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そして君は風になる  作者: 結城 飛鳥
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第五話 語られる願い

 最初は誰も占いの結果なんて信じていなかった。

 あまりにも信じられない言葉で悪戯と一言には言えなくても、現実味がなくて誰も本気で信じてなどいなかった。

 そう、あの時までは…


「…私にとって、読み取るという能力は物心ついた頃から出来る、当たり前のことだった」


 病院で糸が切れたかのように気を失った私は、目が覚めた後に案内された九条(くじょう)先生の家で、自分自身の口から全ての事情を説明することにした。

 両親からの言葉ではない、客観的な意見が入っていない説明を。


「だからいつも辛そうに私と華音(かのん)を見ながら覗く、『悪魔の子』という言葉が気になって母に尋ねてしまった…」

「…そして依音(いおん)の能力の説明もしてしまったために、彼らは依音を『悪魔の子』と認識したというわけか…」


 いくら高名な占い師とはいえ、あまりにも馬鹿馬鹿しくて予言を信じていなかったというのに、具体的に提示された普通の人とは違いすぎる私の能力に両親は私を拒絶した。

 私を自分達の子供として認めてくれないだけじゃなく、人としてすらも彼らは私を見てはくれなかった。


「それは、華音君も知っているのか?」

「…華音も、そして(いつき)も知ってますよ。それ故に彼らは、私を化け物と呼んで近づこうとすらしなかった」

「…そうか」


 九条先生は結婚した後から直接に私達家族の家に来ることはなかったから、華音や樹の私に対する態度を知らなかった。言葉や態度は違っても、私を受け入れてなどくれない実情を九条先生は知ることはなかった。


 あの家に私の居場所などなかった―――


「九条先生は私に泣かないんだなと聞いたけれど、もう私には流す涙も残っていない…」


 ある日突然失ってしまった幸せだった日々。身体中の水分が無くなってしまうぐらい泣き続けても、誰も私を助けてなどくれなかった。

 だから私は泣けなくなった。

 泣いても何も変わらない現実に、涙の無意味さを思い知った。


「だから代わりに身を守る手段として、様々なことを覚えた。勉強も運動もそのために覚えたといっても過言じゃない」

「だが、そのことは逆に彼らが依音を恐れるきっかけになったのか…」

「…新たなことを覚える度に、彼らは私を畏怖した」


 ただ、私を私として認めてもらいたかっただけなのに…ただそれだけしか願っていなかったのに。それすらも彼らは受け入れてはくれなかった。


「欲しかったのは、当たり前のように依音と呼ばれる日常―――」


 華音のように当たり前のように家族から愛されて守ってもらえる、今の私にとって夢見ることすら許されない幻。

 願いを言葉にするどころか、夢見ることすら出来ない…それが私の世界。
















 過去に唯一私を愛してくれた彼女は、私を娘の身代わりとしてしか見ていなかった。彼女の娘もまた、私を母親の代わりとしてしか捉えていなかった。

 誰も本当の意味で、私を見てはくれなかった。


「それじゃあ、俺の話をしようか」


 私から話せる全ての事情を話し終わった後、しばらくたってから九条先生は私の頭を軽く叩きながら種明かしをしようと私に持ちかけた。


「俺は最初、彼らの…(れん)さんと皐月(さつき)さんの話を信じてなどいなかった」


 蓮と皐月…それは私の両親の名前。

 決して私を認めようとはしなかった人達。そして、いつしか私の絶望の象徴になった存在…


「俺が医者だったこともあるが、接触感応能力(サイコメトリー)なんてそんな超能力が実際にあるなんて思っていなかったからな」

「そうですね。実際に体験しなければ、信じられないことなんですよね」


 私にとっては当たり前の能力だったから、拒絶されて見放されるまで私はその事実に気づくことはなかった。

 その能力が異質で、異常なものであるということを私は知らなかった。


「俺が依音の存在を本当の意味で知ったのは、六年前の紅葉が舞い散る秋の日だった」

「…ずいぶんと具体的なんですね」

「ああ、忘れることが出来ないほど驚いたからな。依音が、(ともえ)玲亜(れいあ)と一緒に話している場面に遭遇した時だったから」


 あまりにも具体的過ぎる説明にどうしてだろうと思う間もなく続けられた言葉に、私は九条先生が私を受け入れた理由に気づいた。

 唯一私を愛してくれた人の正体に、私はこの時に初めて理解した。


「巴さんは九条先生の奥さんだったんですね?」

「ああ。だからこそ、依音の存在と能力を知ることが出来た」


 考えを確信させるために問いかけた疑問は、肯定の言葉と共に返された。

 巴さんは言語障害者で聞くことは出来るけれど話すことが出来なかった人。だからこそ私の能力を受け入れ、私の存在を認めてくれた人だった。


「巴は事故にあって言葉以外に視力まで失った時、何もかも否定して死ぬことを望んでいた。その巴が笑っているのを見て、正直俺は泣きそうになった」


 私が巴さんに出会ったのはまだ自分の能力を理解しきれていなかった時で、巴さんに触れた瞬間に聞こえてきた音に対して、私が返した言葉に驚いている巴さんを覚えてる。

 彼女が事故に遭う前から巴さんとは私の能力を通して親しくなり、巴さんの娘である玲亜にも出会い、事故に遭った後も私が巴さんの心の音を玲亜に伝える存在として、私は巴さんが死ぬその時までずっと側にいた。


「あの時から俺は、自分がいかに愚かな存在であるかを思い知った。もし本当に存在していたら化け物だろうと思っていた自分自身が許せなかった…」

「………」

「本当に依音には感謝している。巴と玲亜に笑顔を取り戻してくれたこと、ずっと側にいてくれたことに感謝している」

  《ある意味で君を利用していた妻と娘を、苦しみながらも必死で受け入れてくれて、ありがとう》


 言葉としても音としても私に感謝の言葉を伝える九条先生に、私は身体の奥底から込み上げてくる何かを押さえるのに精一杯だった。

 物心ついたその時から家族に拒絶されていた私に、この込み上げてくる思いが何なのかはわからなかった。


「…九条先生に、一つだけお願いがあります」


 叫び出したくなるほどの激しい感情を押さえるために強く手を握り締めながら、私は一つの我がままを九条先生に願った。

 九条先生の想いを利用してしまうかのようで心が痛かったが、この願いだけは譲れなかった。


「私の最初で最後の我がままを、叶えて下さい」


 それ以上は何も望まない。


 何も手に入れることの出来なかった私だからこその願い。狂おしいほどに心の奥底から祈っている想いとは矛盾するけれど、祈りは届かないとわかっているから。

 だから、この願いだけでも叶えて下さい。






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