第二話 伝わることのない想い
たった一言だけでいいから伝えたい言葉が…想いがあった。
どんなに傷ついても悲しくても、忘れることなんて出来ない願いがあって、でも願いを叶えるために行動を起こす勇気はなくて、いつだって悔やんでいた。
「…で、いつまで貴方達二人は、私の手を煩わせば気が済むの?」
「別に、助けてくれなんて頼んでないだろ」
「ご…ごめんなさい、依音ちゃん」
放課後の学校の廊下で、目の前に広がっている状況に私は溜め息をついて、私の前に立っている二人を見渡した。
私の全てを拒絶するかのように冷たい目で私を見るのは、幼馴染の少年の本間 樹。そして樹の後ろで怯えたような目で私を見るのは、一卵性の双子の妹である葛葉 華音だった。
「そう。なら私は、二度と貴方達を助けないわ。好きにしたらいい」
言葉は…態度は違っても、私の存在を認めてくれない二人に私は胸を突き刺す悲しみを隠しながら、何の感情も覗かせない冷たい目で二人に言った。
どんなに辛い状況でも、私に助けられるよりはましだというのなら、私はもう二度と手を出さない。
「そうしてくれ。化け物に助けられても、嬉しくなんかない」
「樹君!依音ちゃんは私達を助けてくれたんだよ」
私の言葉にハッキリとした言葉を投げかける樹に対して、華音は樹の言葉を非難していたが、私にとって華音の態度は樹の態度よりも許せないものだった。
「お優しいこと。私のことが嫌いなら、樹のように私を拒絶すればいいのに」
「てめー、言って良いことと悪いことの区別すらできねーのか!」
「止めて。駄目だよ、樹君!」
それとも、善人ぶって同情の視線でも集めたいのと語る私に、樹は怒りを露に私に殴りかかってこようとしていたが、樹の怒りに気づいた華音は必死になって樹を抑えていた。
そんな華音の優しさが、何よりも私を傷つけていた。
「ごめんね、依音ちゃん。私は依音ちゃんのこと嫌いじゃないよ」
「そうね…華音は私のことが嫌いなんじゃなくて、怖いんだものね?」
「ち…違うよ、依音ちゃん」
違わないよ、華音。いつだって怯えた目で貴女は私を見ているじゃない。
優しい言葉と嘘で、私に対する恐怖を偽りながら…
それなのに貴女はその事実を否定して、なおも私を傷つけようとするの?
「違うというのなら、何故貴女は私と眼を合わそうとしない?私に触れようとしない?」
「私は依音ちゃんを傷つけたくないから…だから…」
私の言葉に私を傷つけたくなかったからと告げる華音だったが、じっと華音を見つめる私に対して華音は決して私と視線を合わせようとはしなかった。
その態度のどこに私を労わる感情があるのかと、私は問いたかった。
「私を傷つけたくない?自分が傷つきたくないの間違いじゃないの?」
本当に私を思っているのなら、たとえ私のことを怖いと思いながらも私と向き合ってくれるものじゃないの?
私を怖いと思ってしまうのは、人として仕方がないものだと私も理解してる。
それなのに華音は私に対する感情を偽りながら、その行為こそが私に対する優しさだと言うんだね…
「華音は自分の中にある私に対する残酷な感情を認めたくないから、私に怯えているんでしょう?それが華音にとって、優しさなんだ…」
「…違う…違うよ…依音ちゃん…」
華音は残酷だねと冷たく言う私に対して、華音は耐え切れなくなったのか涙を流しながら必死になって私の言葉を否定しようとしていた。
でもね、華音。私は否定の言葉なんか要らない。
「否定しなくて良いよ。わかってるから…」
華音が私を怖いと思ってしまっても私はかまわないんだよ。欲しいのは、私を私として認めてくれる確かなる想いなのだから。
だから華音…恐怖でも拒絶の感情でもかまわないから、私を私という一人の存在として見て下さい。
「ご…めん。…ごめんな…さい、依音…ちゃん…」
「…謝罪の言葉なんて要らない」
言葉にしてもしなくても、華音に私の願いは届かないのだと私は悲しくなった。いつだって華音は私の言葉など受け入れてくれない。
「依…音…ちゃ…ん…」
「くそっ…どうしてお前は、いつもいつも華音を傷つけるんだ!」
謝罪なんて欲しくないと言った私に対してずっと泣き続ける華音を見ていられなくなったのか、今までずっと無言だった樹は突然私の胸倉を掴んで怒りを真っ直ぐに私に対してぶつけてきた。
「…樹に口出しされる筋合いはない。これは私達二人の問題なのだから」
「ふざけるのも、いい加減にしろ!」
私はふざけてなんかいない。ただ、自分の半身に私のことを理解してもらいたいと願っていただけ…
それすらも、化け物の私には許されないことだと貴方は言うのですか―――
「華音を傷つける奴は誰であろうと許さない」
「そう…好きにしたらいい」
樹が華音を護りたいというのなら、私を許さないというのなら好きにしたらいい。私だって、たった一人の自分の半身を傷つけることなど望んでなどいないのだから。
だから、こんな行為しか取れない私のせいで華音が傷ついているのなら、許してなどとは言わないから華音を護って欲しい。
「お前は…」
「お前達、大丈夫か!」
悲しそうな目で自分を見ている私の態度に気づいたのか、樹は私を放して再び私に話しかけようとしていたが、樹の行為は騒ぎを駆けつけてやって来た先生方の声で遮られていた。
「チッ…」
「私達は大丈夫です、先生」
自分の言葉を遮られた樹は先生方の登場に舌打ちをしていたが、私は先ほどまでの樹達との言い争いなどなかったかのように振舞った。
今しなければならないことは何なのかを考えて…
「そうか、無事で本当によかった。誰も怪我はないか?」
「私達はありません。けど、彼らは…」
私達の周りに広がる、華音と樹に付きまとっていたこの学校の不良達の死屍累々とした姿に、私は出すぎたことをしてすみませんと先生方に謝っていた。
さすがに華音と樹に絡んでいたとはいえ、過剰防衛だったかなと思っていたので。
「いや、正当防衛だ。彼らのことは私達が何とかする。葛葉が気にすることはない」
「すみません、ありがとうございます」
先生の言葉にこれで当分私が手を出さなくとも、二人が脅される心配はないとわかって私は誰にも気づかれないようにほっと一息ついた。
これで当分の間、彼らが私のせいで喧嘩を売られることはないと思ったから。
「本間ともう一人の葛葉も大丈夫か?葛葉は泣いているようだが…」
「…大丈夫です。葛葉さんも怖かっただけでしょうから」
「そうか。今日はもう帰りなさい、辛いだろう?」
私と先生方の会話に、華音が泣いているのは私のせいだと告白するのは得策ではないと判断した樹は、華音が何かを言う前に先生方の心遣いに肯いて帰って行った。
決して私と目を合わさずに帰って行った二人の姿に、私はただ想った。
傷つけてごめんなさい…と―――




