 水城と一緒かどうかは知らないけど、この前の張り込みの間、ずうっとぼくの事を監視していたじゃないか。まぁいつもの事だけどね。現場にいるのなら、たまには手伝ってくれても良さそうなものだけどね」



「まぁそう言うなよ。俺の仕事はそんな事ばかりなんだ。水城もあれで過保護な所があるから、二重に監視体制を用意しなけりゃおさまらないんだろう? 俺はおまえを十分信頼しているから、そんな事必要ないと言ってるんだ」


 肩を竦めた木戸は、そう言いながら軽く笑った。


 木戸の年齢は三十台の半ばに入ったばかりだったが、実際の年齢より老けて見える男だった。いつも同じような茶色のジャケットに、汚れた革靴、トレードマークのマルボロを引っ切り無しに吸っている。これでもかつては、警視庁の特殊生物対策課と呼ばれる、デーモン・ケース専門の捜査班に属していたキャリア警官だったらしい。




「今日は例のあの事件のミーティングだろう?」


 ぼくは大儀そうな声で訊いた。


 木戸は新しい煙草に火を点けた。チェーン・スモークもいいところだ。


「ああ、そうだろうな。今回の被害者の中に、道議会議員の小松の娘が含まれているから、警察としても絶対に解決しなけりゃならないんだ。だからその後すぐに、デーモン・ケースとして認定が出ただろう? まぁ、今回の事件はどう考えても〈デーモン〉の仕業だろうが、うがって考えれば、小松が犯人に死刑を求刑したいから、圧力をかけてでもデーモン・ケースにしたかったんだろう。そうなれば、デーモン・ハンターに依頼して、その犯人を射殺させる事が出来るからな」



 被害者の遺族が集まって、全員でその金額を出し合う事により、より評判の良いハンターに依頼するケースが多く、その為、数少ないAクラス・ハンターである水城には、そう言った客が多くついている。実績にしてもぼくらのチームはずば抜けた数字を残しているらしいが、そんな事に興味の無いぼくは良くは知らなかった。



 ただ、ぼくのランクも異常なほどの速さで上がっていったのはわかっている。



〈擬装者〉相手の仕事は、金銭的な報酬もさることながら、ランク・アップのポイントも、レッサー・デーモン相手のハンターとは比較にならない高さだったのだ。ぼくはこの一年ほどでCクラス・ハンターにランク・アップしている。資格を得た時はEクラスから始まるので、一年もしない内に2クラスの上昇である。



「今回のポイントは特例で大きなものになるらしいんだ。それに小松議員の件もあって、お抱え弁護士がガイシャの遺族を取りまとめて、特別報酬もはずむらしい。もっとも、成功報酬だけってのは同じ事だろうがな」


 そう言う〝事情通〟の木戸は、相変わらずにやけていた。



「ランクのポイントなんてわたしには関係ないわ」


と、木戸の言葉を聞いたルクレツィアは素っ気無く言った。



 確かにルクレツィアには関係ない。ランク・アップするには、まず『ハンター資格』を持っている事が前提なのだから……。


 しかし、ぼくらには重大な数字ではあった。ランクはそのままハンターとしての〝格〟を意味するのだ。それが実力のランクでは無いのだが、報酬やオーダーに直接関係する。


「それでも分け前は大きいぞ。この前のようなケチなヴァンパイアにも、五百万もの報酬で依頼を受けたから、今回はその十倍くらいはいきそうだ。今までの噂を信じれば、相手は〈闇の貴族(ダーク・ロード)〉クラスのヴァンパイアらしいからな」


 そう言って木戸はほくそえむ。気楽なものだとぼくは思った。


 実際にそんな怪物と対峙するのはぼくなのだ。バックアップには木戸や水城もつくのだが、それでも正面から、〈脅威ランクB〉にあたるグレーター・デーモンである、〈貴族〉級ヴァンパイアと戦わなければならないのは、結局ぼくだけなのだ。


