第4話 「YUZUNOKIにて」
その翌々日、冬川はYUZUNOKI本社を訪れていた。彼女の前に現れたのは、がっしりとした体格で、大きな声で大仰な物言いをする男――柚木二晴だった。
「こんなに美人で若いなんて――」
挨拶代わりの軽口を皮切りに、YUZUNOKIという会社の素晴らしさ、その将来性、そして何より自分自身がいかに重要な役割を担ってきたかを、二晴は熱弁をふるった。まるで自分ひとりの手で会社を成長させてきたかのような勢いだった。冬川は、笑顔を絶やさず話を聞いていたが、次第にその表情は段々と苦笑に変りそうだった。
「――で、1億でも2億でも用意してもらえるとありがたいんだよね」
二晴の言葉に、冬川は思わず息を詰めた。重荷というより、違和感に近い何かが胸に引っかかる。
この人は、1億や2億で、本気で相続争いに加わるつもりなのか?
その億を超える借入金の担保は?
それに、こんな人物に金を貸して、私たちにいったいどんな得がある?
冬川の目には、どう見ても二晴に経営者の資質があるように思えなかった。高級そうな腕時計とスーツ。先の尖った革靴。ネクタイは締めず襟を目立たせた色物のYシャツ。身振り手振りが大きく、自分の手柄を自慢する男――まるで合コンで「オレ、年収〇〇円なんだよね」と言ってくる大手広告代理店勤務の軽薄そうな男そのものだった。顔は、モテそうにないのだけれど。
しかし同時に冬川の脳裏に浮かんだのは桜庭からの指示だった。最低でも30億円。これは単なる融資ではない。つまり、これは当行の力で柚木二晴を次期社長に据えろという意味だった。さらに考えれば、桜庭の意図はYUZUNOKIのメインバンクである地銀から、その座を奪えということだろう。たしかに、YUZUNOKIがこのまま順調に成長を続ければ融資規模はゆうに100億円を超えていくだろう。それだけのポテンシャルが、この会社にはあるのは確かだった。
だが、その為にはこの軽薄そうに見える男を煽てて相続争いに乗せ、そして勝たなくてはならない。相手は長男の一誠とメインバンクの地銀だ。そう考えた一瞬、冬川は僅かに胸の奥に、嫌な感じを覚えた。それは二晴が次期社長になった時の会社のイメージが、彼女の脳裏を一瞬よぎったものだった。だが、それは彼女の頭の回転の速さゆえにすぐに消し去ってしまった。既に冬川の頭は、二晴をその気にさせる為の対策を既に組み立てようとしていた。
(煽ててその気にさせるのは簡単そう。だけど、だからこそこの男をYUZUNOKIの社長にするのは容易ではない)
ともあれまずは帰って桜庭に相談しなくてはならない。
「本日はありがとうございました。近いうちに、最適なプランをご提案させて頂きたいと思います」
そう言って冬川は席を立った。二晴は満足そうであった。




