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新社獣ハンター お米券の闇を暴け!

お米券の話を耳にしたとき、「これは社獣ハンターの物語にできる」と直感しました。そして構想を重ね、ようやく一話の形に仕上げることができました。思えば、平成の米騒動の頃、米不足で「タイ米」を食べた記憶があります。多くの人が「まずい」と言いましたが、私は納豆をかけてなんとか食べていました。その後、オーストラリア米や北米米が手に入ったときは、驚くほど美味しく感じたものです。今では福島の無洗米を愛用しています。米は種類だけでなく、炊飯器の性能によっても味が大きく変わる――そのことを日々実感しています。こうした生活の実感が、今回の物語を書く上での背景となりました。

【登場人物】

社獣ハンター

伊田裕美いだ ひろみ

黒髪ショートカットの首領格。格闘技の天才で必殺技「飛燕真空回し蹴り」を操る。冷静沈着で頭脳戦・肉体戦を兼ね備える。

• 五十嵐いづみ(いがらし いづみ)

女優・山岸あや花を思わせる美貌。175cmの痩身で知的な雰囲気。黒縁メガネに仕込んだ小型カメラで敵の動きを記録。セクハラ社獣を罠にかけることを得意とする。

青島美香あおしま みか

若きアシスタント。伊田と五十嵐を尊敬し、彼女たちを支える存在。

• 暗号屋

情報工学の専門家。盗聴・盗撮を駆使し、最新情報を解析してハンターを援護。

• ドラゴン(龐統)

身長180cmの空手プロ。真ん中分けの髪が特徴。静かな呼吸の奥に爆発的な一撃を秘める。

• ブタッキー

政府の要人であり、社獣ハンターの司令塔。翁の能面をつけ、滝沢英明に似ていると豪語したことからこのあだ名で呼ばれる。

• モニター上のインターフェース

信頼性の高い通信システム。確実な情報を伝えるハンターの目と耳。


第一章:物価高騰

千葉県の冬の朝は、灰色の雲が低く垂れ込め、海から吹き寄せる風が街の隅々まで冷たく染み渡る。かつて工業地帯として栄えた湾岸の町並みは、今や老朽化した工場と新興住宅が入り混じり、どこか不安定な景色を形づくっていた。駅前には古びた商店街が残り、シャッターを下ろした店の前で老人たちが立ち話をしている。物価高騰の影は、こうした日常の風景にまで忍び寄り、誰もが財布の軽さを嘆くようになっていた。

その街の一角に、蒜田伸一ひるた しんいちの事務所があった。彼は衆議院議員、与党の一員である。だがその地位は決して盤石ではなく、毎回の選挙で小選挙区では必ず敗北し、比例復活によって辛うじて議席を保ってきた。まるで溺れる者が藁をも掴むように、彼の政治生命は細い糸に吊り下げられているにすぎない。

伸一は1956年に千葉工業大学を卒業した。理系出身であることを誇りにし、自らを「頭の良い人間」と信じて疑わない。しかし、彼に接した者はすぐにその虚飾を見抜き、「大馬鹿」と口を揃えて評するのだった。残り少ない髪はすべて白くなり、彼はそれを真っ黒に染めて威厳を保とうとする。だが、その黒髪はどこか不自然に光り、むしろ彼の滑稽さを際立たせていた。

弟の蒜田伸二ひるた しんじは、兄と瓜二つの顔を持つ男である。国政政党の党首として君臨し、その姿はまるで影武者のように兄と見分けがつかない。彼は「ヒルタ・ビジネス」という会社の社長でもあり、選挙関連の手配を一手に引き受けていた。党員たちは選挙に必要な物資や人員を、必ずこの会社から調達するよう命じられている。政治と商売が絡み合い、利益の流れは兄弟の懐へと吸い込まれていく。まさに「政治で儲ける」構図が、ここに完成していた。

日本は長きにわたりデフレに苦しんできた。三十年の間、給料は上がらずとも物価は安定していたため、人々はなんとか生活を維持できた。しかし今は違う。インフレの波が押し寄せ、給料は据え置きのまま、物価だけが容赦なく上昇している。人々の不満は募り、街角の居酒屋でも、駅前の喫煙所でも、誰もが「暮らしにくくなった」と嘆いていた。