 それが仕方ない事とは言え、たまにはぼくの意見を聴いてから、そんな大事な事は決定して欲しいものだ。


「ダーク・ロードだなんて──本当なの? わたしたちがそんな強力なデーモンをどうやって倒すと言うのよ? 日本のハンターが〈貴族〉を退治した事なんて、今までに四つしか例は無いはずよ」


「まぁな。だが、俺たちだって〈擬装者〉相手のハンターとしては、かなり実績を積んでいるんだ。こう言う依頼があってもおかしくは無いだろ?」


 ルクレツィアの言葉を遮って、木戸は言い聞かせるようにそう言った。


 確かに木戸の言うとおり、ぼくらは〈擬装者〉相手のハンター・チームとして頭角を顕わしてきている。〈擬装者〉の多くは〈闇の種族〉で、ヴァンパイアなのだから、その上位デーモンである〈闇の貴族(ダーク・ロード)〉相手の依頼もいずれはやって来るだろうと思っていた。ただ、しかし……。


 純粋に〈戦闘要員〉が少なすぎるのだ。いや、ぼくでさえ正式な訓練を受けた事は無い。ただ、〈闇の種族〉が投げつける恐怖と魅了、その他の精神的な攻撃に対しての防御能力を持っているから、ぼくが〈デーモン〉と直接に対峙する役目を持っているだけだった。



 もちろんぼくの射撃技術も、その役目を担う大きな能力ではあったが。




「結局のところ、そろそろそう言った大物を狙ってもいい頃だって、昨日の晩、俺と圭の二人で話し合ったのさ。何て言っても、こっちだってAクラス・ハンターなんだからな」


 木戸はそう言ってソファから腰を上げ、ホーム・バーに向かった。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ぼくにどうだ、と声を掛ける。ぼくは無言で頷いた。口の中が酷く渇いていた。


「でもAクラスなのは水城だけじゃないか。あんただってBクラスだろう? ぼくに至ってはまだCクラスになったばかりだ」


 ぼくは受け取ったビールのプルを引きながらそう言った。そしてその苦い液体を飲み込んだ。喉と口の渇きはそれでも癒されない。


「いいんだよ。一人でもAクラス・ハンターが居たのなら、チーム自体の評価になるのさ」


「そう言うものなのかい?」


「なんだよ、乗り気じゃないのか? そいつを仕留める事が出来りゃ、おまえのランクだってすぐに上がるんだ。それにもう、何人もの女の子が殺されてるんだぞ。その娘たちの仇を討ってやりたくは無いのか?」


「会った事も無い女の子の仇を、何でぼくが取らなければならないんだよ」


 ぼくはなるべく冷たく聞こえるように、素っ気無くそう言った。



 木戸の顔から笑みが消えた。目が細まり、怒りが放射される。ぼくの言葉に戸惑い、怒りを感じているのだ。それが本気で言っている訳では無いと、心の中では信じていても、木戸はぼくの冷たい一言に対して腹を立てている。



「おまえ本気で言っているのか? もしそうなら、もうハンターなんか辞めちまえ! 俺たちは金の為だけにこんな事をしている訳じゃ無いんだ」


 ぼくは木戸の態度にびっくりした。こんな木戸の姿は初めて見た。


 一瞬だけ木戸の心の中に、小さな、四歳くらいの女の子の姿が映し出されて消えた。それは木戸が失ってしまった、最愛の娘である事を思い出した。


 ぼくは自分の言動にすこしだけ後悔した。


「ちょっと、やめてよ!」 ルクレツィアは木戸を睨みつけ、ぼくをその小さな背中で守るように立ち塞がった。


「それに祐騎の言っている事もわかっているでしょう? いつも独りで〈デーモン〉と戦っているんだもの──〈貴族〉相手に怖いと思ったって仕方ないでしょう」



 そんなルクレツィアの姿を見て、木戸は長い溜め息を吐いた。そしてどさりとソファに座り込むと、照れたような笑みを浮かべた。



「いや、悪かったよ。そんなつもりで怒った訳じゃないんだ。それくらい絵伶奈(えれな)だってわかっているよな? ──それに、俺だって祐騎がそんな事を、本気で言う奴じゃ無いってわかってるんだ」



