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R15要注意です。
「し、失礼する!」
気合が入りすぎた小声で部屋に入ってきたフェルスタは、ほんの数歩先のベッドに腰掛けてぼんやりと部屋を見ているアンバーに、思わず入ってきたばかりのドアから逃げ出したくなった。
本当にいた。
そのためにここへ来たのはわかっていたのに、まだ本当にこんなことをアンバーが了承するとは思えなくて、どこかで期待しすぎないようにしていた。
けれど、部屋にいたアンバーは、仕事の時の様な気負う様子もなくて、ベッドに座り、ふんわりとフェルスタを待っていた。
普段は結い上げている栗色の髪は降ろされて、露出はないものの薄っすらと素肌がわかるナイトドレスを着て。普段は見ることのできない足の白さが、暗い部屋で真珠のように発光する。
わかっていて、ここに居てくれている。
そう思えることが信じ難くて、よけい緊張する。
やはり好きだと思う一方、はたして自分は彼女をちゃんと愛せるのだろうかと、勢いでここまで来た間は感じなかったプレッシャーが顔を出す。
そうやってドアの前で立ち尽くしたフェルスタを、アンバーはじっと待っていた。
フェルスタが仕事は優秀なのに、私生活では異性に対して挙動がおかしくなることを、半年その下で仕事をしたアンバーは知っている。
自分に自信がないのだ。
もったいない人だと思う。
そんな彼が自分に向ける好意は、いつも慎ましい。
今まではそれをあえて気にすることはなかったけれど、こうなってみると、ちょっともどかしい。
これが仕事の一環だとわかってはいるけれど、色々思うこともあってこっちはやる気満々。なのに、どうしてここに来てまでもじもじするのか。
ここは、私が主導権をとるべきかしら?
前世からの頼りになる姉御気質が顔を出す。
やらなきゃ何も始まらないのなら、遠慮なんてしている場合じゃないわよね。
これは仕事だからと言い訳を頭の中でしながら、アンバーはベッドを降りた。
どうしようかと思ったが、まずはその場で軽いカーテシーをする。
「こんばんは、ブラル様。このような立場でお会いすることになって、緊張しますわね」
子どもをあやす第一歩は同調から。
困った顔で笑って見せると、フェルスタがそっとアンバーを見た。
よし、次。
「こう言っては不敬に当たりますが、お互い親族には振り回される運命なのでしょうか?」
そっと近づき、握りしめられた拳に指の先だけで触れる。
すると、ピクリと動いたフェルスタが、ガバっとアンバーの手を握って来た。
「運命と言うなら、貴女です。私はひと目見たその時からずっと貴女を妻にと思っていた」
いきなりマックスな、普段感じたことのないフェルスタの熱量に、アンバーの方が思わず引いてしまうが、なんとか堪える。仕事仕事、これは仕事。
「ずっと、貴女が好きです。アンバー殿、貴女を愛する許しをください」
しょぼくれた印象からあまりそう見られることはないが、王太子のまた従兄弟は王太子に似た整った顔をしている。
その王家に現れる天空の青と言われる瞳が、熱を帯びてアンバーに愛を乞う。
アンバーはその瞳を冷や汗をかきながら見つめ、猛烈な勢いで考えた。
この男、妻とか言ったわよね? きっと今なんのためにここにいるのかも忘れているわよね! 今必要なのは愛じゃなくてやるべきことをさっさとやること。大人なんだから、割り切って楽しむなり素早く済ますなりできるはずでしょ?
でも、もしここでそれを指摘して平常運転に戻ったとしたら、フェルスタのことだ。この部屋から逃げ出すかも? それじゃやるって決意してのこのこやってきた私はどうなるのよ! かと言って、ここで頷いたら、フェルスタと便乗してくる父に強引に結婚に持っていかれる、とか? それはイヤなんだけど! え、これって何が正解? どうすればいいの!!
いっそ、間違えましたと自分が逃げてしまおうかと思った脳裏に、仕事の二文字がよぎる。
そう、忘れてはいけない、これは仕事。どんなに熱烈な告白を受けようと、これは仕事を円滑に行うためのコミュニケーションでしかない。ということにする!
「はい、フェルスタ様。私を愛してくださ…っ」
言い終わらない唇を、強引に塞がれる。
噛みつくような激しさに身をすくませると、抱きしめられ、そのままベッドに倒れ込んだ。
至近距離で見つめ合う。お互いの顔には驚きと欲の色。
最初に動いたのはフェルスタ。
慌ててアンバーから離れようとする。
その首に腕を回して、アンバーはそっと唇を合わせた。
「大丈夫です。このまま…」
触れ合うだけの口づけが、次第に深くなり、甘い吐息に衣擦れの音が交じる。
ああ、そうそう、こんな感じ。
四十年ぶりの感覚に、アンバーの体の中に熱――が生まれることはなく、カサコソと動くフェルスタの手が生むのは、
「あの、フェルスタ様…っん」
コソコソゴソゴソコチョコチョ?
「だ、めぇ…フェル、さま、ぁ! やっ、めて、く、くすぐったい!!」
はあはあと息をして、なんとかその手から逃げ出したアンバーが見上げると、フェルスタはしょぽんとしたままうなだれていた。
何が起こったのかわからないまま、アンバーは思った。
子作り、無理。
絶対、無理っ!!
こういうシーンを書くのは久しぶりです。
…テレます。