米騒動と聞けば大正時代の歴史的事件を思い浮かべるだろう。だが平成の世にも一度起こり、そして令和の今も再びその兆しが現れていた。スーパーの棚に並ぶ米袋は値札を塗り替えられ、買い物客はため息をつきながら小さな袋を選ぶ。円安は日本経済にとって「プラス」と語られることもあるが、それは一部の輸出企業に限られた話だ。自動車メーカーは潤い、株価は上がる。だが一般国民にとって円安は、生活を圧迫する厄介な現象でしかなかった。

千葉の風景に漂う寒風は、まるで国全体を覆う不安の象徴のようだった。政治家兄弟の影はその風景の背後に潜み、物価高騰の怒りと不満を巧みに利用しながら、自らの利益を肥やしていく。人々の暮らしが削られるほどに、彼らの権力と財は増していく。まさに「新社獣ハンター」が追い求めるべき闇は、ここから始まっていた。

永田町の冬は、冷たい風が議事堂の白い石壁を撫で、枯れ木の枝を震わせていた。灰色の空の下、国会議事堂の周囲には警備員が立ち並び、記者たちがマフラーに顔を埋めながら出入りする議員を追いかけていた。冬の永田町は、政治の熱気と寒風が交錯する奇妙な舞台である。

その日、衆議院の委員会室では国家質疑が行われていた。テレビカメラが列をなし、議員たちの一挙手一投足を捉えようとレンズを光らせている。蒜田伸一ひるた しんいちはその視線を妙に意識していた。昨日、選挙区の床屋で黒々と染め直した髪を撫でながら、心の中で呟く。

「昨日、選挙区の床屋で綺麗に染めたからな。いいところを見せてやる」

その自信は、黒髪の艶と同じくらい不自然なものだった。

伸一は壇上に立ち、農家への減反政策をやめるべきだと声を張り上げた。だが、政府が減反を廃止する意思などないことは、彼自身も承知している。そこで彼は続けて提案する――「それができぬなら、お米券を配れ」と。

この発言の裏には、農家への思いやりなど微塵もなかった。千葉県には米農家が多く、急な減反廃止はむしろ迷惑でしかない。伸一の狙いはただ一つ、お米券の発注である。政府がそれを発行すれば、弟・伸二の「ヒルタ・ビジネス」が請け負うことになる。

過去、ある自治体で商品券を発行した際、市民に配られた商品券は総額2億円だったが、その印刷費用に1億円が投じられていた。印刷を請け負うだけで莫大な利益が転がり込む――伸一の目論見はそこにあった。

弟の蒜田伸二ひるた しんじは、野党の小政党「大和改革党」の党首である。衆議院にわずか5人しか議員を抱えない弱小勢力だが、国政政党という肩書きは大きな特権をもたらす。伸二の錬金術は、政党名を変更することにあった。政党名が変われば、選挙に出る党員は新しいポスターや看板を必要とする。それらはすべて「ヒルタ・ビジネス」に発注され、費用は国から支払われる。

一枚のポスター代を二十倍に水増しして請求する――それが彼らの常套手段だった。国会議員たちは眉をひそめ、蒜田兄弟のやり口を知りながらも、誰も正面から糾弾しようとはしなかった。なぜなら、彼らを叩けば、やがて自分の裏金や不正に火の粉が降りかかることを恐れていたからだ。

永田町の冬の空気は冷たく澄んでいたが、その内部には腐敗の熱が渦巻いていた。蒜田兄弟の黒い影は、議事堂の壁に長く伸び、誰もが見て見ぬふりをする中で、ますます濃くなっていった。

――政治の冬は、国民の暮らしを凍らせ、兄弟の懐を温めていく。


第二章:社獣ハンター出動

東京の片隅、雑居ビルの一室。外から見ればただの古びた事務所にしか見えない。看板もなく、窓にはブラインドが下ろされ、通りすがりの人間にはここが「社獣ハンター」の拠点だとは想像もつかないだろう。だが、その奥の会議室では、密やかに国家の闇を狩る者たちが集っていた。