「そうよ。祐騎はそんな人じゃ無いわ」ルクレツィアは微笑んだ。



 この二人は本当にぼくの事を、知っていると思っているのだろうか? ぼくは二人の言葉を聞いて顔を顰めてしまった。



 実際にぼくは、知らない人間が〈デーモン〉に襲われて死んだとしても、けっして心を痛める事は無いだろう。現実の世界では、毎日のように〈デーモン〉による殺人が起こっている。そしてそれ以上に、人間によるおぞましい事件が多発しているのだ。それが現在の世界の日常なのだ。誰もがそれを当たり前に思っている。人間が一方的な被害者であるとは思えない。




 ぼくはあんたらが考えているような人間じゃない。そう言ってやりたかった。




その時、急に扉が開き、いつものように黒いスーツを長身に纏った水城が入って来た。



「何をやってたんだ?」



「ああ、今度の仕事について色々とな。それでどうなったんだ?」


 そう答えて木戸はまた、口に咥えたマルボロに火を点けた。


「ああ、取りあえず依頼は受ける事になった。ただし、俺たちの他にも何組かのハンターに依頼すると言っていたよ。良くあるオーダーさ」



 水城は上着を脱ぎ、空いているソファに座った。ルクレツィアが冷蔵庫からオレンジ・ジュースを取り出し、水城の前にそのグラスを持って来た。



「他のチームって言うのはどこだ?」



 良く冷えているオレンジ・ジュースのグラスを手にした水城に、木戸が暗い声で訊いた。


「さぁ、わからないな。今日は俺だけが依頼を受けたんだ。だけど全国のAクラス・ハンターにはオープン──公開発注を出すらしい。後は早い者勝ちってところだな」


 水城は手にしたジュースを美味そうに一口すすると、そう簡単に答えた。


「クラス限定のオープン・オーダーか? この程度の事件でそこまでするのか?」


「警察も道庁も、この案件はまだまだ続くと断定したんだろ? まぁ、全国にオープンで発注したと言っても、そんなに集まるとは思えないけどな」



 本当にそうだろうか? Aクラス・ハンター限定とは言え、オープン・オーダーならば、ハイエナのような──Aクラス・ハンターがすべて、人格者で優秀な者とは言えないとぼくは思っている──ハンターが現われるだろう。それに……。



「成功報酬はいくらになったんだよ? それにポイントは? ここ最近じゃかなり大きな案件なんだろう?」


ぼくは咬みつくような口調で水城に尋ねた。


「今のところ六千万円だそうだ。それにランク・アップについては、退治された〈デーモン〉が本当に〈貴族〉クラスのヴァンパイアであったなら、ポイントは一律──いいか、チームの全員に200ポイントが貰えるそうだ」


 木戸が口笛を吹いた。かなり驚いているらしい。もちろん、ぼくも驚いてしまった。チーム全員で200ポイントではないのだ。一人一人にそれが与えられるとは・・・。


 先日の仕事で得たポイントが、一人当たり20ポイントにしかならないのだから、この案件のポイントがいかに大きなものであるかわかるだろう。それに報酬金額も最近には無い大口のものだった。今のところはと言うのは、まだ被害者が増える事になれば、その分だけ金額も増していくからだ。それを払う遺族には同情を覚えるが……。



「それは凄いな。やっぱり議員さんの絡んだ案件だけあるぜ」


 擦れたような声で木戸は呟いた。


「それだけではないんだけどな──。まぁ、報酬は確かに大きいが、今回の相手は高確率で〈闇の貴族〉と考えられるから、まともなハンターは乗り出しては来ないんじゃないかな? まぁ、祐騎みたいな実戦能力を持っているハンターなら別だが」


