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そして君は風になる  作者: 結城 飛鳥
7/12

第七話 そして君は風になる

 最後の舞台として選んだのは、最後に彼に笑いかけてもらった場所。

 たった一瞬だけでも、幸せだったと感じることが出来た空間。


「…で、こんな所に俺を呼び出して何の用だよ」


 そして、最後の舞台の観客として選んだのは、この悲しみに満ちた世界で、ただ一人私が愛した人…決して私を見てはくれなかった人。

 それでも忘れることの出来ない人だから、終焉のこの舞台を貴方に託そう。


「聞きたいことがあるの。どうして貴方達は、人を信用できるの?」


 道化を演出するための最後の仕掛け。

 答えなど最初から求めていない。既に、私は私なりの解答(こたえ)九条(くじょう)先生や(あき)(ともえ)さん、玲亜(れいあ)から受け取り、答えを見つけたから。


「お前は俺を馬鹿にしてんのか!」

「馬鹿になんかしていない。私にとって人は愚かで臆病でそして残酷な存在だから、どうしてそんな人達に笑いかけることが出来るのか疑問に思っただけ」


 私を化け物と思っている彼らにとって、私という存在はこういうものでしょう?

 触れただけで人の心の奥底を覗く、隠しておきたい真実を暴く、人ではない依音(いおん)という悪魔…それが彼らにとっての私という位置付け。


「お前は、一度だって人の気持ちを考えたことがあるのかよ!」

「そういう(いつき)は、私の気持ちを考えたことがあるの?」


 人を残酷な存在と定義する前に…その能力を使って人を判別する前に、人という存在を見ていたのかと怒りを隠そうともせずぶつけてくる樹に、私は一瞬だけ道化を演じるのを忘れて尋ねていた。

 貴方達は…貴方は、私を本当の意味で見てくれたことがあるのかと…


「人を信頼することすら出来ない化け物の気持ちなど、考えたくもない」

「そう。なら私だって同じことだよ」


 樹の答えはわかりきっていたことだった。それでも、最後くらい別の想いを期待していたのかもしれない。

 樹の言葉に病気による胸の痛みに加えて、心が痛いと泣き叫んでいるかのように胸が締めつけられる痛みを感じたから。


「…見損なったよ。最低だな、お前」

「別に、樹にどう思われようが私には関係ない。私にとって人とは、そんなものでしかないから」


 やっぱり化け物は化け物でしかないのかと呟く樹に、見損なう以前に貴方は私のことを見てくれたことがありましたかと問いたかった。

 けどその想いは、今まで演出してきた舞台を壊しかねないので、尋ねることなど出来なかった。


「お前なんか、殴る価値もない。もう二度と、俺たちの前に姿を現すな!」


 ふざけるなと告げて私の最後の舞台から去って行った樹の姿に、数週間前の出来事を思い出した。

 決して依音には向けられることのない、依音が演じた華音(かのん)に向けられたあの時の樹の優しさに満ち溢れた笑顔を…


「…さようなら、樹。最後に貴方に会えてよかった」


 これで私の最後の舞台は幕を下ろす。


 これが私が私なりに考えた、二人に対する最後の贈り物。全てに忌み嫌われる化け物である私が出来る、精一杯の努力の結晶。
















 お願いだから、私を嫌って。


 私の死を知ったその時、二人が傷つかないように…私の死に、二人が悲しんだりしないように。


「くぅ…はぁっ…もう、限界…かな?」


 樹が去って行って緊張の糸が途切れたのか、私の身体は悲鳴をあげていた。

 自分でももうわかってる。私の身体はもうもたない…私は今日、ここで死ぬだろう。


「…九条先生、玲亜そして暁。何も告げずに去る私を許して下さい」


 孤独だった私を救ってくれたのは貴方達だけど、私が最後に会うことを望んだのは私を最後まで見てはくれなかった樹。

 矛盾しているとわかってる。それでも、自分の心に嘘は吐けなかった。


「貴方達がいたから、私は死を恐れることが出来、そして死ぬことを受け入れることが出来ました」


 みんながいたから、私は人としての感情を忘れることはなかった。心まで悪魔に成り果てることはなかった。

 確かに私は貴方達の優しさに救われた。


「言葉では言い尽くせないほど、感謝している」


 生まれ変わっても、再び会えることを望むくらいに感謝している。

 神様など信じていないけれど、私なんかが生まれ変われるとは思ってはいないけれど。


「それにしても、最後に一度くらい『依音』って呼んでもらいたかったな…」


 物心ついた頃から、一度として彼の口から呼ばれることのなかった私の名前。

 華音にとっては恐怖を象徴し、樹にとっては嫌悪を象徴した私という存在を示す言霊。


「いつの日かまた、再び出会えることを願って―――」


 誰に向けている言葉なのか、自分でもわからない願い。決して叶うことなどありえない望み。

 死に行く私が最後に願った、神様に対する最後の祈り。


「…大好きだよ、二人とも…だから―――」


 二人とも大好きでかけがえのない存在だから、私は最後までこの嘘を貫き通す。たとえ嫌われたってかまわない、誰にも理解してもらえなくてもかまわない。

 どんな感情でも、私という存在が残ればいい…忘れないでいてくれたら、それだけで私は救われる。

 私が生きていた確かな証があれば、私は死を恐れることなく旅立てる。




 そうして少女は優しく微笑んだ。激しい胸の痛みに襲われながらも、誰にも信じてもらえなくても、ただ自分が信じた道だけを生き抜いた。


 そして少女は風になった―――






 この話で依音の物語は完結になります。


 ただ、この後にepilogueとして『風の行方』という話があったりします。

 内容は『そして君は風になる』の後日談です。

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