会議室の中央に座るのは、翁の能面をつけた男だった。白く皺の刻まれた面は、古代から伝わる老人の顔を模しているが、その声は若々しく張りがある。年の頃は五十代だろうか。彼は能面を外すと「滝沢秀明に似ている」と自ら豪語し、仲間たちからは半ば揶揄を込めて「ブタッキー」と呼ばれていた。

ブタッキーが口火を切る。

「政府からの依頼だ。蒜田兄弟のビジネスが、いよいよ問題視されている。政治を私物化し、国を食い物にする獣どもを、我々が退治せねばならん」

会議室の空気が一瞬張り詰める。壁際に座るハンターたちは黙って頷き、資料をめくる音だけが響いた。蒜田伸一と伸二――与党議員と野党党首という奇妙な兄弟。表向きは敵対する立場にありながら、裏では選挙ビジネスを通じて莫大な利益を吸い上げている。お米券やポスター印刷、政党名の変更すら錬金術に変えるその手口は、もはや「社獣」と呼ぶにふさわしい。

ブタッキーの声はさらに低くなる。

「奴らは表の政治家でありながら、裏では社獣そのものだ。国民の不満を利用し、制度の隙間を喰い荒らす。政府は表立って手を下せない。だからこそ、我々に白羽の矢が立った」

会議室の隅で、別のハンターが小さく笑った。

「つまり、獣狩りの始まりだな」

外の街は冬の冷気に包まれていたが、この部屋の中には熱がこもっていた。社獣ハンターたちの眼差しは鋭く、獲物を狙う猛禽のように光っている。蒜田兄弟の影は永田町に広がり、国を蝕んでいる。だが、その闇に切り込む刃が、今ここで研がれ始めていた。

――社獣ハンター出動。物語は、いよいよ狩りの幕を開ける。

銀座の夜は、街灯の光が宝石のように瞬き、ネオンが川の流れのように通りを染めていた。高級クラブが並ぶ一角に、ひっそりと「ロイヤル・クラフト」というバーがある。外観は控えめだが、常連客にとっては秘密めいた空間であり、政治家や財界人が人目を忍んで集う場所でもあった。

五十嵐いづみは、その扉を押し開けた。彼女の目的はただ一つ――蒜田伸二の行動を探るための潜入である。

「ロイヤル・クラフト」は伸二の愛人、大分紀子が経営していた。紀子は五十代に差し掛かり、背は低く、茶色のおかっぱ頭がどこか異国の雰囲気を漂わせていた。彼女が「東南アジア出身です」と言えば、誰もが疑うことなく信じてしまうだろう。着物姿で出勤するものの、その着物は銀座のクラブのママらしからぬ安物で、古着屋で千円程度で買えるものばかりだった。

紀子は伸二に惚れていたわけではない。彼女の本音は冷め切っていた。金さえ入れば伸二など熨斗紙をつけてくれてやる――そう思っていたし、彼の奇妙な性癖にはすでに嫌気が差していた。だが、金の流れを止めるわけにはいかない。だからこそ、彼女は今日も笑顔を作り、客を迎え入れる。

その夜、いづみが店に入ったときは、ちょうど伸二が訪れる日だった。紀子は彼女を伸二の前へと連れて行き、紹介した。

「蒜田さん、こちらいづみちゃん。新人よ」

伸二は一瞬、我を忘れたように目を見開いた。

「美人だね」

紀子はすかさず言葉を添える。

「こちらは代議士さん。いづみも相談事があったら、なんでもお願いしたらいいわ」

いづみは深々と頭を下げ、伸二の右横に座った。伸二は相変わらず酒を浴びるように飲み、顔を赤らめて酩酊していった。

夜更け、彼は駐車場まで送られ、別れ際にいづみに声をかける。

「今度、うまいものでも食いに行こうや」

「お待ちしていますわ」

その言葉に満足げに頷いた伸二は、運転手に豪快に車へ押し込まれた。車は赤坂の議員宿舎へと向かう。だが、その運転手こそ、すでに社獣ハンターの一員――コードネーム「ドラゴン」が潜入していたのだ。