 水城はぼくを見て唇を歪めた。微笑しているつもりなのだろう。相変わらず水城の考えている事はまったく伝わって来ないから、本当は何を思っているのかわからない。


「なんだよ、結局ぼくがそいつと殺し合いをしなければならないのかい? 上級デーモンの一人と? 〈不死の貴族〉と?」


「別に独りって訳じゃ無いだろう? いつも俺たちがバックアップしているじゃないか」


 木戸がそう言って口を挟んだ。確かに木戸たちはいつもぼくの事を『見守って』いる。でも、それはあまり心強いものでは無かった。〈闇の貴族〉クラスのヴァンパイアが、いざと言う時のバックアップを許してくれる存在だとは思えない。


 しかし、ぼくらの現状の戦力では仕方ない事なのだ。ぼく以外の誰が、〈闇の種族〉が持っている、人の精神を犯してくる魔力に打ち勝てると言うのか?



 ぼくの強みはその能力を持っていると言う事で、そしてそれこそがこのチームの中に居るぼくの存在理由なのだから……。



「そうだね」


重苦しい溜め息を吐いて、諦めたようにぼくは呟いた。


「でも、今回の相手は、バックアップが間に合うような簡単な敵じゃ無いと思うよ」


「なにを言ってるんだよ、おまえは俺が守ってやるって」


 木戸がそう言って笑った。本気で木戸はそう思っているのだ。いつも彼はぼくの仕事を、その高性能なライフルに載せたスコープで見ている。もし、ぼくがしくじった時は、木戸がその『獲物』を遠い距離から仕留めるはずである。


 もっともその時には、すでにぼくは引き裂かれているだろう。ただ、木戸にはそれがわかっていない。木戸は父親のような思いで、ぼくを守れると信じている。信念に近い感情を持っている。




 ぼくは力無い微笑を木戸に向けた。勘違いした木戸は、大きく破顔した。






「それで明日から作戦に入ろうと思う。他のハンターが動かないうちに、犯人である〈デーモン〉を突き止めなけりゃな」


 水城は静かにそう言った。


「オーケイ──それでどう言うプランなんだよ」


 ぼくは溜め息を吐きながら、クッションの効いたソファに深く沈んだ。


「いつも通りさ。被害者の遺留品を持ち出す許可は出してきたから、明日にはそれが手に入る。──いいな、絵伶奈? 明日の昼にはここに来てくれ」


「わかったわ」


 気乗りしない声でルクレツィアはそう呟いた。


「木戸さんは警察の情報センターと担当刑事に聞き込みに行ってくれ。形だけとは言え、今回は警察からの依頼になっているから、いつもよりは情報が集まるはずだ」


「そうであれば良いんだがな」


 木戸は肩を竦めた。面倒臭そうな、うんざりした顔をしている。



 警察には、妙なプライドによりハンターへの敵愾心を持つ者が多い。市や道、または国の他の官庁からの依頼に比べ、まともに情報収集に協力してくれないのだ。それは自衛隊関係の仕事にも言える。まぁ、彼らの中にも〈デーモン〉対策の組織が存在するのだから仕方ないのかも知れない。



「まぁ、うまくやってくれよ」


水城は笑顔で言って、氷が解けてしまったオレンジ・ジュースを飲み干す。そして、


「おまえは暫く待機していてくれ」


 と、ぼくに向かって思い出したかのようにそう言った。


 いつもの事だった。捜査に関しては、ぼくはあまり役に立たないと思われている。しかし、最終的に目標の〈デーモン〉を確認するのはぼくの仕事だった。


「ああ、いいよ」


「それじゃ、明日の夜、もう一度ここに集まろう。それでいいな?」


 そう言った水城に、ぼくたちは無言で頷いた。






 水城に連れられていったレストランは、今まで行った事の無いフランス料理の店だった。近場で済ます水城にしては珍しく、郊外の住宅街にそのレストランはあった。


 レンガ造りのその建物は、閑静な住宅街の中に解けこんでいた。よく探さなければこのレストランの存在を知る事は無いだろう。


 木戸は用があると言って一緒には来なかった。水城とぼく、そしてルクレツィアがその店の門をくぐった。


 奇を衒ったような料理は無く、オーソドックスなものばかりだったが、その味は素晴らしかった。前菜のキャビアのクレープに始まり、鯛のパイ焼き、フォアグラの乗ったステーキに季節野菜のサラダのゼリーソースがけ。パンも焼きたてで美味だった。


