第四話 選んだ道
受け入れてしまえば、思っていたよりも人は冷静に慣れるのだと、その時初めて知った。
でも同時に、何を聞いても冷静でいられる自分がどうしようもなく悲しかった。
「…現在の医学では、君を救えない」
この頃体調が良くなくて、時間があるからとなんとなく訪れた病院で待っていたのは、もう手の施しようがないほどに進んでいた病気の告知だった。
「…そうですか。九条先生、私は後どのくらい生きることが出来ますか?」
本当に辛そうに、私に悟られまいと無理に私に話しかける私のことをある意味両親よりも知っている九条 和臣先生の姿に、もうどうしようもないのだと理解出来た私は静かに先生に尋ねていた。
受け入れることが出来たからこその冷静さなのか、それとも受け入れることが出来ていないからこその冷静さなのかはわからなかったけれど…
「もって後半年も生きられるかどうか…けれど、本当に両親に知らせなくていいのか?」
努めて冷静に自分の死を語る私に、私の家の事情を知っている九条先生はそれでもと話しかけたが、私の瞳を見た九条先生はその一言以上は何も言わずただ私の姿を見ていた。
「…いいんです。それにもしそのことを両親に報告したとしても、彼らは私の死を悲しむどころか、逆に泣いて喜んでくれますよ」
「………」
そんな九条先生の心遣いに微笑む私の姿に、九条先生は無言になった。
九条先生は私の両親の幼馴染で、私の両親のことを理解しているから今回のことも両親に伝える前に私に真実を報告してくれた。
そのことが、何よりも救いだった。
「だが、華音君にも伝えないのか?」
「はい。もう助からないのなら、同情なんていりません」
私に対する両親の影の行為に気づいている九条先生は、それならと私の半身である双子の妹である華音のことを提案したが、私の答えは最初から決まっていた。
同情なんか要らない。
「だからお願いです。このことは私の知り合いには何も知らせないで下さい」
私に何も与えてくれなかった両親に、私を恐れている妹に、私を嫌っている知り合いに病気のことは何も知られたくなかった。
私の病状を知れば彼らはひと時の安らぎを私に与えてくれるかもしれない。けれどそれは見かけだけで、心の奥底では私の死を喜んでいるだろうから。
「…君は泣かないんだな」
普通の人ならば自分の余命が後半年も持たないと知ったら、泣き叫んで死にたくないと叫ぶのが当たり前なのかもしれない。
ほんの一時でも、誰かに愛されたことのある人ならば。
だけど…
「どんなに泣き叫んでも、誰も助けてなどくれなかった。それなのに、泣くことなんか出来ない…」
「…悲しいときは泣いたっていいんだ。ここには依音を傷つける彼らは存在しない」
「あっ…」
九条先生は両親の代わりに唯一人、私という存在を受け入れてくれた人。だから私と両親の間にある関係を一通り理解していると知っていたけれど、そこまで詳しく知っているとはさすがに思っていなかった。
「九条先生は…知って…いるん…です…か…」
肯定されることが怖くて聞きたくないと心が叫んでいても、気がつくと私は九条先生に尋ねていた。 否定して欲しいと思いながら、消えてしまいそうなくらい小さな声で尋ねていた。
「…彼らから相談を受けていたから。君が悪魔の子と予言されたということも、君の能力のことも全て知っている」
ガタン
怖かった、辛かった、苦しかった!
今この瞬間に、あの事を知っている九条先生の前にいるのは耐え切れなかった。どうしてあの事を知っているのなら、私に笑いかけるのかわからなかったから。
「俺は依音を拒絶しない!何故、たかが占いでこんなにも小さな少女を拒絶しなければならない!」
「触らないで!占いの意味も、私の能力も、全て知っているのなら、どうして私に関わった!知っているのなら、拒絶してくれた方が幸せだったのに!」
知っていて私に関わったのは、私の能力を利用するためだったのかと、私は今まで辛うじて信じてきた全てが崩れていく…そんな感じがして叫んでいた。
信じてたのに!
九条先生は、私を私として受け入れてくれるたった一人の人だと信じてたのに!
「落ち着くんだ、依音!俺に触れてわかるだろう!俺はお前を拒絶などしていない!」
《俺は依音を拒絶しない!》
「…あっ…」
体中の力が抜けていく…そんな気がした。自分に触れている場所から、両親にすら与えてもらえなかった暖かな感情が流れてきて、初めて与えられる優しい温もりは私の激情を洗い流してくれるようで嬉しかった。
「先生!一体何があったんですか!?」
「…告知は、受け入れがたいものだったようだ…」
私達の叫び声に気づいた看護士が驚いて尋ねてきた言葉に、九条先生はただ告知したとだけ伝えていた。
「なっ…親ではなく、こんな小さな少女に告知なんかしたんですか、先生!混乱するのも当たり前じゃないですか!」
「…それでも、彼女の親ではなく、彼女自身に伝えなければならなかったんだよ」
そんな九条先生に、衝撃の事実を知ってただただ震えている私の姿を見た看護士は、信じられないと何を考えているのかと九条先生を責めていた。
「俺は依音を拒絶しない…」
《もう、苦しまなくていいんだ》
それでも、看護士には聞こえないくらいの小さな声で私に言葉として伝えてくる九条先生に、私は九条先生から流れて来る感情よりも信じられないものを見た心境だった。
「ごめんなさい―――」
九条先生から伝わる感情と言葉に、今まで誰も私のことなど信じてくれないと思っていた私自身が、何よりも人を信じてなどいなかったのだとわかって、私は九条先生に謝罪の言葉を伝えた。
私に全てを伝えることで九条先生も傷ついているのだと知って、感謝の思いも込めて私は謝罪した。
「気にするな。今は眠っていろ」
《今はただ、ゆっくりと休んでいればいい》
「ありがとう…」
私の感謝と謝罪の言葉に気にしなくていいんだと笑いかける九条先生に、私はもう一度感謝の言葉を伝えてから辛うじて保っていた意識を手放した。
初めて与えられた安らぎの感情に包まれながら―――
…話の展開が早過ぎるかなと思ったのですが、無理に間に話を入れても内容がグダグダになりそうだったので、投稿するに当たり間に入れようと考えていた話を結局廃棄して投稿してみました。




