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黄色いおじさん

作者: 牛舌六月

 小4の頃だったと思う。


 学校からの帰り道に、黄色い帽子を被り、黄色の旗を振るおじさんがいた。小学生などの子供の下校を見守る、保護者の一人だ。地域によっては、見守り隊、とでも言うのだろうか。薄灰色のひげを生やし、禿げた頭から流れる汗を茶けたタオルで拭いながら旗を振るおじさんは、とても人が良さそうだった。近くを通り過ぎようとすると、少し黄ばんだ欠けた歯をにっと見せながら、


「おかえり」


と言う。私の学校では、見守りをしている人には必ず挨拶をする決まりがあったから、当然、人見知りの私であっても


「ただいま」


と返した。


 それだけの会話をするだけだった。学校から帰る時に会って挨拶をして、それきり。私は、先程も言ったが人見知りをする子供だった。例えおじさんが熱中症で道路に倒れていても、呆然と立ち尽くすような子供であったであろう。助けを呼ぶこともせず、泣き叫ぶこともせず……そんな子供に、おじさんはよく声を掛けてくれたものだ。


「暑いね」「気をつけて帰り」「車に気をつけるんだよ」「明日も暑いね」「前をちゃんと見るんだよ」「お水をちゃんと飲みなさい」


今覚えているだけでもこのくらいあるのだから、当時はもっと沢山の言葉を掛けてもらっていただろう。きっと、優しい人だったのだ。


 夕方5時。と言っても、夏の日の夕方というのは明るいものだ。しかしその日は曇りだった。蒸し暑く、アスファルトから水が蒸発してくるような、ねっとりとした温度が肌に纏わりつく薄暗い帰り道。私はいつも通り帰り道を歩いていた。少しでも早く帰りたかったが、不幸とは重なるもので、その日は膝小僧を擦りむいていたせいで上手く歩けず、ひょこひょこと変な踊りを踊りながら歩いていた。額から頬に張り付く汗を手の甲で拭い、早く家に着けと地面に向かって念じていた。


「おかえり」


いつもの声に、目線を上げた。


「ただいま」


気怠く、それでも聞き返されるのは面倒だったからなるべく大きな声を出した。おじさんがにっこり笑った。欠けた前歯が見える。細められた目は少し窪んでおり、その奥の目は魚のように黒い。ばたばたと大げさに旗を振っていた。こんな日でも、この人は陽気な人だなと思った。横を通り過ぎた時、


「早くお帰り」


と再び声が聞こえた。


「うん」


わかったと頭を下げた時、おじさんの泥まみれの長靴が目に入った。この辺は田んぼがある。

 湿った匂いを鼻に感じながら、転がる大きな石を避け、帰り道を急いだ。ばたばたと旗を振る音が、暫く耳に届いていた。

 数分後、ほんの少し間に合わずに土砂降りにあった。


 蒸し暑く、その日は曇りであった。今日もそんな日和である。ただそれだけであるのに、やけにその日のことを思い出す。おじさんの青白い顔と、ボロボロの布切れのような黄色の旗。横断歩道のない、田んぼのあぜ道で、あのおじさんはいつもあそこで何をしていたのだろうか。古い記憶なため、もしやと思う程度だが、あの黄色の旗は、小学生がランドセルに着ける黄色のカバーを農具の棒につけただけのものだったようにも思える。

 異様な記憶が、捏造を繰り返しただけのただの思い出だろう。しかしやはり耳に残るのは、二度目の「早くお帰り」という言葉だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人か怪異か、あるいは幻覚幻聴か。思い出すと「ひやっとする」経験(たとえば若気の至り)は多くの人が持ってるでしょうが、それが素朴な雰囲気で良く出ていました。
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