 ぼくはこのレストランが気に入ってしまった。また機会を作ってここに訪れようと思った。きっと、学生の身分には高額な料金設定であろうが、ぼくの月の収入は一般的なサラリーマンの平均年収並みなのだから、これくらいの贅沢は許されるだろう。


 デザート──シャンパンのシャーベットだった──が運ばれた時、真剣な表情で、水城は改めて話しを切り出した。相変わらずはっきりとしたものでは無いが、躊躇いと諦観の念が彼から伝わってきた。珍しい事だった。


「今回は二つの仕事がブッキングしているんだ。連続殺人犯の〈貴族〉を追跡する他に、〈ガード〉の依頼が来ているんだよ」


「なんだって? 同時進行で二つの依頼を受けるなんて、あんたらしくないじゃないか。一つの仕事が終わらないのに、二つ目の仕事を受けるなんてどう言う風の吹き回しだい?いつものあんたなら、後の依頼は断るだろう?


 しかも護衛の依頼なんて今まで受けた事ないだろう? ぼくたちにそんな仕事が出来る訳ないじゃないか。人手が足り無すぎるよ」


 ぼくは水城の言葉に驚いて、一気にまくし立てた。


 大手の事務所ならば、同時に複数の依頼をこなして行くのだろうが、ぼくたちは四人しかいない弱小の事務所である。〈貴族〉相手の仕事を請け負ったのだから、それだけでも手一杯のはずである。



「それは断った方がいいんじゃない? そんな仕事に割ける人員がどこにいるのよ」


 ルクレツィアが怪訝そうにそう言った。


 だが、ぼくにはこの依頼を断れるとは思えなかった。断れるものなら、水城は最初からこの話をしていないだろう。依頼を受けるかどうかは、水城が取り仕切っている事なのだ。


「この依頼は断れないんだ」顔を顰めて水城は答えた。


「何でよ?」頬を膨らませてルクレツィアは訊いた。


「どうしてもだ。これはすでに決定している」


「だからなぜなの?」


「止めろよ、ルクレツィア。水城が断れないんだから仕方ないだろう」


 ぼくは二人の言葉の隙間を縫って諦め口調でそう言った。


 すこしだけ驚いたような顔で、そしてむっとした顔で、ルクレツィアはぼくの顔を睨みつけた。


「営業は水城の担当なんだ。その水城がどうしても依頼を受けなければならないと言うんだから、きっと断れない事情があるんだろ」


 そう言ってぼくは水城を見た。ぼくに思わず庇われて、にやりとした水城は、

「その通りなんだ。これはある団体の意向で、俺はそれを断れる立場にいないんだよ」


と、ルクレツィアに向かって言い訳した。


 ぼくはとりなすようにルクレツィアに話しかけた。


「水城だって色々の付き合いがあるんだし、これからの営業に影響を与えるのも拙いだろう? 今回は水城の顔を立てなきゃ」


「そう言ってくれるとありがたいな。本当にこれは断れない依頼なんだ。

 ──そうと決まれば明日の夜から護衛を頼む。祐騎と絵伶奈の二人で、な」


「わたしもなの? わたしもその仕事に加わらなきゃならないの?」


 ルクレツィアは思わぬ言葉に声を上げた。


「ああ、ガードする相手が若い娘なのさ。それで事務所に泊り込んで貰うから、何かと面倒を見てくれよ」


 水城は笑いを堪えるようにしてそう言った。


 腹が立ったらしいルクレツィアは、ウェイターを呼んでデザートの追加注文を頼んだ。デザート・ワインも追加する。



 憎らしいのは、それを見ても水城の表情がまったく変わらなかった事だった。



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