『風の行方』 第一話 終焉の音色
『風の行方』は、『そして君は風になる』の後日談の話になります。
嘘でも偽りでもかまわないから、あの子に愛していたと伝えて下さい。
あの子は誰も恨んでなど、憎んでなどいなかった。ただ自分という存在を認めて欲しかった…ただそれだけのことなのだから。
だから、最後に一度だけあの子を抱きしめて下さい…
「…大好きだよ、二人とも…だから―――」
辛い悲しみすら乗り越えて穏やかに優しく微笑む少女に、青年は目を反らしたくなる衝動を抑えながらずっと少女を見ていた。
激しい胸の痛みが襲ってきているはずなのに、もう本当は立っていることさえ辛いはずなのに、それでも微笑んでいる少女に青年は目を反らすことなど出来なかった。
「―――だから、幸せに…な…って………ね…」
穏やかに微笑みながら、もう言い残すことは無いと少女は青年の目の前で静かに崩れ落ちた。
まるで、糸の切れた操り人形のように脆く崩れるように…
「…お疲れさま、依音。もう、お休み」
倒れている少女…葛葉 依音の頭を優しく撫でながら、青年…九条 和臣はもう苦しまなくていいんだと優しく依音に語りかけた。
もう、道化を演じる必要はないのだという想いを込めて。
「…本当にこんな選択しかなかったのか、依音…」
依音の選択に…依音の想いに和臣は居た堪れない思いで空を見上げた。
なぜ依音だけがこれほどまでに悲しい思いをしなくてはならないのかと、信じてすらいない神に怒りをぶつけながら。
「どうして神は依音を見捨てた―――」
神などいるわけなど無い…そもそも信じてなどいないけれど、どうしようもないほどの怒りと悲しみに和臣は言わずにはいられなかった。
「…誰よりも何よりも、清き心を持っていた少女を…」
依音は何もしていないのに、どうしてここまで苦しまなければならなかったのかと、和臣は倒れたまま動かない依音を腕に抱きながら呟いていた。
決して消え去ることの無い、悲しみをその胸に抱きながら―――
少女はかつて、青年に一つの願い事をした。
それは少女が他人に願った、最初で最後の我がままだった…
「お久しぶりです。蓮さん、それに皐月さん」
「久しぶりじゃないか、今日はどうした?」
「久しぶりですね、和臣君」
久しぶりに少し年の離れた幼馴染の夫婦に会いに来た和臣は、珍しいなという二人の声を聞きながら案内されたリビングで何の用があったのかと尋ねられた。
「今日は…お二人にお願いがあって来たんです」
差し出されたお茶を飲みながら、一体何があったのかと問いかける蓮と皐月に和臣は言いにくそうに二人に言葉をかけた。
今日でなければならない願い事…今日でなければ叶えることの出来ない想いのために…
「…和臣が俺達に願い事をするなんて珍しいな…」
「そうですね。いつも私達が迷惑をかけていたから…」
和臣の真剣な言葉に、蓮と皐月は自分達に出来ることならと和臣を安心させるかのように笑いかけた。
和臣には忌々しいあの出来事の相談をしていたから、彼が困っているのなら今度は自分達が何かしてあげられたらと思っていたから。
「あれ、和臣おじさん?」
「和臣さん、久しぶり」
蓮と皐月の言葉に、本当に言いたい言葉は何なのかと伝えるべき言葉を迷っていた和臣に対して、和臣が来ていたことに気づいた華音と樹は珍しいという思いを露わにしながらも挨拶をした。
「久しぶりだな、華音君に樹君。…元気だったか?」
今の和臣にとって、華音と樹の笑顔を見るのは本当に耐えられなくて、それでも彼女の願いを叶えるためには嘘を突き通さなければならなくて、和臣はぎこちない顔で答えた。
矛盾する感情をひたすらに隠しながら…
「それで、和臣の願い事って何なんだ?それほどまでに言いにくいものなのか?」
「…会って…会ってもらいたい人が…いるんです…」
彼女の願いのために今までずっと隠してきた真実…けれど、それでは彼女は何のために生きてきたのかと、何のために生まれてきたのかと思うと伝えずにはいられなかった。
「…お願いです。一目、会うだけでもかまわないんです…」
彼女は、貴方方の犠牲になるために生まれてきたのではないのだからと和臣は叫びたかった。けれど、その言葉を音として彼らに伝えてしまえば今まで築き上げてきた全てが台無しになると、和臣は必死で叫び出したくなる感情を押さえながら蓮と皐月の二人に願った。
「…わかった。誰だかはわからないが、他の誰でもない和臣の頼みだ」
「ええ、いつも冷静な和臣君がそこまで必死に願うことならば、私達は出来る限りの努力をしましょう」
いつだって冷静で、家族以外の誰に関しても興味を持っていなかった和臣が、俯きながらただただ自分達に希う姿に二人は驚きながらも、和臣の願いを叶えることにした。
それほどまでに和臣の心を乱す存在とは何なのかという興味もあったから。
「ところで、和臣おじさん。父さんと母さんに会わせたい人って一体誰なんですか?」
「…会えば、わかる。華音君と樹君も会ってみるか?」
彼女に会うこと…それは、彼らにとって辛い真実を知ることに等しい。最も、全てを知ったからといって彼らが受け入れるとは思ってなどいないけれど…
彼女は拒絶するかもしれない。それがわかっていても和臣は彼らに真実を彼女の優しさを知ってもらいたかった。
「俺達が会ってもかまわない人物なのか?」
「…本人は嫌がるかもしれないな。ずっと、全てを隠してきたから…全てを…」
それでも、会ってもらいたい人なんだよと、いつもの和臣とは違って優しく微笑む姿を見た華音と樹は会わない方がいのかもしれないと思いながらも、好奇心に負けて連と皐月と共に和臣が願う人物に会いに行くことにした。
それが彼らの、終わりと始まりを知らせる合図だった―――