銀座の煌めきの裏で、闇の狩りは静かに始まっていた。


第三章:世直しチャンネルの女戦士

佐藤薫子さとう かおるこは、まだ議員バッジを胸に付けて一年も経たぬ新人代議士だった。所属は野党の立憲改革党。経歴を遡れば、大学卒業後に税理士となり、年収一四〇〇万円を稼ぎ出す勝ち組の職員であった。だが、彼女の心の奥底には、常に「政治を変えたい」という熱が潜んでいた。ある政治団体が若い政治家志望者を募集したとき、薫子は迷わず応募し、政治家への道を踏み出したのである。

風貌は短い茶色の髪に黒縁メガネ。胸は豊かで、引き締まった腰回りは舞台に立つアイドルのような均整を誇っていた。甘い顔立ちは男性有権者の心を掴み、本人も「アイドルとしても通用する」と密かに思っていた。だが、1989年生まれの彼女は、世間から「もうおばさん」と囁かれる年齢に差し掛かっていた。

そんな薫子が最初に目をつけたのは、政府と蒜田兄弟、そして「ヒルタ・ビジネス」の癒着であった。彼女はもともとYoutuberとして活動していた過去を持ち、『佐藤の世直しチャンネル』という番組で社会の不正を告発していた。画面の前で、彼女はお米券の闇を解説し、クリップを掲げながら視聴者に訴えかける。

「このお米券、実は裏で大きな利権が動いているんです」

その言葉に呼応するように、彼女のファン――信者とも言える人々が千人単位で動いた。総務省への抗議電話、蒜田伸一の事務所への問い合わせ、ヒルタ・ビジネスへの苦情。薫子が犬笛を吹けば、群衆は一斉に吠え立てる。

だが、彼女の戦場はネットだけではなかった。国会の場でも、薫子は毅然と立ち上がり、蒜田兄弟の闇を追及した。議事堂の空気が張り詰める中、彼女は声を響かせる。

「ヒルタ・ビジネスへの発注プロセスに関する議事録を提出してください!」

議員会館の傍聴席からはざわめきが起こり、テレビカメラが彼女の姿を捉える。黒縁メガネの奥の瞳は鋭く、若き代議士の決意を映していた。蒜田兄弟の顔に一瞬、影が走る。彼らの牙城に、ついに挑む者が現れたのだ。

――佐藤薫子。世直しチャンネルの女戦士は、政治の闇に切り込む刃となりつつあった。


第四章:潜入者の影

蒜田伸一の事務所は、冬の夕暮れに沈む街の中でひっそりと灯りをともしていた。外から見ればただの議員事務所だが、その内部には緊張と混乱が渦巻いていた。

机を拭いている女性の姿に、誰もが一瞬「どこかで見たことがある」と思うだろう。伊田裕美――社獣ハンターの一員であり、すでに伸一の事務所へ潜り込んでいた。彼女は秘書のように振る舞いながら、日々の雑務をこなしつつ、内部の情報を収集していた。

朝から電話は鳴り止まない。佐藤薫子の追及がテレビで流れ、抗議や問い合わせが事務所へ殺到する。伸一が個人的に雇った私設秘書たちは、受話器を握りしめて必死に対応していた。怒声、嘆き、皮肉――電話口から流れ込む世間の不満は、事務所の空気をさらに重くしていく。

テレビ画面には、国会で与党を追い詰める佐藤薫子の姿が映し出されていた。黒縁メガネの奥の瞳は鋭く、若き議員の声は議場に響き渡る。裕美はその映像を録画し、夜に伸一が事務所へ戻ったときに見せるため、動画ファイルに加えていた。彼女の手際は秘書以上に冷静で、しかしその裏には「証拠を積み上げる」という使命感が潜んでいた。

夜、伸一が事務所へ戻ってきた。疲れた顔をしてコートを脱ぎ、机に腰を下ろす。裕美は柔らかく声をかけた。

「今日は講義の電話でいっぱいで、大変でした」

伸一は少し困ったように眉を寄せ、短く答える。

「迷惑をかけたね」

その言葉は、表向きの謝罪にすぎない。だが裕美の耳には、政治家の虚ろな響きとして残った。彼女は黙って頷きながら、録画した映像を保存する。伸一の背後に、佐藤薫子の声が重なり、事務所の空気はさらに張り詰めていった。

