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翌朝目が覚めると、いつの間にかフェルスタは出ていったらしい。
迎えにきたネイナに着衣もベッドも乱れていないのを少し不審に思われつつ、アンバーは来たときとは別のルートで自室に戻った。
「ブラル閣下って、不能ですか?」
有能だけれど毒舌が過ぎる侍女のクロエに指摘され、
「とても紳士でいらっしゃるだけよ」
わざと澄まして答えてみせた。
実際、あのあとフェルスタはアンバーに言われるがまま下着姿でベッドに入ったものの、アンバーが脱ぐことは許してくれず、ただ共寝をして夜が明けた。
共寝と言っても密着することもなく、腕を伸ばせばかろうじて触れる距離の添い寝。子作り司令が出ている中、ナニもない一晩を過ごしてしまった。
それでも青い顔で固まって居たフェルスタが一つでも何かできたのだから、良かったことにしたい。
問題は、ほぼ童貞のフェルスタと、その『想い人』であるアンバーがなぜ今回こんなことを王太子の指示でさせられているのか、だ。
そもそも子作りなんて当事者ががんばればいい話で、代行なんてありえない。
「クロエ、至急調べて欲しいのだけど」
最近起こった政治的な動きで関係があるとするなら、隣国カウダ。そして、第二王太子妃。
隣国と第二王太子妃に係るすべての最新情報を可能な限り集めてほしい。そんな主の指示を伝えるべくクロエが部屋を出て、そしてすぐ戻ってきた。
その手にあるのは、王太子の刻印で封じられた封筒。
何もかもお見通しと言わんばかりの王太子の対応に腹を立てながら中を流し読んで、アンバーは控えていたクロエに朝食代わりのお茶を頼んだ。
風通しの良いティーテーブルで、改めてじっくりと手紙を読む。便箋一枚だけの手紙は、どう読んでもそれ以上は書かれていなかった。
『今日中に話がした』
諦めてため息をつく頃、クロエがそっとカップを差し出した。
「王太子殿下の補佐官に今日の面会可能な時間を聞いておいてくれる? 私は殿下の都合に合わせるから、と」
アンバーの言葉にクロエが頭を下げる。
「それとクロエ、さっきお願いしたことだけど」
「調書なら、お昼までにはお届けできると言付かっております」
「そう、ありがとう」
さて、第二王太子妃妊娠の裏でいったい何が動いているのか。
「忙しくなりそうね」
アンバーは、朝の風を大きく吸い込んだ。
ー*ー*ー*ー
同じ頃、フェルスタ・ブラルは執務室の隣にある私室のソファに寝転んで、大きなあくびをしながら報告書を眺めていた。
アンバーに言われるがまま下着だけでベッドに入ることはできたが、結局一睡もできず、ここへ逃げ込んでしまった。
なぜなら、アンバーがあまりにも可愛く寝ていたから。
手を伸ばせば届く距離で眠るアンバーを思い出すだけで胸が熱くなる。そのアンバーに触れたことを思い出せば、更に。
もともと性欲と言うものを意識したことがないまま結婚し、閨事の教育は妻が自らしたいというのに任せ、その閨の記憶がないまま事は済み、何があったのかを問いたくても答えてくれる者はこの世にもういない状況で長年放置した不安の行き場が見つからないのだ。
こんな欠陥があって、アンバーの言う『政治的な義務』など果たせる訳が無い。
今日中に王太子にこの話を断ろう。そして、アンバーがこれ以上巻き込まれないよう代案を提示しよう。
そうあのベッドの中で決めたはずなのに、頭が考えることを拒否している。
あの口づけを、抱きしめた柔らかな感触をもう一度と望んでしまう。
大きなため息をついて、眺めていただけの報告書をテーブルに置き、重ねられてた封筒を手に取る。送り主を眺めるその手が一通の封筒で止まった。
急いで開封して中を読むと、執務室に戻り机の便箋とは別の便箋を使い文を書く。
呼び鈴で人を呼び、その手紙を託す。
「これを第二王太子妃様に。内密に渡してくれ」