第六話 その瞳に映る人
たとえ貴方の瞳が私を映していなくとも、今この瞬間だけは私を見ていてくれている。
だからこそ、滑稽と思われてもそれだけで嬉しかった。
「えっと、その…似合ってるよ、その服―――」
「あっ…ありが…と…う」
顔を真っ赤に染めて私を見ながら言う樹の言葉に、私は信じられなくていつもの樹に対する皮肉な態度なんか忘れて、私は樹に負けないくらい真っ赤な顔をして気がついたら素直にお礼を言っていた。
だから気がつかなかった…
「本当に似合ってる。華音に…」
「…えっ―――」
樹の瞳に映っているのは、私なんかじゃないってことに。
照れ隠しのように私から少し顔を背けながら告げる樹の言葉に、私は喜んだ分苦しかった。やっぱり樹が見ているのは、私ではないんだね。
「私は…」
「どうしたんだ、華音?大丈夫か?」
「…ううん。何でもないよ」
樹は私を華音と間違えているということに気づいて樹に声をかけようとしたが、依音としての私には向けられることのない優しさにどうしても本当のことは言えなかった。
許されることのない想いだとわかっていても、彼を愛していたから…
「樹君は用事があるんでしょう?私は大丈夫だから、気にしないで」
「…わかった。華音も気をつけて帰るんだぞ」
華音の振りをする私に優しい笑顔を残して、時間がないと急いで去って行った樹の後姿を樹の姿が見えなくなるまで私はずっと見ていた。
どうして私は華音じゃなかったんだろうという想いに支配されながら。
「ねえ、華音。私はあなたが羨ましい」
姿形は似ていても、中身はまるで違う私達。
せめて…せめてまるで似ていなかったのなら、これほどまでに傷つくことはなかったんじゃないかと思う。
「せめて双子じゃなかったら、この悲しみはまだましだったのかな?」
ifということは現実では絶対にありえない出来事。それでも、全く正反対の境遇にいる私達にとって思わずにはいられないことだった。
もし私がこんな能力を持っていなかったら、華音のように愛されるとまではいかなくとも私という存在を見てくれましたか?
「ねえ、樹。私は…華音じゃ…ない…よ…」
今この時ほど、華音になりたいと思ったことはなかった。誰からも愛される華音に…樹から愛される華音になりたいと心の底から叫んだ。
「樹…貴方が、好きだよ―――」
どうして貴方が好きなのか自分でもわからない。どれほど自分が樹に嫌われているのか、拒絶されているかわかっていても自分の心に嘘は吐けない。
どうして自分の心なのに、支配することが出来ないんだろう。
久しぶりに見た自分の感情に、私はまだ子供だったのだと感じた。
手に入れることの出来ないものを、必死で得ようと泣き叫ぶ子供なのだと思った。
「依音、辛い時や悲しい時は泣いた方が楽になれるよ」
樹が立ち去った後、ただ一人呆然と立っていた私を見つけた暁が私にかけた言葉は優しさに満ち溢れていた。
樹が勘違いした私の姿を見ても、暁は私を華音と勘違いしなかった。
「…どうして、私が依音だってわかったの?」
今ここに暁がいるという事実よりも、常に華音と一緒にいる樹すらも間違えた私の正体を見破ったことの方が驚きで、暁の言葉を無視して私は問いかけていた。
いつもの私なら絶対にしない格好…九条先生に進められて着ていたこのいかにも女の子という服に身を包んだ私をどうして私とわかったのかという想いを込めて。
「いやだなー、依音。それぐらいであたしが、依音と華音ちゃんを間違えるわけないじゃないか」
「どうして…」
「あたしは依音の親友だよー。例え依音が全てを拒絶しても、あたしは依音が好きだよ」
ありがとう。本当にありがとう。
暁からの惜しげもなく与えられる慈しみを信用していなかった私なのに、それでもなお私を受け入れてくれていた暁に申し訳ない気持ちで一杯になった。
「ごめん。ごめんなさい、暁」
「依音、依音は一人じゃないよ。少なくてもあたしは依音の側にいるからさ」
本当のことを知ってしまったら、消え去ってしまうとしか思っていなかった暁との友達という関係に、暁は切れることのない想いを私に与えてくれていたのだと私は理解した。
真実を知るのが怖くて暁に触れようとしなかった私だったけれど、暁の優しさが本物だったのだと私はこの時に初めて知った。
「私は生きていていいの?暁の側にいていいの?」
「だからさっきから言ってるじゃないか。たとえ、依音自身が自分のことを化け物と思っていたとしても、あたしは依音だからこそ受け入れるよ!」
「知って…たの―――」
九条先生が知っていたことにも驚いたけれど、九条先生は両親から相談を受けていたから納得が出来た。けれど、高校に入学するまでまるで接点がなかった暁が私の能力を知っていたという事実は驚愕だった。
「…あたしはさ、九条おじさん曰く観察眼が優れてるんだって。で、依音と過ごして、九条おじさんから話しを聞いて依音が隠していることを探り当てた」
依音と親しくなってから、九条おじさんと知り合って依音のことを助けてやって欲しいって言われたんだと語る暁は「今まで隠していてごめんね」と私を抱きしめながら微笑んだ。
私に触れることの意味を知って私を抱きしめてくれる暁に私は泣きそうになった。
「初めて会ったおじさんに、どうしてそんなこと言われるのかもわからなかった。けど、依音と知り合ってあたしは依音を失いたくないって…そう思ったんだ」
《ずっと、この子の側にいたいって思った》
「私は暁に何もしてあげられないのに?」
「損得感情で依音を好きになったんじゃないよ。人を好きになるのに、大切だと思うのに理由なんて必要ないでしょう?」
《だって気がついたら、一緒にいるのが当たり前になってたんだ》
私は暁に何もしてあげられないどころか、迷惑ばかりかけてしまっているとわかっていたからこその疑問だったが、理由がなければ人を好きになってはいけないのという暁の返事に私は首を振った。
理由なんて要らない、確かな事実があればいい。
「だからさ、一人で苦しまないで。自分から孤独を選ばないで」
《大好きだよ、依音》
「あっ…」
「大丈夫。あたしはずっと依音の側にいるんだからさ」
《依音、笑って》
「あぁ…」
「あたしがいるよ、依音。依音は一人ぼっちなんかじゃないよ」
《依音はあたしの親友なんだよ》
「…暁…」
私を抱きしめながら精一杯大丈夫だよと伝える暁に、私は己の内に込み上げてくる感情のままに泣き出していた。
感情を隠さなければ生きていくことすら出来なかった私に対して、孤独を知って初めて与えられた安らぎだった。
「…自分の涙を見るなんて、何年ぶりだろう」
久しぶりに見た自分の涙に、私はこの時に初めてまだ死にたくないと思えた。
死を予告されてからもう四ヶ月が過ぎ、もう残りわずかとなった私の命に初めて死ぬのが怖いと思った。
「暁、ごめんね。そして本当にありがとう」
私の能力を知っていても、私の寿命までは暁は知らないと思う。
だからこそ、このまま暁に黙って死を選ぼうとする私を許して下さい。
貴女に出会えて、私は幸せでした。
暁の依音に対する感情をわかり易くしようと、最初に書いた文章よりも会話の部分を増やしてみました。
本当は三話と四話の間にでも、二人の絆が強いということを示すために喧嘩して仲直りする…というような話を書こうかなとも思っていたのですが、話が反れそうだったので諦めました…