――潜入者の影は、すでに議員の足元に忍び寄っていた。

東京の夜は、街の灯りが川面に映り込み、冬の冷気が高級料亭の暖簾を揺らしていた。名門「細川吉兆家ほそかわきっちょうけ」は、政治家や財界人が密談を交わす場として知られている。磨き込まれた廊下、静かな庭の灯籠、そして一食十万円の料理――そのすべてが、権力者の虚飾を支える舞台だった。

蒜田伸二は、その夜、銀座「ロイヤル・クラフト」でホステスをしていた五十嵐いづみを伴っていた。彼は盃を傾けながら、得意げに言う。

「ここの料理はうまいよ。一食、一人十万円だよ」

いづみは目を丸くし、驚きを隠せない。

「えっ、そんな高い料理をご馳走してもらっていいんですか?」

伸二はにやりと笑い、彼女を見つめる。

「君の美貌には、それだけの価値があるよ」

いづみは口元を押さえ、冗談めかして答える。

「あらっ、ちょっと怖いわ」

やがて料理が運ばれてきた。器の中には、芸術品のように盛り付けられた旬の食材が並び、香りが室内を満たす。だが、いづみの心は料理よりも別のことに集中していた。伸二がトイレに立った瞬間、彼女は素早く動いた。バッグやコートに発信機を仕込み、伸二の持ち物へも小さな装置を忍ばせる。

戻ってきた伸二は、何も気づかぬまま笑顔を見せる。帰り際、彼は甘い声で囁いた。

「今度は高級ホテルで会えるかな」

いづみは彼の胸に軽く身を寄せ、その隙に発信機と録音機器を取り付けた。

「近いうちに呼んでくださいね。そうじゃないと、浮気してしまいますよ」

伸二は満足げに笑い、車へと乗り込んだ。いづみは静かに見送る。彼女の瞳には、笑いが見えた。

市ヶ谷の夜は、冷たい風が街路樹を揺らし、車のライトが川面に反射していた。防衛省の建物が静かに影を落とす一角に、古くからの高級料亭「談話室 たかむら」がある。外観は控えめだが、暖簾をくぐれば別世界。畳の香りと磨き込まれた木の艶が、訪れる者を非日常へと誘う。政治家や財界人が密談を交わすには、これ以上ない舞台だった。

その夜、篁の奥座敷にいたのは蒜田伸一と弟の伸二、二人きりだった。さすがに「ヒルタ・ビジネス」の事務所で会うわけにはいかない。料亭の静けさは、彼らの会話を外へ漏らさぬよう守っていた。

伸一が口を開く。

「あの佐藤とかいうあま、問題だね」

伸二は盃を傾け、低く笑う。

「兄さん、なんとか黙らせることはできないかな」

「金でつってみるか」伸一が呟く。

「金で動かないようなら、消すか……」伸二の声はさらに冷たくなる。

伸一は少し間を置き、考えるように眉を寄せた。

「う……ん、いい手はありますか」

伸二はにんまりと笑みを浮かべ、囁いた。

「そうね、最近うちに新人の運転手が入ったんだ」

その言葉に伸一の目が細くなる。伸二は盃を置き、唇の端を吊り上げた。

「無理心中ですか?」

二人の笑い声が、料亭の静かな空気を不気味に震わせた。障子の向こうには庭の灯籠が淡く光り、まるでその笑いを冷ややかに見つめているかのようだった。

――市ヶ谷の夜に響いたその笑いは、やがて血の匂いを孕む陰謀の序章となる。


第五章:廃屋の攻防

佐藤薫子の帰宅はいつも遅い。調べなくてはならない資料は山ほどあり、さらに深夜にはYouTubeでの配信が待っている。代議士になる前、彼女の深夜ライブはせいぜい五百人程度の視聴者しかいなかった。だが今は違う。国会での追及が話題となり、彼女の「世直しチャンネル」は一万人もの視聴者を深夜に釘付けにしていた。

その夜も、議員会館へ戻る途中だった。街灯の下、車が急停車し、蒜田伸二が突如降りてきた。彼は佐藤にクロロホルムをかがせ、抵抗する間もなく車へ押し込んだ。意識が遠のく中、運転席に座っていたのは兄の蒜田伸一だった。

