簡単に死ねるなんて思わないことね。
――私が死んだのは、公爵家の地下牢だった。
錆びた鎖に繋がれ、骨の浮いた手首から血が滴る。
最後に聞いたのは、義母の冷たい声と、妹のくすくす笑い。
「やっと片付いたわね。出来損ないの長女なんて、最初から要らなかったのよ」
毒を盛られ、罪を着せられ、婚約者には裏切られ、領地横領の濡れ衣まで被せられて。
公爵令嬢アリシア・フォン・グラントは、そうして誰にも惜しまれず死んだ。
――はず、だった。
◆
「……ここは……?」
目を開けると、天蓋付きの豪奢なベッド。
柔らかなシーツの感触と、朝の光。
私は飛び起き、鏡を掴んだ。
「……十六歳?」
そこに映るのは、まだ殺される前の私。
運命の日より、ちょうど三年前。
理解するのに時間はかからなかった。
――時間が、巻き戻っている。
神の慈悲? いいえ、違う。
これは私が奪い返すために与えられた猶予だ。
「ふふ……」
喉の奥から、自然と笑いが漏れた。
「今度は、私の番ね」
◆
前の人生で、私は“良い娘”を演じ続けた。
義母に殴られても、妹に踏み台にされても、婚約者に蔑まれても。
結果が、地下牢での孤独な死。
――だから、もう遠慮はしない。
まず最初に潰すのは、義妹のリリアーナ。
彼女は清純可憐を装い、裏で私の評判を落とし、最終的には婚約者を寝取った女だ。
私は彼女の弱点を、全部知っている。
貴族学院の試験問題の事前漏洩。
裏で手を引いていた家庭教師との不適切な関係。
そして、父の印章を勝手に使った横領。
ある日の茶会。
「お姉様って、やっぱり地味ですわね」
そう言って微笑むリリアーナに、私は優雅に微笑み返す。
「ええ。でも地味な方が、書類整理には向いていますもの」
その翌週、父の机から見つかった不正書類。
筆跡鑑定。証人。証拠。
追い詰められたリリアーナは泣き喚いた。
「ち、違うの! お姉様が……!」
私は彼女の耳元で、囁く。
「安心して。まだ“死なない”から」
「……え?」
「簡単に死ねると思わないことね」
リリアーナは貴族籍を剥奪され、修道院送り。
そこで何が待つか――私は、前の人生で聞いている。
◆
次は義母。
彼女は公爵家の財産を食い潰し、最後には私を“事故死”に見せかけて始末する女だ。
だから今回は、合法的に、完璧に潰す。
私は帳簿を改竄しない。
改竄されている“本物”をそのまま提出するだけ。
王都監査官が公爵家に踏み込んだ日。
「これは……横領と脱税の証拠ですね」
義母は蒼白になり、私を睨みつけた。
「アリシア……あなた、何をしたの……!」
私は首を傾げる。
「何も? ただ、真実を並べただけですわ」
彼女は牢に入れられた。
あの地下牢よりは、ずっとマシな場所だろう。
……感謝してほしいくらいだ。
◆
最後は、元婚約者。
王太子の側近でありながら、裏で賄賂を受け取り、私を切り捨てた男。
彼は今回も、私を見下す。
「君のような女に、王都社交界は無理だ」
だから私は、彼が“絶対に失えないもの”を壊す。
忠誠。名誉。未来。
王太子殿下に、静かに告げた。
「殿下。彼は、敵国と内通しています」
証拠は山ほどある。
前の人生で、私が処刑される直前に聞いた“自白”まで含めて。
男は処刑台の前で叫んだ。
「アリシア……! お前が……!」
私は群衆の中で、静かに微笑む。
――やられたらやり返す?
いいえ。
やられる前に、叩き潰すのよ。
◆
全てが終わった後、公爵家は再建された。
私は当主代理として、冷酷と評されながらも領地を立て直す。
慈悲は、選別して与えるもの。
敵には不要。
夜、書斎で紅茶を飲みながら、私は呟く。
「一度死んだくらいで、終わると思った?」
これは復讐譚であり、再生の物語。
そして――
二度目の人生を、誰よりも愉しむ女の話だ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
やられっぱなしでは終わらないアリシアの物語、楽しんでいただけたら嬉しいです。
この物語には、その後のエピソードを描いた連載版もあります。
少しでも気になった方は、ぜひそちらも覗いてみてください。
よければ評価やブックマークで応援してもらえると励みになります。
――白昼夢