車は夜の街を抜け、やがて錆びついた鉄工所へと辿り着いた。そこは蒜田兄弟の父、蒜田門右衛門がかつて経営していた工場。今は廃屋と化し、冷たい風が鉄骨の隙間を鳴らしていた。

佐藤はやっと目を覚ました。薄暗い室内、テーブルの上には札束が積まれている。五千万円。伸一が低い声で言った。

「金なら出すよ。これで全て忘れてもらえるかな」

佐藤は黒縁メガネを指で軽く触れた。そこには小型カメラが仕込まれており、録画をオンにする仕草だった。彼女は毅然と答える。

「無理です。返してください」

伸一の目が細くなる。

「どうしても無理かな……だとすると死んでもらうよ」

その時、伸二が運転手を伴って現れた。男の名はドラゴン。だが彼の声は震えていた。

「無理心中してもらうよ」

しかし、彼らは相手を見間違えていた。ドラゴンはすでに社獣ハンターの潜入員だったのだ。

突如、廃屋の扉が破られる音が響いた。埃が舞い、冷たい夜風が吹き込む。そこに立っていたのは伊田裕美と青島美香。伸一が驚きの声を上げる。

「君は?」

次の瞬間、ドラゴンが動いた。鋭い一撃で伸一を、続けざまに伸二をノックアウトする。兄弟は床に崩れ落ち、札束が散らばった。

裕美は冷静に告げる。

「資料はすでに集めてある。これで十分だ」

佐藤は震える手でメガネを外し、録画が続いていることを確認した。彼女は救い出され、裕美と美香に伴われて無事に家まで送り届けられた。

――廃屋の夜は、蒜田兄弟の闇を暴く決定的な瞬間となった。


エピローグ

社獣ハンター事務所。

暗号屋は無言でキーボードを叩き続けていた。蒜田兄弟の悪事を裏付ける証拠――契約書、裏帳簿、録音データ――すべてが暗号化され、瞬く間にSNSへと拡散された。数分後、ネットは炎上の渦に包まれる。

タイムラインには怒りと嘲笑が次々と流れ込む。

• 「お米券は自分たちの金儲けだったのか」

• 「赤絨毯の上を歩くハイエナ」

• 「政治家じゃなくて詐欺師だろ」

• 「国民を食い物にする兄弟、許せない」

• 「社獣は退治されるべきだ」

• 「佐藤薫子さんを殺害しようとした殺人鬼」

• 「蒜田兄弟は血に飢えた殺人鬼だ」

炎上は止まらず、拡散は雪崩のように広がっていった。

その頃、伸一と伸二は廃屋に縛られていた。錆びた鉄骨の影の中、突然扉が開き、記者たちが雪崩のように突入する。カメラのフラッシュが閃光となり、質問が矢継ぎ早に飛ぶ。

「説明してください!」

「お米券の裏金は事実ですか!」

「国民を裏切った気持ちは!」

兄弟は顔を背け、必死に叫ぶ。

「うつすな!」

だが、もう誰も彼らの言葉に耳を貸さなかった。

近所のスターバックス。

裕美といづみはキャラメルマキアートを手に、肩を並べて座っていた。

裕美が微笑む。

「これで蒜田兄弟も終わりね」

いづみはストローをくるくる回しながら答える。

「しかし、これは氷山の一角。社獣は後から後から湧いて出てくるわね」

裕美がふと思い出すように言う。

「そういえば、お米券が配られたそうね」

いづみは笑みを浮かべて返す。

「あたしはお米券でカルフォルニア米を買うわ」

裕美は肩をすくめて皮肉を込める。

「本物を作っているんだから、それは偽物を作るなんて簡単よね。造幣局が贋金を作っているようなものね」

いづみがすかさず笑いながら言う。

「偽のお米券まで作って闇市場でさばく、まさに社獣の王様ね」

二人は顔を見合わせ、声を立てて大笑いした。

――闇を暴く戦いは終わった。しかし、社獣との戦いはこれからも続いていく。

(完)

ようやく「お米券の闇」を描き切り、胸のつかえが下りたような気持ちです。書き終えた今は安堵していますが、同時に次の題材をどうするかという新たな苦しみが始まります。物語は常に現実の影を映し出し、次の闇を探し続けなければならない。社獣ハンターの戦いは終わらず、私自身の創作もまた続いていくのです。

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